民族差別に、宗教による思想の統一。力のないやつから先に死んでいくのは、フォドラも一緒だ。
結局どこに行っても大差はないんだろうな。なに、別に悲観して言っているわけじゃあない。俺の「野望」については端から万事が上手くいくとは思ってなかったし、そんな中でも前向きに生きた方が色んなもんが見えてくるだろ?
実際、そういうのに囚われず自由に生きている連中もフォドラには大勢いる。うちの学級のやつらなんか良い例だよな。まあ、他と比べて平民が多いせいなのかもしれないが。だがローレンツだって、教会が掲げる信仰については懐疑的だ。大っぴらにそれを喧伝することもしないのがあいつの賢いところだと俺は思っている。貴族であることを鼻にかけている、なんて風に誤解されやすいやつではあるけどな。
そういうやつがいる一方で、侵攻を繰り返す、言葉の通じない異民族への嫌悪、教団や親から刷り込まれた価値観を拭えないままでいる人間の方が大多数を占めているってのは、俺だって理解してるつもりだ。
「フォドラに害を成す野蛮な民族」と言えば、レスターで暮らす人々からしちゃあ、そりゃあパルミラ人なんだろう。だが隣のファーガスで考えたとき、それは北方のスレン人であり、或いは四年前に国王を殺害したとされるダスカー人だ。いや、今となれば、後者の方がよりその傾向は顕著か。
ファーガスのダスカー人への憎悪はそりゃあ凄まじいもんがある。国境を越えようとしては追い返されるだけのパルミラへの感情なんか、あれに比べりゃあ可愛いもんだ。四年前、国王殺しの責のためにダスカーの民は虐殺の憂き目に遭った。女だろうが子供だろうが構わず殺され、住処は焼かれた。その土地は、今やその際に功績をあげた貴族のものとなっている……なんて、悪い冗談みたいな話だよな。よしんばダスカーの民が王を殺したのが事実として、一族郎党まで徹底的に殺す必要があるのかね? きな臭さを感じてしまうのは、果たして俺の考えすぎなのか、どうなのか。
そのあたりの真相はどうであれ、ダスカー人は今なお嫌悪される対象だ。ガルグ=マクにおいて問題や事件が起きた際、犯人候補としてまず筆頭にあげられるのがその証拠だろう。青獅子の学級に所属し、ディミトリの従者として常にその背を預かるドゥドゥーと言うダスカー人は他者からの悪意を一身に受け止めている。まるで何も感じてはいないのだとでも言うかのような横顔で、平然と歩いている。
ファーガスの人間は、ダスカー人を憎んでいる。
そういう意識が俺の中にこびりついていたせいだろう。声高かにダスカー人を貶めるような話をしていた修道士らに向かって「あの!」と声をかけたその背に、やけに興味を惹かれたのは。
おかしいよな。「そういうのに囚われず自由に生きている連中もフォドラには大勢いる」と常に前置いていたくせに、自分の立つ場所から少し離れた位置にいる物事にまでは想像が及んでいなかった。俺はファーガスの人間は、全員が全員、ダスカー人を憎んでいると思ったんだ。何か理由があってドゥドゥーを傍に置いているディミトリ以外は、おしなべて。
=アンリ=ラルミナ。
青獅子の学級に所属する、男爵家の娘だ。イングリットと良くつるんでいるが、領地の位置関係によるのか、アッシュとも仲が良い。武器を扱うことに慣れておらず、さらに元々体力がなかったらしく、士官学校の敷地内を走っているのを度々見かける。実戦よりも座学を好み、セイロス教の敬虔な信徒でもあり、女神への祈りも怠る様子はない――。
そんな典型的なファーガス貴族が、一体どうしてダスカー人を庇うんだ?
「助けてくれてありがとうございました」
威勢良く会話に割っていったはいいが、元々人と言い争うことに慣れていなかったんだろう。
修道士の男たちの視線を一身に浴びたまま言葉を詰まらせていたのを見て、思わず横槍を入れてしまったのだが、はそんな俺に丁寧に礼を言った。
「何か言ってやるんだ、って思って飛び出したは良いんですが、いざあの人達の前に立ったら、全然言葉が出てこなくて」
気恥ずかしそうに視線を落とすは、どこからどう見ても一定の基準から逸脱しない、「貴族のお嬢さん」だ。
貴族として生きてきた上で身につける必要のある、品のある所作。品定めするような目で見たところで、彼女はちっとも気付かないだろう。いや、恐らく気付いたところで、何もしない。徹底された受け身体質を持つは、今や普遍的なものとなっている価値観に染まらずにいる。
それが俺には、随分面白いものであるように思えたのだ。
そう言ったところで、お前は首を傾げるだけなんだろうな。
「お、先生か」
「クロード」
墓地のあたりを通りかかったとき、偶然騎士の間の方角から歩いて来るベレト先生と出くわした。青獅子の学級の担任を務めているベレト先生は、まあ愛想はないんだが、こうして話しかければきちんとこちらを見て話に応じてくれる。ま、それはこの先生に限った話じゃないがね。それだけのことが嬉しいのも、事実なんだ。困ったことにさ。
青獅子の学級は前節、行方不明になっていたフレンの所在を突き止めただけでなく、件の死神騎士とやらの正体までも明らかにした。二節前の青海の節には、レアさんの暗殺という情報に惑わされることなく、聖廟に忍び込んだ賊を返り討ちにしてその目論見を阻止。その結果、先生はそりゃあ珍しい剣をレアさんから渡されるに至っている。
破竹の勢いとはこのことだ。これが何か一本の劇になるんなら、間違いなく主役は先生だろうな。
つい先日、先生たちはダスカー地方に赴いたらしい。何でもダスカーの民の生き残りが、失地回復のために武器を取ったとか、なんとか。その反乱を収めることが目的というのは名ばかりで、まあ、俺の考えが正しいなら、彼らは上手くダスカー兵を撤退させたんだろう。それでも一応探っておくかと「ダスカーはどうだった?」と首を傾げれば、先生は一度瞬きをした後、「上手く行った」と口にした。これだったらまだディミトリやに聞いた方がましだと、小さく笑う。
もし本当にその目的が「ダスカー人の救出」であるなら、学級にもいるだろうダスカー人憎しの連中は、どんな心でいただろう。
民族差別、消えない憎しみ、根底にまで染みついた価値観。それらをあんたたちは、どうやって覆すんだ?
だって世の中、みたいな人間は稀だろう。
脳裏に浮かんだ少女の困ったような笑顔をねじ伏せるように、「今節は鷲獅子戦だな」と口にした。ベレト先生は、さして顔色も変えないまま小さく頷いている。
「俺達にあんたたちの相手が務まるかは疑問だが……まあ、それなりに戦えるよう頑張るさ」
「……そうだろうか」
挟み込まれた言葉に、目を合わせる。
俺とさして変わらない高さにあるそれは、瞬きの回数が極端に少ない。一瞬、背筋が粟立つような感覚を覚える。「君は優れた指揮をするから」そう続けられたのに、どう答えたら良いのかも分からないのだ。
「先生」と、もう一度声をかけた。春に出会ったときよりも幾分か感情の幅を広くしたように思う先生の瞳は、太陽の光を受けて微かにその色を変えている。
「あんたのその剣、もう一回、試しに持たせてもらってもいいか?」
ガルグ=マクの北東部に位置するこのあたりは、人通りが少ない。
さして躊躇う素振りも見せずに天帝の剣を差し出す先生に、気の利いた言葉の一つくらい言えたら良かった。この剣を扱えるあんたが俺の力になってくれるなら、俺の野望を果たすそのための道も、少しは平坦であったんだろうな。
天帝の剣は、相変わらず俺の手の中で何の反応も示さないまま、死んだように横たわっている。