LOOP.012
が俺に苦手意識を持っているってのは分かってたけど、だからって別に、わざわざそれをどうこうしようとは思わなかった。これまでなんかが一個でも間違ってたら、ひょっとしたらの俺に対する意識は変わっていたかもしれない。でも、その一個がなかったから現状がこうなわけだし、どうしようもねぇよな。
でもまぁ、あからさまに避けられるのは正直ちょっとクるときもある。俺はただ普通に挨拶してるだけなのに、は分かりやすく顔色を変えて、神妙な面持ちでセツやジナの背後に回り込む。間違っても俺に自分を差し出さないであろう人間を選んでいるあたり、賢いっつーか、なんつーか。だってラキオなんかを盾にした日にゃあ、その機嫌によっちゃそのまま無理矢理俺と二人きりになるよう仕向けられるかもしれないわけだ。の人を見る目ってのは確からしい。つまりそんなに避けられる俺は「そーゆー人間」ってこと。笑えるよな。
セツ曰く「君の普段の言動が問題なんだ。これを機に改めたらどうだ?」とのことだが、他人のために生き方を変えるなんて馬鹿馬鹿しい。思うがまま楽しく生きなきゃ意味ないだろ。がとっとと俺に慣れてくれりゃあ問題はないんだ。なんて、本人に言う気はさらさらねぇけどさ。ルゥアンを出て以来ほとんど部屋に閉じこもっているようなヤツだっているわけだし(ちらっと見かけたが、とりわけ綺麗な顔をした汎だ。セツとは違って元が男っぽかったから、興味ねーけど)それに、オトメみたいなヤツもいる。多様性は認めてもらわなくちゃだろ?
だけどは、元来から強いらしい好奇心に突き動かされて行動するときがままあった。ニガテとか嫌いとか、そういうのは一旦その辺に放り投げてしまうとき。つまり、今この瞬間だ。普段なら大抵有り得ないことではあるが、は今、当然のように俺の目の前に座っている。いつも着ている制服の上着を脱いでそれを背もたれに引っかけて、コメットと二人、隣に座るしげみちの手元を覗き込んでいるのだ。同じ部屋にいることすらも避けられていたから、これにはちっとばかり驚いた。
「難しそう。私にできるかな?」
「に分からなかったら、僕にだってわからないじゃん」
「じゃあ分からなかったらコメットと私、ペアで良い?」
「お、良いねそれ。乗った」
俺の入り浸る娯楽室にしげみちがやって来たのがちょっと前。それからコメットとが連れ立ってやって来た。古くさいカードゲームをジョナスにもらったとかで、試しにここにいるメンバーで遊んでみるかってことになったわけだ。しげみちはこういうレトロゲーに妙に詳しい。「いや、でも案外単純なんよ。お前らもすぐルール覚えられるぜ!」メタリックな手で器用にカードを切るしげみちを、は神妙な面持ちで見つめている。初めてのことにはどうにも気負い、緊張するたちらしい。でも、よっぽど好奇心旺盛なんだろうな。ニガテな俺がいるってのに、参加表明するくらいなんだからさ。
はルゥアンにある(今はもうグノーシアによって壊滅させられたルゥアンに、かつてはあった、の間違いか)中央学校の学生だ。首元まである制服のボタンをきちんと閉めて、手入れされた髪はいつもツヤツヤ。ま、いかにも良識あるオジョーサマって感じだよな。要するに俺みたいなのとは真逆なわけよ。そりゃ警戒されるのも仕方ないですけども? 俺としては、やっぱ面白くはない。
しげみちの説明を真剣な面持ちで聞いていたは、「な、簡単だろ?」としげみちに尋ねられ、反芻させるみたいにその目線をテーブルの端に落とす。コメットは早々に「やー、どうかな」と思考を放棄しているが、の方はちゃんと理解できているか脳内で確認してるんだろう。単純なゲームだってのに、マジでクソ真面目。そーゆーところ可愛いとは思うけど、それはが女だからであって、男だったら「ウゼぇ」の一言に過ぎるんだから俺も大概だ。
「多分わかった」
やがてそう口にしたは、ソファに身を沈めたまま、さしてしげみちの説明に耳を傾けていたわけでもなかった俺にちらりと目線を寄越す。
「沙明は大丈夫そう? ルールわかった? それとも、最初からこのゲーム知ってるのかな」
振られるとは思ってなかったから、うっかり大袈裟に反応してしまいそうになった。に真っ直ぐ見つめられることって、これまで数えるほどしかなかったから、どんな顔をしたら良いのか分からなかったのだ。
「あー、俺はもう、全然イけますけど?」
適当に笑えば、はなぜか、ちょっと考え込んだように間を開けたあと、眉尻を下げて笑った。それがなんて言うか、俺との距離を測りかねているように思えた。
本当はルールなんか知らねえし、しげみちの話だってほとんど聞いちゃいなかった。ただ、の真剣に伏せられた睫毛を見ていた。キレーだなって。どうして俺がまだそんなことを考えられるのかは分からないけれど。こーゆーのって、だって、人間だけが持つ感性じゃねえのかよ。胸に差し込む何か違和感のようなものを飲み下す。もういらないものだ。俺には。もういらないものなのだ。
しげみちが意気揚々と配り始めたカードは、俺らの手元に全部回ってくることはなかった。LeViによる警報音が、この星間航行船内に鳴り響いたのだ。乗員は直ちにメインコンソール室へ。そんな指示を受けて、しげみちも、コメットも、も、カードを伏せて立ち上がる。しげみちは何が何だか分かってないような顔をしていたし、コメットは「えぇ、このタイミングでかよ」と肩を竦めていた。今この船に何が起きているのかを瞬時に察したのは、恐らくだけだ。
さっきまでの表情とは打って変わって、その顔は恐怖と動揺で青白い。そりゃそーだ。グノーシア反応が検出されたなんて言われて、きちんと「お勉強」していたがその深刻さを理解しないわけがないのだから。娯楽室の扉を出るためにしげみち達の後を追うは、最後の最後で俺を振り向いた。まだソファから動こうともしない俺のことを。「沙明?」微かに震えた声が、脳髄をシビレさせたような気がした。
「話し合い、行かないの?」
「……あー、俺はやめとくわ」
「やめとく? だめだよ、グノーシアが出たんだよ。皆での話し合いは規定で決められてて……」
「はー、お堅いねぇ。俺は目立ちたくないんだよ。もし今日の話し合いで俺が咎められるようだったら、俺をコールドスリープさせてくれりゃいいから。それ、伝えといてくんね?」
「そういうわけにはいかないよ。……それに、出席しない方が逆に目立っちゃうんじゃない?」
しげみち達の足音は既に遠ざかっている。ほんと、無防備っつーかなんつーか。それでもの目には俺への疑念のようなものが滲んでいた。一歩、俺に歩み寄ろうとするを手の平で制す。「やめとけよ」俺みたいなヤツに構わない方が良い、そう言う顔をしてみせる。そうすれば、元々俺に苦手意識を持っているは、逡巡の後に諦めてくれるだろうと知っていたのだ。
予想通り、は曇った表情で「もう、セツに後で怒られちゃっても知らないよ」と最後にひっかき傷を与えていったけれど、それだけだ。が娯楽室を出て行くその後ろ姿に軽く手を振りながら、は、と息だけで笑う。だから、良かった、これ以上一緒にいたら、マジで我慢できなかっただろうから。
お楽しみタイムは後が良い。だから、はこれからも俺から一歩引いた場所にいてもらわなくちゃな。好奇心は猫をもンーフーンー、って言うだろ?