「……今頃グロスタールでは結婚式か」
執務室の小さな窓を見上げながらぼやくように呟くと、補佐官殿に分かりやすく口をへの字に曲げられてしまった。
結婚式に参列できなかったのは、何も自分の職務が怠慢であるためではない。招待状は受けていたのに、都合がつかなかったのだ。
ファーガス神聖王国が統一したフォドラで、自分はセイロス聖教会の大司教の座を譲り受けた。五年強の戦争でフォドラは疲弊し、特にセイロスの教えが弾圧されていたアドラステアでは今も尚混乱が続いている。大なり小なり仕事が山積みで、この状況でガルグ=マクを動くなどもってのほか、と言うのが補佐官殿の言である。
彼は口にはしないが、特定の貴族の婚姻の場に大司教という立場である人間が立ち会うことを避けさせたかったのかもしれない。前例を作ってしまえば、今後もフォドラにおける貴族の冠婚葬祭に関わらねばならなくなくなってしまうだろうことを彼は危惧したのだろう。事実、これまでの大司教はそういったものに直接出席することを避けていた。
大司教というのもそう良い物でもないらしい。譲り受けた冠も正直に言うと首が凝って煩わしかった。外しておくと文句を言われるから、黙って被り続けてはいるが。
祝意を示すための書簡は送った。「まあ、先生ったら、お花の一つもお贈りになりませんでしたの?」と先程フレンに言われて、なるほどそうすべきだったのかと気がついたが、今更仕方ない。
花を贈る気遣いには欠けていたが、式の出席のために数日前にガルグ=マクを出発したハンネマン先生に言伝は頼んでいた。出席できなかったことへの謝意と、改めての祝辞を。ハンネマン先生は今年から再開された士官学校で再び教師として働いてくれているが、数年の月日を経ても全く変わっていない。
「ふむ……我輩に頼み事をするならば、帰ってきたときに君の肉を少し分けて貰っても良いだろうか?なに、小指の先で構わんよ」
彼が戻ってくる前に、肉は切っておくべきだろうか。
その時脳内で甲高い怒鳴り声が聞こえて、思わず「切らない、冗談だ」と笑う。補佐官殿は、そんな自分を気味悪げに見つめている。もう慣れてくれれば良い物を。そうは思うが、独り言が多いのだから薄気味悪くて当然か。
自分の指には、父が残してくれた指輪がある。それを指の腹で撫でながら、「いっそ、大聖堂で結婚式を挙げてくれれば良かったな」と呟けば、補佐官殿は怪訝そうに首を傾げた。
「そうすれば、流石に覗きに行くくらいは許されただろう?」
口元だけで笑って尋ねれば、補佐官殿は初めてその眉間の皺を緩めたのだった。
ローレンツとが結婚か。改めて考えると、何だか不思議な気持ちになる。数年前、ここで共に過ごしていた二人がそうして寄り添い合う姿は、きっと希望に満ちているだろう。シルヴァンなんかは諸手を挙げて喜びそうだ。彼は、二人のことなど自分には関係ないという顔をしながらも、本当は身内に対するように彼らを気にかけていたから。
自分が眠り続けた五年間。彼らはその間も必死で戦い、生きていた。自分はあの日々を生き抜いた彼らの未来を、祝福している、心から。
連綿と続く命の輝きが、お前たちの未来を明るくするよう、自分はここで祈ろう。大司教として。「先生」だった人間として。
目を閉じれば、ふふふ、と童女の笑い声が木霊する。
「わしがおらんうちに、おぬしもそれらしくなったのう」
かつて一度は自分の中から消えてしまったはずのあの少女が、鈴のような声でころころと笑うから、自分もつられて笑った。