LOOP.007
「誰か、チハルとシピを探してきてもらえないか」
話し合いの時間になっても一向に二人がやってこないことに痺れを切らしたらしいセツがそう言いだしたとき、咄嗟に「私が」と言いかけて、飲み込んだ。私って、そもそもこういうときどうしてたっけ、って考えてしまったら、迂闊なことはしない方が良いように思えたのだ。
勿論、話し合いが始まる前にシピには会いたかったけれど、もしシピがチハルと一緒にいたら、私は顔色を変えずに二人に接することができるほど器用じゃないって分かっている。コンソールテーブルの上の指がぴくりと動いてしまったのを誤魔化すために、そのまま両手をテーブル下に下ろし、太股の間に挟み込んだ。隣に座っていたラキオが何となくこちらに視線を寄越したような気がしたけれど、それには気付かないふりをする。
「じゃあ、僕が行ってこよっか」
鈴のような声でそう言って立ち上がったのはコメットだ。「あの二人、マイペースだかんな」と伸びあがりながら口にする。頭頂部にボンボンのついた、耳まで隠れる蛍光イエローの帽子は半透明で、彼女のショッキングピンクの短い頭髪が透けて見える。大胆なデザインの服はお腹と胸の一部分が剥き出しになっていて女の私でもどきりとすることがあるのに、本人は快活で言動もさばさばしているから、不思議といやらしさは感じなかった。こうして無防備な動作をされてしまうと、どうしても胸が溢れそうでハラハラはするけれど。
「コメット。一人で大丈夫?」
「平気平気、あの二人がいそうなトコ、探せば良いんでしょ? 大体分かるよ。勘だけどね」
ジナの言葉に首を振りながら、コメットは答える。日に焼けたその肌は、肩から腕、胸、お腹、脚と、見えるだけでも大部分に、変わった模様の入れ墨が施されていた。以前「僕の星では皆こうだからさ」って言ってたのを聞いたことがあるから、そう言うしきたりのある星の出身なんだろう。どこも大変だな、と思う。そう言う話を聞いてしまうと、他人事とは思えない。中央学校で親しくしてくれていたミラ曰く、うちもよっぽどらしいけど。
「すまない、助かるよコメット。……特にシピは、話し合いより寝たいって言うかもしれないけど……何とか連れてきてほしい」
「オッケーオッケー。んじゃ、行ってくんね。すぐ戻ってくると思うけど、先に誰が怪しいか、話し合ってても良いよ」
軽快な足取りで部屋を出て行ったコメットの後ろ姿を見送ったラキオが不意に「はは」と笑って、私にだけ話しかけるみたいに、こちらに目線をやる。肘をついて頬杖をつきながら身体を半分こちらに向けるラキオは、この状況をどこか楽しんでいるようにも見えた。
「チハル、シピ、コメットのうち二人がグノーシアで、話し合いの前に共謀してこの中の一人を始末してたらどうする?」
「え」
「ラキオ、その冗談は面白くない」
思わず言葉を失ってしまったから、ジナがほとんど非難するようにそう口にしてくれて助かった。ラキオの翡翠色の瞳はきょろりとジナの方に向けられる。「面白くない」と言われたことにラキオが僅かに気色ばんだのが分かったけれど、彼女に向けて次の言葉をラキオが吐き出すよりも先に、ステラが会話に入る方が早かった。
「ええ。それに、ラキオ様。グノーシアは空間転移の際にしか人を消すことはできません。今この状況で誰か一人が戻って来ないことは、きっとありません」
「はは、だけどグノーシアによっては人間で動物的本能を満たすケースもあるって言うじゃない? 三人のうちの一人がどこかに監禁でもされてみなよ。全てが終わってから、後でじっくりグノーシアの玩具にされるってことも考えられない?」
「お、おもちゃ?」
「うわ〜ラキオの発想が怖いZE!」
「な!ちょっとそれヤベーぞラキオ! そんな考えができるってことは、お前がグノーシアだろ!」
「…………僕は可能性の話をしてるンだけど」
ラキオの言葉に想像してしまったのか、しげみちがその銀色の腕をさする。しげみちが「ヤバイ」って言うと、何となく船の空気がそう言う風になってしまうから不思議だ。しげみちには不思議と、妙な魅力というか、同調したくなる空気がある。しげみちの隣で大きく頷くSQは笑っていたけど、その瞳は真剣であるように思えた。
眉根を寄せてため息を吐くラキオの横顔に、私はだけど、助かったと思ってしまった。
嘘を吐くのって難しい。それっぽい反応って、どうすればできるんだろう。さっきはジナの冷静な反応、今はSQとしげみちの大袈裟なリアクションに助けられたけれど、もしこの場に勘の鋭いコメットが居たら、私の様子がおかしいって気付かれてしまったかもしれない。
彼女が席を外していてくれて助かった。
細く長い息を吐く。この中にグノーシアがいるなんて、信じられない、怖くてたまらない、そう言う風に響くようにと願いながら。
それから数分間、私たちは話し合いとも言えない雑談をしていたけれど、何となく皆の意識がラキオに向いているのは分かった。それはコメットがシピ達を連れて戻って来たところで変わらない。むしろ、先ほどのラキオの発言がはっきりと浮いてしまったようですらあった。
「悪ぃ悪ぃ。ついチハルと話し込んじゃってさ」
メインコンソール室の空気に気がついているのか、いないのか。首に黒猫を引っかけたシピが朗らかに笑って言うのに目線をやった。縋るような視線にならないように気をつけて。チハルはいつものように、感情の平らな目で私たちを見回した。値踏みするような視線に見えて、恐ろしくなる。元々多くの人間を見て生きてきた人だと知っているから、余計に。
チハルは人好きのする笑みを浮かべるシピと違って、無言で席に座る。どこか疲れたような目をしていた。こんなチハル、今まで見た事がなかったけれど、いかなチハルと言えど、この船にグノーシアがいるって聞いたら動揺するのかもしれない。
かわいそうに。
「話し合いだろ? ま、気楽にいこうぜ、皆」
互いに「そう」だと知ったとき、シピは「使命」の重圧に押しつぶされかけていた私の肩を親しみを込めて叩いた。
「んな顔すんなって。絶対守ってやる、とは言えねぇけどさ、のことは見捨てたりしねぇよ」
でも、本当に私がどうしようもないミスを犯したら、躊躇いなく見捨ててね。そう口にした私に、シピは少しだけ、困ったような顔で笑った。それが酷く人間くさかった。
シピの迷惑にならないようにはしたいけれど、どうも嘘を吐くのって苦手なのだ。例えグノーシアとなっても。個体差ってあるんだな。グノーシアについてはあれだけたくさん勉強したのに、実際そうなってみなければ分からないものだ。
コンソールテーブルの丁度対角線上に腰を下ろしたシピは、首にかけた猫の背中を撫でていた。出会ったときのシピのままだった。私もそんな風に見えているだろうか。頬杖をついて、強張った頬を隠す。
グノーシアも、楽じゃないな。