あれから四年も経っていたけれど、アレキサンドルからは季節の変わり目を目掛けて変わらずに手紙が届いた。ソフィー、ノエル、オーランド、それからちゃん。私は四人の手紙を机に並べて、いつも順番に封を切る。
ソフィーは最初の頃に比べれば、すごく字が上手になった。四年も経てば、そうなるわよね。歌劇団にいるよりも、きっとそういうお勉強をするには向いているだろうし。お菓子を作って、ちゃんの昔のお洋服を纏って、ちゃんのお母様とお花を育てる日々。毎日が楽しい。そういう感情が全面に押し出た手紙を、あの子は四年前から素直に届けてくれる。
ノエルは最初のお手紙に入れてくれた押し花を私が褒めて以来、毎回栞にして届けてくれていた。アレキサンドルの庭園に咲く花だったり、野原で摘んだものだったり、わざわざ小さな文字で、図鑑で調べたらしいその花の名前や花言葉まで添えてくれるんだから、どんな恋文よりも胸を打たれてしまった。あの子は顔が綺麗なだけじゃなく、賢くて、手先も器用だから、きっと生きていくのに難しくはないはず。例えこれから先どんな未来が待ち受けていても。
オーランドからの手紙は一番素っ気ない。昔からそうだったのよね。初めて会ったときから酷く冷たい目をしてみせる子だと思った。だけどそれは上辺だけで、その薄皮を一枚剥げば、オーランドはいつも与えられた分の情を形にして返してくれたから、私はあなたをとても良い子だと思っていたのよ。そういうことを手紙にしたためて返したら、もう返事をくれなくなってしまうかもしれないけれど。
彼は、正式にグロスタールの兵になったらしい。感慨深さに思わずため息を吐くと、丁度会議室の前を通りかかったペトラちゃんに声をかけられた。
「泣いている、いますか、ドロテア」
心配されてしまったことに、咄嗟に笑みを貼りつける。守護の節、フォドラの南部と言えど、アンヴァルも冷える。ペトラちゃんはわざわざ私の隣に立って手元を覗き込んでくれていた。
「やあねえ、違うのよ、ペトラちゃん。子供たちから手紙が届いただけ」
「子供たち……。あなた以前、子供たちの疎開、手伝う、しました。その子たち、ですか?」
「そう。ちゃんのおうちで過ごさせて貰ってるんだけど、今でもこうしてやりとりをしているのよ」
「それは重畳、です。。わたし、分かる、分かります。動き素早い子、です」
「そうそう、そうなのよね。子供たちの中に、そのちゃんから剣を教わったって子がいてね」
言いながら、ふと我に返る。剣を教わって、それで、とうとう兵士になったのよ。その一言が、どうしても続かなかった。
オーランドがちゃんから剣を習い始めると言った時から、いつかこうなるのかもしれないと分かっていたはずだ。だけど、改めて考えてしまったとき、私はどこか途方に暮れてしまう。
アレキサンドル、いえ、今はもうグロスタールになったけれど、あそこは親帝国派だ。だけど、だからといってそれを鵜呑みにして、永遠に手を繋いでいられると思っているわけではない。同盟を率いるあの人が、いつまでも黙っているわけないってエーデルちゃんもヒューくんも考えているから。だから、もしかしたら今でなくても数年後、私は彼らと敵対しなくてはならないのかもしれない。特にベレト先生が生きていると分かった今、情勢は大きく変わることになるだろう。
アンヴァルから遙か北にあるガルグ=マクで、彼はルーヴェンクラッセの生徒たちと武器を取って立ち上がった。私達の敵として立ち塞がるために。
「……ドロテア。顔色悪い。思います。無理しないべき、わたし思います」
心配そうに眉根を寄せたペトラちゃんの言葉で、自分がほとんど呼吸をしていなかったことに気がついた。たどたどしい言葉遣いの中にも、ペトラちゃんが私のことを心配してくれているのがわかる。
確かめるように自分の頬に触れた。強張った表情筋は、まるでかつてミッテルフランク歌劇団の歌姫として華々しい日々を送っていた人間のものとは思えない。「大丈夫よ、ペトラちゃん」意識的に緩く笑みを作らなければ、そう思ったけれど、鋭い彼女にはもしかしたら見抜かれていたのかもしれなかった。
「今具合が悪いなんて言ってられないわ」
先生たちが挙兵したガルグ=マクには、ベルグリーズ家のランドルフさんという将軍が兵を率いて向かうことになっている。これで、その芽を摘めれば問題はないのだけど。そう考えている自分にぞっとする。顔見知りと戦うことを耐えがたく思っているくせに、その顔見知りが自分の知らないところで死ぬことにはそれほどの逡巡がないと認めてしまっているようだと、気がついてしまったのだ。
まだ封を開けていないちゃんからの手紙に目を落とす。ドロテアさんへと、素直な彼女らしい可愛らしい字が私の名前を綴るのは、もしかしたらこれが最後かもしれないし、そうでもないかもしれない。停滞していた状況がどう動くかは分からないけれど、それでも変化することは確かだ。歌姫なんかじゃなくて、占い師にでもなっておくべきだったのかしら。だけど、もしもそうして未来のフォドラを見ていても、私はきっとエーデルちゃんの傍にいることを選んだと思うから、だったらやっぱり、そんな力はいらないわね。
これからの未来がどうなるのかを私は知らない。だけど、どんな未来が待っていても、エーデルちゃんがその大望を遂げるとも、その時私達の足下に多くの屍があったとしても、それでもどうか、ちゃんは、あの子たちと一緒に生きていてほしい。そう思う。今更主の存在なんか信じていないくせに、祈るように手を組んだ私に、ペトラちゃんが首を傾げた。
ちゃんが婚約という形でその領土を守ってから、四年。
その前からあの子の幸せを一方的に決めつけて、自分の思いに蓋をしてまで生きようとしたあの不器用な貴族様が、どうかここにいる私の代わりに、ちゃんとあの子たちを守ってくれるようにと、私はアンヴァルの地で、帝国の人間としては相応しくないことを願っている。