「よ、

「クロードくん。こんにちは」



 普段の金鹿の学級の様子を窺うに級長のクロードくんが明るく人好きのする性格であることは分かっていたけれど、それを踏まえても修道士の人との一件以来度々声をかけてくれるようになったのには驚いた。
 私自身、これまで学級外の子と関わる機会っていうのがそうそうなかったから、っていうのが一番の理由なんだけど、でもクロードくんからしたら学級の違いなんか壁でもなんでもないみたいだ。翌日食堂で会ったときには「誰に対してもその話し方なのか?」と私の敬語を指摘し、私が首を振るや否や「じゃあ、普通に喋ってくれよ。堅っ苦しいのは苦手でね」と肩を竦め、どこで私の名前を知ったのか、きちんと「」と呼んでくれた。それからは、私も肩の力を抜いてクロードくんと接させてもらっている。折角士官学校に通っているんだから、ファーガスの外の人と関わることもしたかったし、その点で言えば人懐っこく好意的に関わってくれるクロードくんは心強い存在だった。
 クロードくんは何だか不思議な人だった。学級の内外どころか、騎士団の人や商人や修道士、信徒の方にも気さくに声をかける。多分、人と関わることが好きなんだろう。そう思うけど、たまにその目が値踏みするように細められる瞬間がある。ベレト先生に対しては、特にそう。
 彼は私に対しても、ベレト先生の話をすることが多かった。学級ではどんな感じなのかとか、天帝の剣(先生がレア様から剣を渡されたことに関しては、大修道院にいる大抵の人が知っている)を近くで見たかとか、課題の細かな内容とか。勿論、今は状況が状況だから、フレンちゃんの話をした後でのついでみたいになることばかりだったけれど。



「そういや、ベレト先生は今回のフレンの件に関しては、何か掴んでたりしないのか?」

「うーん、どうだろう。先生も個人的に、色々調べてはいるみたいだけど……」

「ほほう。でもまああの人のことだから、突然フレンを連れて帰って来そうではあるよな」

「突然?」

「こう、小脇に抱えてさ」



 そういう仕草をしながらそんなことを言うクロードくんに、思わず噴き出してしまう。深刻な状況なんだし、そんなの不謹慎なんだけど、それでもずっと緊張し続けて強張った身体を、急に横からくすぐられたみたいだった。だって、想像しちゃったんだもの。ベレト先生がフレンちゃんを軽々抱えて歩いているところを。
 イングリットちゃんがこの場にいたら、絶対に怒るんだろうけど、私だって本当はそうするべきなんだろうけど、だめだった。笑いのつぼに入ってしまって、なかなか止まらなかった。口を押さえて、俯きながら笑いを堪える私に、クロードくんは「……そんな面白いこと言ったか?」って言うから、小さく何度か頷いた。クロードくんは肩を震わせている私に、「ふうん?」って短く言うだけだった。








 クロードくんの言う通り、本当にベレト先生がフレンちゃんを連れて帰ってきてくれたらいいのに。そんなことを願っていたけれど、角弓の節も半月が経った頃、事態は意外なところから動き始めることになる。
 黒鷲の学級担任を務めていたマヌエラ先生もまた、姿が見えなくなってしまったというのだ。
 とは言えマヌエラ先生が授業に現われないことはこれまでも多々あったらしく(何でも男性関係で何かある度、お酒を飲み過ぎてしまうのだとか)今回もそういったことに原因があるのだろうと思われていたそうなのだけど、最近、マヌエラ先生が血相を変えて走っているところを見かけた人物がいるらしい。曰く、マヌエラ先生の手には何か仮面のようなものが握られていた。それは、イエリッツァ先生のもののように見えた、と。



「フレンの件と関係があるかはまだ何とも言えないが……確かに少し気になるな」



 イエリッツァ先生に関しては、フェリクスくんもまた「ここ最近、どうも雰囲気が変わったように思える」と言っていたのも確かだ。フレンちゃんの行方に関して手詰まり感が否めなかった現状で、一件関連性のないように思えるこの情報は、しかし何かの糸口になり得る可能性がある。
 例えばの話になってしまうけれど、もしかしたらマヌエラ先生は、フレンちゃん失踪に関する何か重大な事実を知ってしまったのではないだろうか。それがフレンちゃんとイエリッツァ先生とを関連付けるもので、マヌエラ先生はそれで追われていたのだとしたら。その場合、彼女を追っているのは間違いなくイエリッツァ先生だ。同様に、フレンちゃんを拐かしたのも彼、ということになってしまう。
 もし本当にそうだとしたら、私たちが想像しているよりも、事態はもっと深刻なものなのかもしれない。勿論、確かめない限りは何とも言えないのだけど。



「兎に角、まず二人に話を聞いてみるべきだろう。……イエリッツァ先生は、恐らく訓練場か自室にいるはずだ」

「だが、ここ数日は訓練場にも顔を出していないぞ」



 殿下の言葉にフェリクスくんがそう告げたのを受け、一度イエリッツァ先生の自室を訪ねることにした。イエリッツァ先生の、というか、ベレト先生以外の教師は皆、騎士の間の東に自室を与えられている。本来生徒の立ち入る場所ではないけれど、今回は事が事だし、ベレト先生もいるから問題にはならないだろう。
 皆と一緒に私も教室を出たのだけど、その時、背後で「ディミトリ」と先生が殿下の名前を呼んだのが分かった。思わずちらりと振り向く。教室を出る列の最後尾、殿下と肩を並べて歩く先生は、その視線を殿下の目にきちんと合わせて、「疲れているように見えるけれど」と低く切り出している。



「あの夜は、あれからちゃんと寝た?」



 どの夜?
 振り向いたまま目を丸くしてしまったのが、殿下に見られたのだろう。殿下は「先生……」と困ったように眉尻を下げると、私に小さく笑いかけて「違うんだ」と短く言って首を振った。
 一緒に歩いていいものかと思いながらも、私は自然と殿下と先生の三人で横並びになって歩く。「あ、あの夜って……?」聞いてはいいものかと迷ったものの尋ねれば、先日調べたいことがあって、夜中に書庫にいたところを見回りをしていた先生とドゥドゥーくんに見つかってしまったのだと殿下は説明してくれた。



「調べ物があったにしろ、随分遅い時間だった」



 先生は低く呟く。ここまで言うくらいだから、相当な深夜だったに違いない。それは、私も心配になる。だって殿下は日中も精力的に活動しているし、何に関しても手を抜かない人だから。



「夜はきちんと寝た方がいい」



 私の気持ちを代弁してくれる先生の瞳は、かつてよりも何か、感情が込められているように思えた。先生は、殿下を心配しているのだ、心から。少しの間を置いてから「……ああ、気を付けるよ」と答えた殿下も、もしかしたらそれに気がついているのかもしれない。
 先生が私たちの先生になってから、半年が経とうとしていた。私たちが成長しているように、先生にも変化があったのだとしたら、それは私たちにとっても、喜ばしいことのように思えた。
 晴れたガルグ=マクに吹く風は、すっかり秋めいていた。「このままお弁当を持って、皆でお出かけしたいくらい良いお天気ね〜」とメルセデスちゃんがのんびりとした声で口にするのが聞こえる。こんな日でなければ、それも素敵だ。一先ずはフレンちゃんを見つけ出さなくちゃならないけれど。
 大広間を抜けたとき、教師の寮である建物の屋根が見えた。この日、これから向かう先で、事態が大きく動くことになるのを私たちはまだ知らない。


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