魔法の類はまともに使えなかった。自分の背丈より長い槍は少しの間も構えていられなかったし、斧は持ち上げるのも一苦労だった。これまでに触ったことのある唯一の武器である弓は、先生曰く「構え方に良くない癖がついている」とのことで、それを矯正してからでは通常の訓練に入るのに時間がかかってしまうらしい。私が剣を持たされたのは、恐らくそういう個々の消去法の末という理由があるのだった。
訓練用の剣は、なるほど他のものと比べてもやや軽く、振っていても自分が振られるという感覚はなかった。槍よりもずっと扱いやすいし、それに馴染み深い。持ち上げて見上げてみたら、単純な私は、それにもう愛着を感じていた。剣術なんて、お兄様みたい、って思えるのも、嬉しかったのだ。
ベレト先生は授業中、私に剣の正しい持ち方と素振りのやり方を指導すると、「今後は走り込みの後、素振りもやれるだろうか」と私に尋ねたので、私はそれはもう「はい! できます!」と大きく頷いた。これまでずっと靄で覆われていた目標への道中が突然晴れたように思えた。現状が他に選択肢がなかったが故のものだったとしても、ひとまずはそれで良かった。
授業が終わると、イングリットちゃん(彼女は槍同様、剣にも造詣があるので、今回の授業もまた対人での実戦が主だった)に「剣を重点的に学ぶことになったんですね」と声をかけられた。どうやら私とベレト先生のやりとりを聞いていたらしい。
「うん、そうなの。これからは素振りもするように、だって!」
真昼の太陽は私たちの頭上を照らして、建物による影はほとんどない。王国生まれの私たちには堪える暑さだったけれど、そんな中吹き抜ける、竪琴の節の穏やかな風が、訓練後の身体には心地よかった。イングリットちゃんは「進歩ですね」と穏やかに言う。
「良かったです。剣でしたら、多少であれば私もに教えることができますし」
「ありがとう、イングリットちゃん。でも私、迷惑じゃない……?」
「迷惑だなんて。友人と共に切磋琢磨できるなんて、嬉しいです」
「えっ……わあ、ゆ、友人……」
イングリットちゃんにそう言ってもらえたことが嬉しくて、じわじわ込み上げてくる熱が抑えきれずに口元を緩ませる。勿論私はイングリットちゃんのことをお友達だと思っていたけれど、彼女もそう思っていてくれたとなると、びっくりするくらいにくすぐったい。イングリットちゃんはにまにまする私に、おかしそうに笑った。
訓練場から教室までの道中を歩く私たちの視界には、同じように教室へと戻ろうとする殿下がいる。その後ろ姿を見て思い出したのだろう。イングリットちゃんは殿下を視界の真ん中に収めながら、口を開いた。
「剣術は殿下も得意とするところですし、あとは……の訓練相手とするには適さないとは思いますが、フェリクスもいます。もしかしたら先生は、互いに高め合うという意味でも、に剣を学ばせることにしたのかもしれませんね」
私が剣を与えられたのは、きっと消去法だろうな。そういう風に思い込んでいたから、イングリットちゃんの言葉には目を見開いてしまった。
客観的に見たら、やっぱり私が剣を持つのは、もうそれ以外になかったから、っていう風に捉えるのが普通だと思う。だけど、ものは考えようだ。そういうことにしておいた方が、前向きに剣術を学ぶことができるだろう(高め合うという相手に、イングリットちゃんだけでなく、殿下とフェリクスくん、と言うのは、随分烏滸がましいことのように思えたけれど、それはそれとして。)
それでもつい生来の自信のなさが顔を出して、「そうかなあ?」と口にしてしまう私に、イングリットちゃんは「ええ、そうですよ」と眩しそうに目を細めてくれるから、それに勇気づけられてしまう。私は兎に角、単純だから。
教室までの道中、私たちの先を行く、殿下とドゥドゥーくんの後ろ姿を見つめる。家のため、民のためと思って私はこうしてガルグ=マクで学んでいるけれど、努力をすればそれは少しくらい、殿下のため、王国のためにもなるんだろうか。そうだったらいいな、って考えたその瞬間、不意にドゥドゥーくんを見上げた殿下の横顔が視界に入った。穏やかな微笑だった。なのに、火花が爆ぜたみたいだった。それはいつまでも私の目に焼き付いていた。ずっと。
朝と夕方、涼しい時間帯を選んで行う私の自主訓練は、走り込みに剣の素振りも加わって、益々充実した。
士官学校の生徒は、訓練場と騎士の詰所になっている騎士の間の双方の使用が許されていて、私はその日の混み具合によって剣を振る場所を選ぶことにしていた。と言っても、まだ剣を振り始めてたったの数日なんだけど。
訓練場と騎士の間のどちらを利用するにしても、基本的には隅の方にいたから、人の邪魔になったりだとか、変に目立つこともなかったと思う。私はフェリクスくんみたいに周囲の視線を集めるほど強くはなかったし、ドゥドゥーくんみたいに身体も大きくはない。それに目を引く髪の色とか、眩いばかりの容姿をしているわけでもなかったから、ひとりでこっそり訓練をすることは難しくなかった。
それでも無心でぶんぶんと振っていると、たまに、その場に居合わせた気の良い騎士の方が構え方を正してくれることがあった。
「その振り方だと、ちょっと危なっかしいな」
剣って、教える人によって型が違うって聞くけれど、授業中に先生にも確認してもらったものと、騎士の方が教えてくれたそれはほとんど変わらなかった。ぺこぺこと頭を下げてお礼を言ったら、「うん、頑張って」と肩を叩かれて、益々やる気が出た。
走り込みの成果も少しずつ出てきたのか、前よりも走り終わった後の疲労感が少なくなってきた気がする。先生の指導のおかげもあって、何も知らなかった頃よりは、ましな自分になれたんじゃないかと思う。素振りに関しては、疲れてくると腕が下がってきて、姿勢がどんどん崩れてしまうことが問題点ではあったけれど。
ただただ剣を振っていると、頭の中をいろんなことが駆け巡る。本当だったら顎の位置とか目線とか、力の入れ具合に思考を割くべきなのかもしれないけれど、未熟者の私はどうしても、浮かんでは消えていく(あるいは消えずに残る)あれこれに、どうしても支配されてしまった。強くなれるかなとか、明日の理学嫌だなとか、課題の提出いつだっけとか、今日のご飯は何かなとか。だけど大体最後に行き当たるのは、いつも今節の学級に与えられた課題についてだった。
盗賊団の討伐。
想像すると、やっぱりちょっと荷が重いように思えるし、野営訓練の夜のことが自然と思い起こされて、ぞっとする。騎士団の後詰めとして向かう私たちは、さほど危険な目に遭うことはないだろうとは言え、それでも緊張で剣を持つ手が汗ばんだ。いくらこうしてお利口に剣を振ったって戦場ですぐさま戦えるわけではないし、そんな自分は全然思い描けない。でも、それでもちょっとずつ、強くならなくちゃ。お兄様はもういないんだから。
呼吸を整える傍らで、一度だけ深くため息を吐く。その瞬間、武器のぶつかり合う大きい音が訓練場に響いて、思わず身を竦めた。自分に向かってきた槍の柄を、私は思い出してしまったのだった。殿下には「あれが原因で訓練場から足が遠のいていたのではない」と言ったけれど、それでも少なからず、私には恐怖心が刷り込まれていた。私の防衛本能を育てる、良い経験だったと思うようにはしていたけれど。
「だめだめだめ」
一人呟きながら、追い払うように首を振る。訓練場の片隅で、一心不乱に剣を振り下ろし続ける私は、自分に向けられた視線に全く気がつかなかった。
騎士団から連絡があったのは、竪琴の節も終わろうとしていたある日のことだった。
赤き谷ザナド。かつて女神の降り立ったというその土地に、騎士団は盗賊達を追い込んだらしい。
支給された剣は、素振りで使っていた訓練用のものよりも僅かに重みがあった。鞘から抜くのが恐ろしかったけれど、柄を持って確認する。刃こぼれ一つないそれは新品同然で、なんというか……その、ものすごく良く切れそうだった。教室のざわめきの中、ばくばくと音を立てる鼓動に目を閉じる。色んな種類の、嫌な想像をしてしまう自分が嫌で、ぐっと息を止める。
「そろそろ出発しよう、先生」
促す殿下の言葉も、私の震えを収まらせるには、足りなかった。