花冠の節のぬるい雨が降っていた。
ひとり、天幕に落ちるぱらぱらとした、不揃いな音を聞いていた。
雨は植物や土の存在を強く知らしめる。ここは特にそうだ。周囲を木々で囲まれた、鳥や野生動物の鳴き声が時折聞こえるだけの静かな地。息を吐けばそれは確かに空気の中に溶ける。
時間は有り余るほどだった。張られた天幕の皺を無意識に数えながら、浮かぶ未練をかき消した。この手から離したものをもう一度手繰り寄せることほど醜いことはない。だから、ただ呼吸だけをする。己の指先を折り曲げ、この思いに重石をつけ、沈殿させる。濁りもせず、それはこの身体の奥底で眠るだけの異物になる。
予てよりそろそろだとは伝えられていたけれど、いざその日が迫るとなるとどうにも身が引き締まる思いがするものだ。
においが変わった。人が近づく気配がある。そういう感覚に、今の自分はただただ敏感になっている。
四度土を踏みならし、彼はこの名を呼ぶ。「間もなくです」耳に馴染むまだ若いその声に、細く長い息を吐く。
「ご準備は整っておられますか」
鈍ってはいるだろう。傷は癒えたばかりだ。だがそうも言っては居られまい。
「生憎雨が降っていますが、進軍には影響はないでしょう」
ああ、だけどこれくらいなら構わないよ。音を聞けば見ずとも分かる。首筋を伸ばせば、ごり、と鈍い音がした。嫌になるな、品がない。
天幕から外に出れば、アレキサンドルの片隅の湿った空気が皮膚を撫でる。木々の隙間から落ちる雨粒に空を見上げ、「問題ない」と呟けば、そこにいたオーランドは注意深く瞬きを一つした。
「これは肘傘雨だ」
その時のオーランドが、六年前の君と同じ顔をして僕を見上げていたものだから、そんな場合でもないのに思わず笑ってしまう。にわか雨のことだよ。かつて吐き出した言葉を、僕はもう一度口にする。
血が繋がっていなくとも、産まれた国が違えども、君達はまるで、そんなところばかりが本物の姉弟のようだった。
雲には既に切れ間が見えていた。そこから差し込む日差しはまだどこか春の陽光めいていて、僕はそれを、女神の祝福であるかのように思う。敬虔な信者でもないくせにな。
それでもたまには本気で祈っても良いだろうか。
どうか君が生きているようにと。
孤月の節のミルディン大橋における戦いで、決して小さくはない怪我を負った。
先生も容赦がない。「加減はするつもりだったんだが、すまない」と口にはしたものの、直前まで頸動脈に真っ直ぐ刃を向けていたではないか。
結局先生の天帝の剣は皮膚の薄皮を一枚持って行った後、鎖骨のあたりに突き刺さった。意識が飛んだのは間違いない。あれも少しでもずれていれば間違いなく命にかかわったはずだが、先生はガルグ=マクに居た頃から加齢を全く感じさせない顔で「お前が上手く避けてくれて助かった」と言ってのけるから言葉に詰まる。
戦の後処理のさなかのミルディン大橋に積み重なった遺体は、目を覆いたくなるほど凄惨なものばかりだった。あれを先生たちはこれから埋葬するのだと言う。見覚えのある藤黄の長い髪が、赤黒い大量の血と共に橋を敷き詰める石畳の上に広がるのを見た。フェルディナント君、僕は、君と共に逝くつもりだったのだ。
どうして僕を殺さなかった。言いかけた僕を自身の陰にするように、膝をついた女性がいた。
「あらあら〜。ローレンツも、無茶をするわね〜」
五年前と変わらぬ穏やかな声のまま、メルセデスさんは患部の確認のため、僕の着ていた服の胸元を開く。何か言葉を紡ぐために慌てて呼吸をした瞬間、ベレト先生によって負わされた怪我が鋭い痛みとなって身体を駆け巡るから、喘ぐような息を吐くしかなかった。
「ディミトリは?」
「彼ならドゥドゥーと話をしているわ。こっちの様子には、気づいていないみたい〜」
「……すまないが、手早く頼む。帝国の人間ではないとは言え、ローレンツが帝国に与したことには変わりないからな。助けたことを知られては面倒だ」
「わかっているわ〜、でも、それだと完全には傷を癒やせないけれど……」
「……おい、ちょっと待ってくれ先生、メルセデスさん」
完全に会話に置いて行かれている。なるべく傷に響かないようにしながら注意深く口にすれば、二人は揃って僕の顔を見た。
「どういう、ことだ。僕を見逃す気か? 僕は、君達の敵だぞ」
先生の言葉通り、確かに僕は帝国の人間ではない。それでも余所から見れば親帝国派に属するグロスタールの嫡子だ。ここで切り捨てておかぬ道理などないだろう。僕は、その覚悟でこの戦場に現れたのだ。なのに。
「あ〜あ〜、あいっかわらず頭が固いな、ローレンツ」
黙ったままの二人の真後ろに近づく人影があったのを、僕は直前まで気がつかなかった。負った怪我のせいで、視野が狭くなっていたのだ。突然降ってきたその声に、僕は目線だけをそちらに向ける。
「ミルディン大橋が落ちた以上、もう、敵も何もないだろ。同盟の憂いはこれで消えたんだ」
シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエ。
会うのはガルグ=マクでの戦い以来実に五年ぶりだというのに、彼はそれを感じさせない口調で、砦の壁に背を預ける僕の傍に立った。この男に見下ろされるのは癪だったが、太陽を背に立つその姿は逆光で、上手く表情が読み取れない。
憂い。そうシルヴァンは言った。聡い彼のことだから、同盟領の内乱が帝国の侵攻を逸らすための作戦であることを見抜いていたのだろう。ミルディン大橋は王国軍が奪取した。僕は、それを起こりえないことだと思っていた。だから武器を持ち、傷の浅いうちにガルグ=マクへ戻れと伝えるつもりでここに来たのだ。結果は、全く真逆のものになってしまったが。
憂いは消えたと彼は言う。だが、本当に消えたのか、僕は今、何を信じれば良いのかが分からない。「君達は」吐き出した声が、掠れる。
「……ミルディン大橋をここで奪ったところで、どうなる。君達は本当にその戦力で帝国に攻め込むつもりでいるのか」
メルセデスさんの治療のおかげか、徐々に痛みが引いていく感覚があるが、それでも呼吸はままならなかった。
「どのみち、君達がこのまま進むことは自殺行為だ。この橋が帝国に再奪取される未来もある。君達は、まず王都を奪還するべきではなかったのか、兵力を整え地盤を固めてから、こうして進むべきではなかったか。どうして、同盟と手を取り戦う道を選ばなかった、どうしてクロードと」
どうしてクロードと協力しなかった。
言いかけた言葉は、最後まで声にならない。
僕は、悔しかった、いっそ胸が引き千切れそうだった。何のためにかは分からない。視界の端で、アネットさんとイングリットさんが膝をつき、フェルディナント君に祈りを捧げているのが見える。僕も何か一つでも間違えればそうされる立場にあった。貴族として、彼は実に美しい最期を遂げた。その忠義に従い、屍となる覚悟で敵を砕かんとしたのだ。みっともなく、声が震える。握った拳には力が入らない。
「……この橋を俺達王国軍が奪ったことで、同盟は恐らく内乱を終わらせるだろうな」
僕の質問には答えず、シルヴァンは初めて僕の傍らに膝をついた。黒い鎧はそうして見ると細かな傷が多く、これまで彼が戦い、生き抜いてきた証として、そこに確かに存在している。
「ローレンツの言うとおりだよ。俺達はここで勝利を収めたとは言え、ここから先は分からない。いつ瓦解したっておかしくない状況だ、恥ずかしながらな」
声を落として、シルヴァンは吐き出していく。物言わぬ先生の目線だけが突き刺さる。メルセデスさんの温かい手が、確かめるように慎重に、僕のやぶれた皮膚を、裂けた肉をなぞっている。
「殿下の妄執は凄まじいものでな、エーデルガルトの首を取るためならば、何を犠牲にしても構わんとぬかしやがる。だが、止められない俺達も同罪だ。一蓮托生、死なば諸共。殿下の進まれる道が地獄だと知っていても尚共に向かうしかない。傍から見れば馬鹿馬鹿しいかもしれないが……多分俺達は、そういう呪いにでもかかっちまっているんだろうなあ」
先生も、メルセデスさんも、彼の言葉に異を唱えることはしなかった。
先のディミトリ君が脳裏を過ぎる。帝国兵をまるで棒切れのように薙ぎ払い、既に事切れた飛竜に槍を突き立てた、ほとんど獣のようですらあったあの叫び声に、僕は決して怯まなかったとは言えない。彼はもう人であることを捨てたのかもしれない。王都の民を見捨てることに何も感じないほどに。
その船が沈みかけていることを知って、彼らは命を預けている、それは僕には到底信じがたいことのように思えたけれど、いや、とその考えを振り払う。地力では何も解決できぬことをクロードに押しつけ縋った僕もまた、彼らと何ら変わらない。
「ああなった殿下は、いつ死んじまってもおかしくない。勿論俺達だってそうさせるつもりはないさ、だが、こればっかりはな。未来が見えるわけじゃねえから」
「……シルヴァン」
「俺達が殿下と共に沈んだ時、帝国は同盟を攻めるだろう。その時お前が生きていたら、それは特に帝国の介入の口実になる」
シルヴァンの瞳が僕を見据えている。強く、強く。
ミルディン大橋での此度の戦に当たって、帝国が後手に回ってしまったのは間違いなくグロスタールに一因がある。リーガンに誘い出され、おめおめと王国軍の通過を許してしまったのだから。
僕がここで、フェルディナント君やラディスラヴァ将軍と共に戦死をしたというならば、それは恐らく許されることとなるだろう。嫡子である人間が失われることは、それだけの意味がある。だが、実際僕はこうして生かされた。それが今後帝国に知られたとき、グロスタールは間違いなく槍玉に挙げられるはずだ。「王国軍の同盟領内の進軍をあえて見逃し、帝国に通達する義務を怠った裏切り者」と。ミルディン大橋での敗戦の責任を取らされることは間違いない。その時、同盟が既に内戦を収束させていれば、ではあるが。だが、クロードなら必ずそうするだろう。ならば、これは帝国がグロスタールを、ひいては同盟を侵攻するための大きな口実になる。
だから、逃げろと、シルヴァンは言うのだ。
「……なぜ」
喘ぐような声が、喉の奥から漏れる。
それとほとんど同時に、メルセデスさんの手が僕の身体から離れた。まだ傷は疼くものの、最低限の治療は終えたということらしい。他の負傷兵の治療に当たるためか、ディミトリ君の目につくことを嫌ってか、或いはこの会話の邪魔をしないためにか、彼女は言葉もなく立ち上がってその場を去った。その時メルセデスさんと入れ違いでやって来た人影に、僕は、本当は気がついていた。青い服、薄い色素の髪をした、かつての面影を濃く残した青年の存在に。
「……なぜ、僕を生かした」
それでも、口にせずにはいられなかったのだ。
死ぬ覚悟をしていた。喉元まで迫った刃を見たとき、僕はここでもう終わるのだと諦めた。彼女を、僕は、もう諦めたのに。これで本当にクロードの元へ行かせることができると、ようやく解放してやれると、そう思ったのに。
我慢していた涙が決壊する。みっともない。こんな姿を他人に見せるなど。隠すように目元を覆いかけたその瞬間、先程までメルセデスさんが居た場所に膝をついた彼は、ほとんど気遣うように「そんなの決まっているでしょう」と、柔らかな声を出したのだ。
「……君が死んだら、悲しむ人がいるって知っているからです」
アッシュ君の双眸は、その声音とは裏腹に、鋭い光をもって僕を見つめている。
「落ちていましたよ、ローレンツ」
彼は、言いながらその手の平を僕に向けた。そこにあったものに、息が止まる。
「僕はこれを知っています。……が、ずっと身につけていたものだ」
魔除けの石のついた首飾り。彼はそれを僕に握らせた。
ベレト先生の剣を受けたときに、それは紐の部分が切れてしまっていたらしい。咄嗟に胸元に触れる。激戦のさなか、なくなっていたことに気がつかなかった。
一体彼がどうしてこれの存在を知っているのか僕には見当もつかないが、二人はガルグ=マクで、友人として親しく付き合っていた。何らかの時に、アッシュ君は彼女が制服の下に首飾りをしていることを知ったのだろう。アッシュ君の瞳は強く、射貫くように僕を見る。
「は君を待っているんじゃないですか。婚約したんでしょう、なのに、なぜそう簡単に置いていこうとするんですか」
徐々に力強くなるその声音に、僕は彼が抱いていた思いを、薄々感じとる。
だから、何が分かるのだと、そう言うことが、出来なかった。
僕は彼女の顔を思い出していた。ガルグ=マクを出てから、僕が守り続けた大切な人を。ヴァイル殿が亡くなられてから、その笑顔に翳りが見えるようになったこと、声をあげて笑うことが減ったこと。僕はそれを、半分は、自分のせいだと思っていた。僕が無理に彼女と婚約を結んだから、は苦しんでいるのだと。
口に出来ない思いを、全て紙に記した。僕が死んだとき、いつでも君が逃げられるように、僕は必要なものは準備しておいた。父にももしものことがあれば渡して置いてほしいと置き場を伝えたあの書類は、君を縛り付けた鎖を解き放つための鍵だ。
早く解放してあげたかった。
まだ早い、帝国を追い出したばかりだ、あと少し、もう少し同盟内が安定するまでの間、この膠着した状況が少しでも好転してから。
いつになったら僕は君を手放してやれるのか。
拗ねたように唇を尖らせる君が好きだった。ソフィーやノエル、オーランドに囲まれているときだけは、何かから解放されたように笑う君が好きだった、父の前では緊張で身を硬くする君にこっそり笑った、リシテア君の手紙に喜ぶ君が愛おしかった。
手放したくなかったのだ、僕は、傍から見たら殊勝なことをして、己の感情を殺した。それで贖罪になると思った。だけど僕はそうして自分の目を隠し続けていただけだったのかもしれない。アッシュ君が絞り出すように吐き出したその声が、痛いくらいに、僕の皮膚を刺す。
「は、きっと、君のことが」
握りしめた手の平の内にある首飾りは、陽の光を受けて輝いていた。
アッシュ君の言わんとしていることが真実であるかどうかを知る術は、今の僕にはない。だけど僕は、このとき初めて気がついたのだ。
僕は今まで飲み込んでばかりいた。言葉にすることから逃げてきた。恐らく君の方もそうだったのだろう、。あんなに近くにいたのに、僕は君と、本当の意味では向き合ってこなかったのだ。僕達は、揃って臆病だった。
今ここで死ぬわけにはいかない。
アッシュ君に、薄く微笑みかける。の首飾りを一度だけ握りしめてから、彼の手の平に自分のそれを重ねて、そっと彼の方へ押し戻した。首飾りが僕の手からこぼれ落ちて、アッシュ君の手に落ちる。彼の瞳が見開かれたのを見届けて、ちがうのだと、呟く。
「それは、グロスタールの屋敷へ」
「……え」
「遺品として送ってくれ。僕は死んだのだろう?」
ローレンツ、と、アッシュ君の薄い唇が動く。
ベレト先生にやられた傷はだいぶ痛むが、メルセデスさんのおかげで動けないと言うほどではない。力を振り絞れば、どうにかこの橋からは逃げおおせることは出来る。その後は、どうするか。まさかグロスタールに戻るわけにはいくまい。何せ僕は死んでいるのだから。シルヴァンが笑う。
「んじゃ、お前の遺体は見晴らしのいいところにでも埋めといてやるよ」
「ああ、頼む。その後は死んだ者として扱ってくれ。……とは言え、僕もいつまでも死んでいるわけにはいかないからね。君達王国軍が、正しい道を歩み、帝国軍の脅威を打ち払ったとき、僕もまた武器を持つよ」
僕は君達を信じている。だから、負けてくれるなよ。そう続けた後、それまでずっと、僕達のやりとりを見守っていただけの先生に目を向ける。
本当に、僕にとっては相変わらず、何を考えているのか分からない人だった。だけど、彼はその時、薄く笑った。僕はそれを、信じられないことのように思う。学生時代の頃から、のことを気にかけてくれていた人。彼にならば、僕は託したいと思うのだ。
「僕が死んでいる間、もしもが戦場に出るような愚かな真似をしたら、どうか、彼女を生かしておいてくれ。――大切な人なんだ、誰よりも」
「……ああ、分かった」
安心して死んでいてくれ。冗談とも本気とも取れぬ口調で彼が続けるものだから、僕はとうとう笑いを堪えることが出来なかった。
王国軍が万が一にも帝国に屈したときのことを考えれば、僕はどうしたって死んでいなければならなかった。
妄執に囚われたディミトリ君から姿を隠すようにミルディン大橋を脱し、北上する。この戦いで領主を失ったフレゲトンは、尚更治安が悪化することになるだろう。領民に申し訳ない気持ちを抱くが、いつか必ずどうにかしてやると誓う。きちんとは治りきらなかった傷を抱えたまま、僕は敗残兵として一人当てもなく歩いた。居所を見つけなければ、しかし、この放浪生活も長くは続かないだろう。先が見えぬ不安から、焦燥感は大きくなるばかりだ。
もしも王国軍が帝国との戦いを有利に進められるようになれば、それは恐らく、ディミトリ君が復讐の念から解放されてその軍を王都に向けるその後でしか訪れないものであるだろう。そうなった時僕は、再び武器を持ち、戦う。その未来に今は賭けるしかない。
グロスタールに戻れば僕の生存は忽ち伝わるはずだ。そしてそれはシルヴァンの危惧するとおり、帝国へと広がり、グロスタールへの悪感情を助長させる。誰にも知られずに生きていなければならなかった。だが、それは一人では無理だ。
北上し続けるうちに、僕は気がつけば、アレキサンドルにいた。
大樹の節を折り返したほどだっただろうか。僕は、演習訓練のために林の奥にいた一人のグロスタール兵と出くわす。
それがオーランド=コルタス。彼は僕のことを、花冠の節に至るまで、ずっと一人、匿い続けてくれていたのだった。
「王国軍の動きは?」
「先遣隊が既にアレキサンドルに到着しています。あと半刻ほどで本隊が来ると」
「ならば間に合うな。他のグロスタール兵は」
「王国軍と共にデアドラ救援に向かう予定でいます。既に出立の準備は済んでいるので」
「わかった。ならば君の隊は僕が指揮を執っても構わないな」
「勿論、隊長もローレンツさんが生きていると知れば、それを望むと思います」
水分を吸った土は泥濘んで、ともすれば足を取られかねない。「先日もお伝えしましたが、がデアドラにいます」オーランドの横顔はまだ幼さを残しているが、精悍だった。
「無茶だけはするなとは手紙には記しておきましたが、あの人が聞くかどうか」
「……そうだな、クロードがそう無理な采配をするとは思えないが、急がねば」
「はい。必ず救い出しましょう、ローレンツさん」
林を出れば、アレキサンドルの麦畑が目の前に飛び込んでくる。
雨はここに来るまでにあがっていた。花冠の節の晴れ間が作る光の線が濡れた麦畑を輝かせるのを、僕はこんな時なのに、目を奪われている。