グノーシア反応の検出を受けてメインコンソール室の扉を開けたとき、そこにはまだラキオしか居なかった。
 その瞳と目が合ったけれど、感情は読み取れない。



「……ああ、が消されてしまったんだ。それはご愁傷様」



 LeViからの生体反応が消失したことを聞いたラキオは、さして感情を乱される様子もなく呟く。少し、拍子抜けしてしまった。前回の彼女の様子から見るに、二人は親しいものだとばかり思っていたから。



「感想はそれだけ?」



 対角線上の椅子を引きながらそう尋ねた僕に、ラキオは不思議そうに目を見開く。



「……戦力が失われたという点については残念だけど。彼女本人に特別な思い入れはないからね」



 淡々とした口調だった。前回ジナが消されたとき、明らかに狼狽していたとは対極に位置すると言っても良いくらいの。
 僕が倒れて、記憶喪失になっているということが「なかったこと」にされている今、僕以外の人間の関係性やこの船内で起きた出来事も変化しているかもしれないと思っていたけれど、この様子ならどうやら僕の予想は当たっているとみて良いらしい。実際ここに生き残っているのがでない以上、単純に前回と比較するのも難しい話ではあるけれど。



「そもそもとは二人で会話をしたこともないンだ。あの制服がルゥアンの中央学校のものだってことは気になってたから、一回くらいはきちんと話してみたかったって気持ちもあるにはあるけど……。こうなってしまっては仕方ないね」



 ラキオは良く喋る。前回真っ先にコールドスリープの対象に選ばれたのも、発言の多さが目に留まりやすかったせいではあるのだろう。
 ラキオの話を緩い相槌と共に聞きながら、ぼんやりとのことを考えた。前回話をしたときは、グノーシア関係のことは学校で習ったのだと言っていたけれど、現役の学生だったとは思わなかった。
 彼らにはそれまでの人生があって、それぞれ歩んできた道がある。恐らく僕もそうであるはずなのに、ある部分で鋭い刃のようなもので記憶を断たれた僕は、そこに何があるのか分からない。状況が状況だから、あまり突き詰めて考える暇もなかったけれど。



「……ラキオは僕のことは知ってるの?」



 意識するよりも早く口にした言葉に、ラキオは憚らず眉を歪めた。



「君、気持ち悪いな」



 君は僕たちに自分の話なんか、一切してこなかっただろ。
 そんなことを言われては、返す言葉もなかった。








 グノーシアは巧みに嘘を吐く。と言うのは分かっていたけれど、いざそういう状況になってみると本当に分からないものだ。船に残されたのは僕とラキオ、セツ、それからジナの四人だったけれど、メインコンソール室に集まって話し合いを開始した早々に、ジナが「私はエンジニア」と口火を切った。また分からない単語が出てきたな、と思ったが、顔に出るほどの動揺はしない。
 会話から察するに、どうやら「エンジニア」とやらは空間転移の際、専用の調査機器を使用することで任意の人物の次元波を解析し、人間か否かを判別できる存在だそうだ。



「それで、分かったよ。ラキオは、グノーシア」



 その言葉に、目線をラキオに向けたのは僕だけではなかった。「……へぇ?」瞬間、ジナに対してラキオが色をなす。それは実に人間らしい表情の変化であるように思えたけれど、実際は分からない。そういう風に演じている可能性だってなきにしもあらずなのだから。セツはただ、唇を引き結んで二人の様子を窺っている。観察というよりも、もっと強い意志を持って。



「つまりジナは人間ではないンだ。簡単なことさ。なぜなら僕が、この船唯一のエンジニアだからね」



 ラキオの発言に「ちなみに二人がエンジニア、ってことはない?」と誰にともなく尋ねるが、それに返事をくれたのはLeViだ。LeViは実際に乗船時にエンジニア権限を受理しているが、それは一名分であるらしい。ただ、グノーシア反応の検出により乗員の個人データが汚染されている可能性もあるため、エンジニア権限と特定の乗員の情報の紐付けが不可能になっているそうなのだ。



「……うん。つまり、ジナかラキオのどちらかが嘘を吐いている。どちらかがグノーシア、ってことなんだ」



 丁寧に、まるで僕が何もかもを理解できてはいないことを察しているかのように、セツはゆっくりと説明してくれる。「基本的に、話し合いにおいて嘘を吐く人物は人類の敵、と考えて良い」と。
 セツの話が終わるや否や、ほとんどまくしたてるように口を開いたのはラキオだ。



「昨晩はを調査したところだったから、彼女が消された時は、一手無駄にしてしまったな、と思ったけど……こうして自分から分かりやすい嘘を吐いてくれて助かったよ。ジナがグノーシアで決まりだね」

「……チハル、セツ。あとは、二人が選んで」



 僕の正面に座るラキオと、ラキオと二人分の椅子を挟んだ席にいるジナの二人を視界に入れる。容姿も中身も、実に対照的な二人だった。さして関わった時間は多くないけれど、少なくとも表面的な部分はそう思える。
 セツに名前を呼ばれて目線だけを送れば、セツは神妙な面持ちで僕を見つめていた。「チハル。ここで選択を間違えることはできない」と。



「ジナかラキオ、どちらかを誤って眠らせてしまった場合、私たちは三人になる。次の空間転移で私かチハルのいずれかが消されてしまえば、グノーシアに数によって制圧されてしまうんだ」



 セツはどうして、何もかもを知っているかのような口ぶりで話すのだろう。
 まるでこういう場面に、何度も遭遇しているかのように。








 コールドスリープを見届けながら、昨晩、シャワールームの前でと別れてからのことを思い出していた。
 娯楽室や食堂を見て回ってから、下の階層へと向かったのだ。LeVi曰く、下層は船内環境維持や星間移動のための施設が集中する、船の心臓部らしい。コールドスリープ室へ向かうのに二度ほど足を運んだくらいで、他の部屋には行っていなかったから、空間転移の前に見ておこうと思った。コールドスリープ室から目と鼻の先のEVA準備室にジナがいるだなんて、想像もしていなかったのだ。
 船外活動を行う際の準備を行うための部屋だった。エアロックに繋がる扉の真横にあるガラス窓から、彼女はただ宇宙を見つめていた。僕の存在に気がついたジナの、あの弱々しい声。もしもグノーシアを眠らせるのに失敗したら自分たちはどうなるのかと、彼女はLeViに尋ねた。
 グノーシアが生き残った人間を消滅させるのは自明の理ではあるが、汚染体によっては加虐傾向を示したり、人間で動物的本能を満たすケースもある、というのが蓄積されたデータから導き出されたLeViの見解らしい。わざわざ怯えさせなくとも、とは思ったが、ジナはあの時、自分ならば誰がグノーシアかを判別できるかも、と僕に言い残した。
 彼女が嘘を吐いていたとするならば、あの時から、と言うことになるけれど。



「今の彼女の言葉を聞いたかい? チハル」



 ジナのコールドスリープを実行するセツの背中を見つめながら、ラキオは僕の名前を呼ぶ。
 話し合いは、ラキオの独壇場だった。その勢いに押されて僕もセツも投票を急かされる形になったようにジナは思うかもしれないけれど、だけど、僕は何となく、ラキオのことを信じてみたくなったのだ。と話がしたかったと口にした、ラキオのことを。



「酷い言い草だったね。流石グノーシアだ」



 吐き捨てるような物言いだった。その瞳は、人類の敵に向けるための憎悪にはっきりと染まっていた。



「……自分は結局何もできなかったけれど、何もしなくて済んだからこれで良かった、なんて」



 直前に耳にした言葉はさすがに忘れない。ジナがたった今、僕たちに向かって言ったことだ。遺言くらいは聞いてあげるよ、と嘲笑うように口にしたラキオに向かって、はっきりと彼女はそう言った。穏やかな笑みを携えて。
 僕はそれを聞いて、グノーシアと言っても、全く人間の心がないわけじゃないんだな、と思ったのだ。それすらも嘘だったのかもしれないけれど。だけどラキオは表情を歪ませている。許せないとその目が告げている。どこを見て話せば良いのか分からないから、やむなく僕を見ている、そんな様子だった。



「バカにしてるよね。何もしなくて済んだ? ハッ、人を一人消しておいて、良く言うよ」

「…………ラキオは、怒ってるの?」



 僕の言葉に、ラキオがそっと目線を寄越した。口を噤んだラキオの目は、どこか軽蔑したような色をしていた。



「…………君、やっぱり相当気持ち悪いな」



 僕はそれを本当は、最後までは聞き届けられなかったのかもしれない。視界が明滅した。SQを眠らせた、前回のあの時と同じだった。視界の端でセツが振り向いたように思うけれど、視野は一気に闇の色に塗り潰されて、僕の意識はブツンと音を立てて途切れてしまう。
 気持ち悪いから、嫌なんだよな。そう思ったときには、五感の全てがなくなっていた。




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