四人で囲むコンソールは、広々しすぎて落ち着かない。
 昨日の投票履歴は確認しなくても分かることだけど、ここに居る私以外の全員がラキオを選んでいた。ラキオは良く喋るし、元々場を支配したがる。本人は意図していなくてもどうしても悪目立ちしてしまうから、あんな風に頑なにチハルを疑うことをやめなかった以上、ラキオに票が集まったのはやむを得なかったのだと思う。だからって、自分の無力さを正当化するつもりはないけれど。



「私の考えは前に言った通り。チハルがグノーシア汚染されているとは考え難い」



 口火を切ったのは、セツだった。



「お? てことは、セツ的にはSQちゃんかがグノーシアって思ってるってわけ?」



 肘をついて、両手で頬杖をつくようにしてセツの顔を覗き込むSQの顔は妙に明るい。まるで今日の夕飯の話でもしているみたいだった。
 名前を出されたことに思わずびくりとしてしまう。私はグノーシアを特定するのと同時に、自分の無実を証明しなくてはならないのだ。そんなことに今更気がついてしまった。皆に疑われたとき、私は大抵の人と同じように、自分の無実を証明する手立てがない。それは、武装もないままに戦地に立つのと変わりない。
 セツが「いや」と次の言葉を発するまでは生きた心地がしなかった。



でもない、と私は考えている」

「へっ?」



 驚いて変な声をあげてしまった私に、セツがちらりと目線をくれた。いつものセツらしい、感情を極力削ぎ落としたような瞳だった。



は昨日、ラキオに投票しなかった。がグノーシアであるなら、まず一人は自分の身代わりに無実の人間を眠らせておきたいはずだ。……ラキオがグノーシア汚染されていなかったということが確定した以上、がグノーシアであるという線は消えると見て良いと思う」

「……僕もセツと同意見で」



 思いも寄らぬ援護に、真正面に座っていたチハルの顔を見つめる。
 チハルはだけど、私ではなくSQに目線をやっていた。滑らかな傷一つない頬を手の甲に乗せて、「グノーシアの生態とやらが良く分からなくて申し訳ないけれど、まあ、僕がグノーシアってやつだとしたら、そもそもあの状況でラキオ以外に投票する、だなんて、一人だけ他と違うことはしない」と、チハルらしい明瞭な音で発言する。



「目立っちゃうしね」



 グノーシアってのは、人間の中に紛れ込むんだろう?
 首を傾げてセツに尋ねるその姿に、SQは困惑したように眉を寄せている。



「チハルのその信頼って、結局セツがチハルに味方してるからじゃん? SQちゃんからしたら、セツがどうなの? って思うけど。チハルに味方して、これで投票も安心だぜ! みたいな作戦? とか思っちゃう」



 ねね、チハル、本当にセツのこと、信じて良いの? とSQは大袈裟に首を傾げて見せる。昨日の私が彼女に抱いた違和感は、そういうSQの一挙一動によって益々色を濃くしていく。
 SQは焦っているように見える。昨日から、ずっと。



「別に、セツのことを無条件に信頼しているわけではないよ」



 チハルのオリーブ色の瞳が、僅かに形を変えた。ついていた肘を自分の身体に引き寄せて、椅子に深く座り直す。そうしているとチハルの身体はやけに頼りなく、細く見えた。チハルもまた性別を持たない、汎だからだろうか。チハルはそうしていると、男性のようにも、女性のようにも見えるのだった。



「でもでも、セツよりもSQちゃんの方がアヤシー、って思ってるんでしょ?」

「セツの意見は理に適っているけど、セツをというよりは、人間である可能性が君達よりも高いのことを信じてみようかと思っただけ」



 唐突に目線を向けられて、今度は声にもならなかった。目を見開いたまま固まる私に、方々から視線が注がれる。チハル、セツ、SQの、三人の目が、無遠慮に。
 もうあの時あそこにいたラキオもジナもこの場にはいないのに、私はそれを、既視感を持って受け止めていた。目の奥が痛くなる。昨日も、こんな風に三人分の視線を一身に受けたっけ。ラキオ。ラキオの涼しげな、何もかもを見透かすような目が、私は好きだった。
 昨日、投票結果を受けて、「……何のつもり?」と目を細めたラキオは、私以外の四人を見回していた。私はその口元に浮かんだ笑みを凝視していた。もっと時間があれば、ラキオへの注目を逸らすことができたのかもしれなかった。後悔と恐怖から来る震えを、少なくともラキオには悟られたくなかった。
 私が昨日ラキオに投票することができなかったのは、私がラキオを好きだったからだ。眠ってほしくなかった。例えラキオがグノーシアだったとしても。そんなことを思っていたなんて知られたら、もう誰も私の言葉なんか信じてくれないな。でも、SQを疑っていたのも本当だったのだ。
 時間は確かにそんなに多くは残されてはいなかったのかもしれない。だけど、私はあのとき「誰がグノーシアかなんて、どうせ分かんないんだし」と言いながら投票を急かしたSQに、少しだけ違和感を覚えていたのだ。このタイミングで投票を言い出せば、ラキオに票が集まることは間違いなかったから。ラキオを盾に、私たちの目を欺いたのではないかって思った。せめて投票に移る前、無理やりにでもそれを指摘できたら良かった。
 チハルが肩を竦めた。記憶をなくす前から変わらない、どこか人間味を削ぎ落としたような表情だった。私はチハルがこんな顔をすることを、この船に乗るまで知らなかったのだ。



「……これ以上話し合う必要ある?」



 SQがスケープゴートに使ったのがラキオでなければ、私もきっと彼女の違和には気がつかなかっただろうけれど。



「……決まったみたいだね」



 セツが口を開くとほぼ同時に、目の前にスクリーンが浮かび上がる。昨日と違って、既にコールドスリープされたラキオは視認できる程度に青く塗り潰されていた。ジナは、赤く。たったそれだけで殴られたような気になる。
 SQの名前を選択するとき、それでも指が震えたのだ。SQとはラキオほどではないけれど、良く話した。彼女と一緒に居ると、私はルゥアンでの学生生活を思い出した。私が過ごした、もう取り戻せないあの日々を、SQは幻でも見せてくれるみたいに隣にいてくれた。
 美味しくないパスタを「コレ、不味くない?」ってハッキリ口にするSQは清々しくて、好きだった。企んだような話し方も、歩いていると後ろから体当たりしてくるところも、気まぐれで、感情を表に出して、子供みたいな顔で笑ったかと思えば、ぼんやりと遠くを眺めるような目でいるところも。好きだった。



「あーあ」



 もう耳に馴染んだSQの柔らかな明るい声音に堪えきれず息を吐く。スクリーンに投影されたその数字は、SQのコールドスリープを決定づけていた。私たちが決めたことだった。



「SQちゃんのことをグノーシアじゃないかって思ってるを消しちゃったら怪しまれちゃうかなーって、昨日はジナを消すことにしたんだけど……」



 長い睫毛がその頬に影を落とした。細められた瞳が、歪みをもって私を見る。



「こーなっちゃうなら、の方を消しとけば良かったかにゃ?」



 いちいち傷つく必要なんかなかったけれど、私はSQに、泣き笑いのような顔しかできなかった。
 ルゥアンで逃げ惑う私の手を引っ張ってくれた彼女の手の爪には、今日も鮮やかな色が塗られている。その色を網膜に焼き付けるように見つめながら、祈るように、あの日の彼女を思い出している。




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