先生が啓示を受けることになる聖墓は、ガルグ=マクの地下深くにあるらしい。
 セイロスの亡骸がある(とされていただけで、実際その棺にあったのは今先生が振るっている天帝の剣だったのだけど)聖廟に対して、聖墓は女神様の眠る場所、らしい。大修道院は、元々はその聖墓を守る為につくられたんだって。
 今から千年近くも前。王国も同盟もなかった大昔の頃の話だ。聖者セイロスはかつて、聖戦士に見守られる中、聖墓にて女神様より天啓を賜った。「フォドラの民を救い、導くため、その力を正しく使うように」と。
 その再現を、今節、先生と私たちはすることになる。



「……楽しみ、っていう気持ちが全然ないってわけじゃないけど、やっぱり私には荷が重いなぁ……」



 故事の再現に立ち会うことに関しては、正直、どきどきする。ガルグ=マクでも一部の人しかその存在を知らなかった聖墓に足を踏み入れることだけでも、身に余る光栄だ。けれど同時に、私みたいなのがそこに紛れ込んで良いんだろうか、という不安といたたまれなさはどうしても付きまとう。「……不相応な気がする」だって、本当に私なんて、学級のお荷物なんだから。
 だけど飲んでいた茶器から口を離したイングリットちゃんは、落ち込む私を慰めるみたいに、優しく首を振る。



「不相応だなんて、そんなことありませんよ、。私たちは皆、これまで共に戦ってきたじゃないですか」

「う、それは、そう、なんだけど……」

「う〜ん、でも私、ちゃんの気持ちも分かるわよ。端役のつもりで生きていたのにいきなり大舞台に放り込まれたら、誰だって困っちゃうわよね」

「そう、それ、それなんです。本当に有り難くはあるんですけど……こう……良いのかな、って思っちゃう……」



 イングリットちゃんの隣に座るドロテアさんに大きく頷きながら続ける。混み合っているため、本来二人がけの円卓らしい席に無理に三人で座っているせいでどうにも窮屈だったけれど、こうしているとお互いの表情が良く見えて良い。声を潜ませての会話も、きちんと届いてくれるし。だけど、そうでなくても、広くない店内は色んな音がひしめき合っていて、私たちの会話に耳を欹てている人なんか誰もいないだろう。
 ドロテアさんは、うんうん、と私の話にきちんと相槌を打って、それからその目を細めて、笑った。



「そうね、でも、それでもやっぱりちゃんはそこにいて良いのよ。だって青獅子の学級の生徒なんですもの。胸を張って! ね?」

「む、胸を……」

「ドロテアの言う通りです、。……一緒に頑張りましょう」



 イングリットちゃんとドロテアさん、双方から勇気づけられて、私はそれでようやく、小さくだけど、頷く。正直、それでも不安は残っていた。それでも今節の末には何があったって聖墓に行かなくてはならないのだ。腹を括っておかなければ、どうしようもない。
 城郭都市の片隅にある食事処は休日なだけあってごった返していて、食後のお茶もゆっくり飲んでいられるような雰囲気ではなかった。あんまりのんびりもしていられなくて、お会計を済ませて三人で店を出ても、その先の界隈は人の往来が随分多い。ドロテアさんが「何だか今日はどこもごみごみしてて嫌ね。折角の逢瀬だっていうのに、ねぇ?」と私たちの顔を見て小さく首を傾げるのに、苦笑で返す。
 この前のお休みに街に出かけたらしいアネットちゃんやメルセデスちゃんも言っていたけれど、今節は何だか、ガルグ=マク全体が賑々しいみたいだ。信徒の方々や商人が、こぞって外郭都市や大修道院に出入りしているんだとか。実際こうしてみると、再誕の儀のある青海の節と同じくらいの人出で、ちょっとしたお祭りみたいだ。冬はどうしても街中から元気がなくなってしまうから、こんな風にたくさんの人で賑わっていることは、私としては、嫌なものでもないんだけど。
 ドロテアさんが「あ」と思い出したように口を開いたのは、丁度その時だった。



「逢瀬と言えば……ちゃんは、ディミトリさんとは出かけたりするの?」



 大修道院へと続く緩やかな坂道を歩く道中、それはもう不意打ちと言っても過言ではない。びっくりして地面に爪先が引っかかった。つんのめったり転ばなかったのを、自分で褒めたいくらいだ。ドロテアさんの口から殿下の名前が出るのは新鮮で、だけど、それ以上に驚きと混乱が勝る。「殿下ッ?」って、上擦った声が漏れたのも、仕方ない。
 咄嗟にイングリットちゃんを見た。舞踏会の後(それも数日経ってからようやくだ)、イングリットちゃんにだけはこっそり殿下とお付き合いすることになったという事情を打ち明けていたけれど、まさかイングリットちゃんが、ドロテアさんが相手とは言え勝手に話すはずもない。案の定イングリットちゃんも首を振っていて、それで改めてドロテアさんの顔を見たら、ドロテアさんは「ふふふ」と含んだような笑みで私を見つめ返してくれる。



「最近、ちゃんとディミトリさんって良く二人でいるでしょう? 妙に初々しくって、甘酸っぱい感じがしてたのよね。お芝居でもあんまりないくらい。前にちゃんは好きな人はいないって言ってたけど、実は二人とも、案外お互いに好意を持ってるんじゃないかしら、って思ってたの」

「二人でいる……かな。め、目についちゃう……? 好意とかも、漏れてる……?」

「ふふ。その様子だと、もう二人は恋人同士なのね。私はディミトリさんのことは良く知らないけれど……でも、他の貴族よりは断然素敵だと思うわ。将来国を治める人なだけあって、平民相手でも態度を変えたりはしないもの。ねえ、二人でいるときは、ディミトリさんのこと、なんて呼ぶの?」

「な、なんて……!?」



 二人でいるときもそうでないときも、普通に「殿下」。でも、あれ? 恋人なら、ちゃんと名前を呼ぶのが普通、なのかな? って、勢いに飲まれてそのまま口にしてしまいそうなときだった。イングリットちゃんが「そこまでにしてください、ドロテア」って、ドロテアさんのことを制したのは。



「あまり人の恋路に首を突っ込むものではありませんよ。相手は殿下なのですから、変に心配することもないでしょう。……シルヴァンであるならまだしも」

「まあ、悪い噂でも耳にしたことがあるなら、そりゃあお友達として全力で止めるけれど……ディミトリさんだものね。グリットちゃんの言う通りだわ」

「…………」

「でも、それはそれとして、ちゃんとディミトリさんの話は聞きたいんだけど……」

「ドロテア」

「もう、わかったわよ」



 両脇に立って、私を挟むように私についての話をされてしまうと、どうにも居たたまれなくて困ってしまう。本当は、さっきドロテアさんに何気なく聞かれた「呼び方」について、ちょっと二人の意見を聞きたかったのだけど、何だか蒸し返すのもおかしいかなとか、そもそもやっぱりそういうのって恥ずかしいなとか、ぐるぐる考え込んでしまって、結局飲み込んだ。でも、もしかしたら私、二人に相談に乗ってほしかったのかもしれない。呼び方だけじゃなくて、殿下が最近元気がないみたい、とか、そういうことも含めて。
 二人はその間も、少しずつ話の主題をずらしながら、何てこと無い会話を続けている。道の両端に並ぶ店や、行き交う人々、商人の声が作る音の波が、私たちを包み込んでいて、だから、結局私は喉元まで出かかった言葉を、全部飲み込んでしまう。
 イングリットちゃんとドロテアさんと並んで歩きながら、緩く続く坂道の先にある門を見上げた。大修道院の門が、何だか妙に遠く、小さいのは気のせいだろうか。人でごった返しているだけあって、なかなか真っ直ぐ歩けないのも、その途方も無さを助長させているのかもしれない。



「そういえば、最近エーデルちゃんもヒューくんも、ガルグ=マクにいないのよね。帝国に戻っているみたいなんだけど……」
 


 ドロテアさんが不意にそう呟いたのと、私がうっかり商人の人とぶつかってしまったのは、ほとんど同時だった。坂道を下りてきた方と、上っている方、っていうのもあるんだろうけれど、簡単に肩を持って行かれてしまって、思わず悲鳴をあげてしまう。そうしながらも「す、すみません」と咄嗟に謝れば、商人さんは無言で頭を下げて、それからそのまま城郭都市の雑踏に消えて行った。「大丈夫? ちゃん」ドロテアさんが声をかけてくれるのに、「うん、大丈夫」と頷く。
 私にぶつかった相手を確かめるように、イングリットちゃんがいつまでも振り向いていることは、気がつかなかった。商人さんとぶつかっただけでよろめいてしまうなんて、本当に、鍛錬が足りない、って、反省していたせいだ。
 じんじん痛む肩にそっと触れて、改めて大修道院へと続く道を歩き出す。この時の私は、まだ、この後このガルグ=マクに一体何が起きるかなんて、ちっとも想像していなかった。何もかもが一本の線の上にあるなんて、私は、何にも気がついていなかった。


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