LeViの警報が鳴り止んだ後のメインコンソール室には、既にセツとチハル、SQが揃っていた。
 神妙な面持ちのセツに、こんなときでも感情の読み取りにくい瞳で漫然と液晶を眺めているチハル、それから、「お、は無事だったんだね」とウインクしてみせるSQ、それぞれの顔を見つめる。ジナがいない。その事実に、痛いほど打ちのめされてしまう。
 空間転移時にグノーシアの反応が検出されたということは、つまり、誰かが消されてしまったのと同義だ。セツ、チハル、SQがここにいるならば、消されてしまった人間は消去法により判明してしまう。



「……じ、ジナが、消されちゃったの?」

「ん、そうみたいね」



 私が駆けつけるよりも前に、三人はLeViからジナの生体反応が消失していることを聞かされていたらしい。
 グノーシアによって、ジナは宇宙から消されてしまった。つまり、私たちは間違えたのだ。ラキオは汚染されてなんかなくて、本当のグノーシアはまだこの中にいる。ぞわぞわとした寒気を覚えて、私の問いかけに答えてくれたSQに何らかの反応をすることすらままならず、手近な席に腰を下ろす。昨日、ラキオが座っていた席だ。ラキオが、とん、って、私の意識を引き戻すために叩いてくれたコンソールの表面に、こんな時なのに、突っ伏したくてたまらない。
 あの時さっさとチハルを眠らせようと口にしたラキオを制したジナは、もうどこにもいない。ジナの消滅は、取り返しがつかないのだ。グノーシアによって消滅させられるに至った彼女の肉体は、もうここにはない。私の星では義務教育で習う、基本的なことだ。グノーシアによって消されてしまった人間がどこに行くのかを、私たちは知らない。あの穏やかで優しいジナとは、もう二度と会えない。








 今から少し前、ルゥアンのグノーシア騒動の折、私たちは出会った。あの混乱の中をセツが先導して、持ち主不明のこの船に避難させてくれたのだ。そして私たちはどうにかルゥアンを脱出した。かつてあれだけ栄えたあの星に、生きた人間はもういないらしい。
 この船の船長さんは、恐らくあの騒動に巻き込まれてしまったのだろう。この船の擬知体であるLeViは以前の持ち主に関する情報を漏らすことはなかったけれど、私たちを襲った事態に関しては一定以上の理解を示してくれた。嘗ての持ち主に対するのと同様に、私たちの生活全般をサポートしてくれたのだ。
 行く宛てもなくルゥアンから逃げ出して宇宙を彷徨う私たちは、突貫の運命共同体だった。
 軍人のセツは厳格で、いつも一定以上の距離を保って私たちを見守ってくれていた。チハルもそう。チハルが一度だけ漏らした「僕は正直、今まで自分が居た場所ではない世界で何を成すべきなのかが分からないんだ」という言葉の真意は、きっと誰にも分からなかっただろう。私だけが、なんて、そんな傲慢なことを言いたいわけではないけれど、それでもチハルは、だからこそ他人とは丁寧な距離を取って生きていた。これまでの彼自身のように。
 ジナは物静かで、ほとんど自分の話をしようとしなかった。だけど一度船の修理をしているのを見たことがあるから、そういうことを生業としていた人だったのかもしれない。SQは気まぐれだから、くるくると変わる表情で私たちのムードメーカーになってくれていた。だけどSQも、自分で引いたある一定の線を越えるようなことはしなかった。
 私たちはお互いが抱えたものに、触れずにいたのだ。
 そんな中、あまり身の上話をしようとしない彼らの中で、ラキオだけは特殊だった。



「君の着ているそれは、ルゥアンの中央学校の制服だろう? 君みたいな凡人面した人間が、いくら払ってあそこに入学したンだい?」



 どこにいても目を引くような華美な衣装を身に纏ったラキオは、悪意いっぱいの言葉を悪びれずに私に向けたのだった。
 何もすることがなく退屈で、誰かいないだろうかとロビーに向かおうと部屋を出たとき、丁度向かいの部屋から出てきたラキオと目が合って、そんな風に絡まれてしまったのだ。生まれた星を出てから色んな人と出会って、それこそ面倒なこともたくさん経験してきたけれど、こんな風に真っ直ぐ失礼な言葉を投げかけられたことってそうそうなかったから、びっくりした。



「う、裏口じゃないもん、ちゃんと試験を受けたよ」

「ハハッ! 君が? じゃあその年の試験は簡単だったのかな。いや、僕はルゥアンなんかの学校には興味ないけどさ、意外と優秀な人材が多いって話は耳にしたことがあってね。でも、そうか。或いは、入学は簡単でも進級は難しい、ってやつかな?」

「進級してる! 来年卒業だった!」

「へえ、じゃあ卒業後の進路も決まっていたのかな? 是非お聞かせ願いたいけれど」

「そ、そんなのラキオに関係なくない?」

「まさか進路は未定? ハハッ、傑作だね。なァんだ、ルゥアンの中央学校も大したことないんだね」



 けらけらと笑うラキオは「ま、他の連中よりは時間が潰せそうかな。どうせ暇を持て余してるンだろう?」と口にして私を指でちょいと呼んだ。
 あのときのことを、私は今でも覚えている。白んだ灯りの下で、その瞳が楽しげに細められていた。私にだけ見せるものではないことくらい知っていた。



「おいで、



 要するに、ラキオにとって私は体の良い暇潰しの相手だったのだ。
 あのグリーゼ船団国家の生まれの人間であるラキオは見事に屈折していた。生まれ持っての性質もあるだろうけれど、グリーゼという国の形態も、それを助長させたんだと思う。噂には聞いていたけれど、ラキオの口から聞く件の国家は、私からしてみればなかなか常軌を逸していた。勿論、本人には決して言えなかったけれど。
 日々を持て余しながら、私たちは一緒に居た。私はラキオほどには優秀ではなく、ラキオの話が理解できないことも多々あったけれど、ラキオはあれで案外優しいから、根気強く話して聞かせてくれた。「分からない」って顔すると、喜ぶような人だから、私たちはそういう意味で相性が良かったんだと思う。



「ハハッ、君はこんな問題も分からないわけ?」



 最初は腹が立ったけれど、何だかいちいち怒るのも面倒になってしまったのだ。
 私はラキオの言葉を選ばない話し方にすぐに慣れてしまったし、むしろ、分かりやすくて助かるとすら思うようになっていた。気分を損ねればはっきりと顔に出して「不愉快だ」と伝えてくれるラキオは、こっちが変に気遣う必要もない。
 楽しかったのだ。ラキオと並んで、ラキオの話を聞くだけの日々が。
 一緒に食事を摂ったりすることはしなかったし(彼は抑制剤を使っていたから、どうも睡眠欲以外の欲求を感じにくいらしい)そもそもラキオは汎だったから、男女の関係にはなりようがなかったけれど、それでも私はラキオの隣にいるとき、自分がラキオを異性として見ていることを知っていた。
 ラキオは美しかった。私がラキオを美しいと思っていることを、だけど、きっとラキオは知らなかった。最後まで。




 



 ジナが消えてしまったということは、この四人の中にグノーシアが紛れ込んでいるということになる。そう口にするセツに、SQが思案気に目線を彷徨わせる。



「んー、ヤッパそういう話になっちゃうんだ……」



 私たちはまだ生と死の狭間にいる。何か一つでも間違えてしまったら、そのときは全て終わりだ。グノーシアはこの船に残る人間全てを消す。



「……始めようか。私たちが生き残るための話し合いを」



 セツの言葉に噛みしめていた唇から一度呼吸を吐ききって、椅子に深く座り直したとき、視線を感じた。対角線上の椅子に腰を下ろしたチハルは、肘をついて私を見つめていた。どこまでも感情の読み取りにくい、けれど、温度の籠もった双眸だった。




prev back next