守護の節に入ってしばらく、セイロス騎士団がガルグ=マクに集結しているらしいということは、ミルディン大橋に近接する領地を持つ帝国、同盟貴族における会合を開く旨が記された書簡の中で初めて知った。
 橋を渡って帝国の領土側にある砦にて開かれたその会合に顔を並べたのは、エーギル家のフェルディナント君、ベルグリーズ家のカスパル君で、同盟領からは僕のみだ。アケロンが絡むとまともに進む会議も進まぬと悩んでいたが、彼は領内のもめ事の対処に当たるとそれらしい理由をつけて欠席していた。あの男が今更自領の盗賊を討伐するために動くとは思えず、会議に出席したくないがための口八丁であることは明らかだったが、僕としては好都合だ。



「同盟領内も手のかかる時期だというのにすまない。聞くところによると、先日もリーガンとは大きな衝突があったらしいじゃないか」

「いや、大した問題はないよ。それに、君達帝国との足並みを揃えることも必要だからね」



 フェルディナント君の言葉に、すらすらと心にもないことを並べている自分に内心驚く。フェルディナント君のその目はどこか探るように僕を見ているが、果たしてこのような顔をする男だっただろうかと、その目を見つめ返しながら思案した。髪を伸ばしたためだろうか、彼が顔を伏せるその瞬間に垂れるそれが、まるでその本心を覆い隠しているようにも思える。
 彼はもう少し、己の感情を表に出しやすい人種であるように思っていた。エーデルガルトさんに勝負を申し込み、素気なくあしらわれて悔しそうにしている様を何度見たことか。
 だが、あれから五年。彼の父君であるエーギル公が罷免された今、彼には背負うものが多すぎる。



「しっかし、お前も大変だよなあ、ローレンツ。確か、何年だか前に結婚したんだろ?」



 あっち行ったりこっち行ったりで、まともに休めもしねえな。そう続けるのはカスパル君だ。小柄だった彼の身体はこの五年で成長し、随分と頼もしくなっている。
 カスパル君の父親であるベルグリーズ伯は軍務卿として兵を率い、王国領内にて指揮を執っている。勇猛な将で、五年前の大規模な変革の際にも更迭されることはなかった。
 カスパル君には紋章を継ぐ兄がいたはずだが、彼もまた父君に付き従って前線に身を置いているのだろうか。或いは帝都の屋敷から動かず、カスパル君を代理としてこの会合に送ったのか。いずれにせよ、彼の兄についていい話は聞いたことはない。



「……婚約だ。結婚ではない」

「え? コンヤクもケッコンも、どっちも同じようなもんだろ?」

「いや、決して同じでは」

「すげえよなあ。オレにはそういうの、全然考えらんねえ」



 悪気なく呟かれた言葉に乾いた笑いが浮かびかけたが、それを押し殺して口を噤んだ。
 全然、ね。それはそれは、羨ましいことだ。



「……そんなことよりも話し合いを始めないか?」



 フェルディナント君が口を出してその軌道を修正してくれたことに、内心で感謝する。そうでもしなければ、帝国の人間に対する苛立ちが指先くらいには出てしまっていてもおかしくなかったから。
 その言葉にぱっと顔つきを変えるカスパル君も、切り替えの良さは人並み以上だ。



「お、そうだったな。なんかガルグ=マクで変な動きがあったんだって?」



 今回緊急の招集がかかったのは、その件についての話し合いのためだ。フェルディナント君が重々しく頷いたのを、僕は彼の正面から見つめている。
 五年前の戦いの後、放置され荒廃していたガルグ=マクに、セイロス騎士団が集結しているらしい。星辰の節に、盗賊の被害の調査のためガルグ=マクに送り込んでいた帝国軍の一個小隊と連絡が途絶えたことを受けて、改めて送った密偵からの確かな報告だそうだ。
 帝国軍を壊滅させたのが誰の仕業かは兎も角として、騎士団がガルグ=マクに戻るに至ったその経路は心当たりがある。帝国からその旨を知らせる書簡が届いた後、コーデリアからも使いが来たのだ。反帝国を掲げるケント家の領地から、セイロス騎士団と思しき面々が領内を通過していったと。五年前の天馬の節での帝国兵を真似てか、変装をしていたようだったが、かつて士官学校に在籍していたリシテア君の目は欺けなかったようだ。



「大司教の捜索のため帝国領内に向かったのかもしれませんが、一応伝えておきます」



 学生の頃から変わらない、癖のない字で書かれた手紙を思い出す。彼女も、まさか今更彼らセイロス騎士団がガルグ=マクに集結する必要があるとは考えもしなかったのだろう。
 コーデリアからガルグ=マクへ向かうにはアケロンの治めるミルディン地方の北部を通る必要があるが、実際にガルグ=マクにてセイロス騎士団が集結しているらしいという現状にあってもなお、あの男からは何の報せもないままである。相変わらず余計なことはするくせに、必要なことは一切しない男だ。
 しかし、セイロス騎士団はガルグ=マクに集って一体どうするつもりなのか。彼らは国に属さないとは言え、かつてフォドラの秩序として君臨していたセイロス聖教会に属していた精強な騎士団だ。彼らの中には英雄の遺産を扱い、聖騎士として称えられる者もいる。
 レア様の捜索のためフォドラ北部に散った彼らは、普段各地で勃発する小競り合いに介入してくることはなかったが、この状況で動き出すということは、集まるに値する何かがガルグ=マクで起きているということなのだろうか。
 その答えは、だが、既に出ていた。



「先日、密偵から新たに情報が送られてきた」



 フェルディナント君の整った眉が歪む。
 彼の背後にある窓の向こうに広がるアドラステアの大地は、同盟に比べれば、きっと混乱などない。少なくとも、この五年の間は。だが、彼のその双眸は何かを案じるように曇ったのだ。



「……どうやら『先生』が、生きているらしい」



 カスパル君が「はあ?」と目を見開いて口にするのを、僕はほとんど意識の外で聞いている。
 先生。
 僕同様、彼の脳裏に浮かんだのは、ベレト先生で間違いないだろう。五年前、帝国軍との戦いにおいて姿を消した、あのクロードすらもが一目を置いていた人物。
 この五年、その消息は誰も知るところがなかった。口の端にすら上らなくなって久しいくらいだ。彼が生きていた。そして今、ガルグ=マクにいる。俄には信じがたい話だが、フェルディナント君が冗談を言っているようには思えなかった。元々彼は実直な男だ。その言葉に、恐らく嘘はない。
 それを僕は真に理解しているはずなのに、彼の発した言葉を、ほとんど信じられないものであるように思っている。








 帝国は、近くガルグ=マクへ兵を送るつもりらしい。その時に帝国兵が同盟領内を通過することの許可を求められ、ヴァイル殿が亡くなったときの苦い記憶が蘇ったが、立場を考えれば断るわけにもいかなかった。
 フェルディナント君は恐らく既に作戦の仔細を知らされているのだろう。将として抜擢された人物の名を口にしたとき、カスパル君が「おお、ランドルフか!」とその目を瞬かせた。どうやらランドルフという将は、彼の血の繋がらない叔父にあたる人物らしい。ベルグリーズに連なる人間ならば、その武勇もお墨付きだろう。
 些か性急であるようにも思うが、詳しい話を聞けば、早急に手を打たねばならぬと考える帝国の心情も理解できる。勿論、ベレト先生が生きていたという話が事実であったとして。
 その上さらに、帝国の密偵からの情報によると、現在ガルグ=マクに居るのはどうやらベレト先生やセイロス騎士団だけではないらしい。
 ルーヴェンクラッセ。かつてベレト先生が教鞭を執っていた学級の生徒たちが、一堂に会していると言うのだ。王国中に散っていた彼らがガルグ=マクにて集まったのは、偶然ではないだろう。ベレト先生は、身を隠していたのだろうか。彼らの内の誰かと共に。そのあたりを、僕は想像で補うことしかできない。
 そして驚くべき事に、そこには金の髪の男がいたという。人相は恐ろしいほどに変貌しているというが、その風貌からして、それがガルグ=マクの陥落の後、今から約四年前に処刑されたと言われている、ファーガス神聖王国の正当な後継者であるディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドであることは間違いないらしい。
 フェルディナント君の話によると、元々彼の処刑の様子は秘匿され、その遺体の状況も明らかになっていなかったという。条件だけで考えるならば、彼が生き延びていたとしても何ら不思議ではない。
 つまり、王都フェルディアを追われた王子が、英雄の遺産を持つベレト先生と、ルーヴェンクラッセの同級生たち、そしてセイロス騎士団という大きな武力を持った状態でガルグ=マクを占拠している状況にあるという。
 帝国にとっては青天の霹靂だ。彼らがガルグ=マクを放棄していたのは、現在の帝国軍が王国内部までその兵を侵攻させているためである。帝国から見ればガルグ=マクは要地ではあれど、輸送の手間や兵の配分を考えれば放置するのが理に適っているのだ。
 だが、あれが別勢力の、それも王国軍の拠点とされるとなると話は違う。ガルグ=マクからならば、同盟領内であるグロスタールとミルディン北部を通ってしまえば、あっという間に帝国内部に攻め入ることが出来るのだから。無論、彼らが奪われた王都フェルディアを放置するとは思えないから、その可能性自体はそう高いものとは思えなかったが。
 今回の会合は、その可能性を踏まえた上で開かれたものだった。



「万が一彼らの軍勢がガルグ=マクを出て帝国領土に向かってきた場合、親帝国派である君達同盟軍にも戦いに出てもらうことになるが、異存はないだろうか」



 フェルディナント君の、竜胆色の瞳が僕を見据えている。帝国は、常に先のことを考えているのだろう。ランドルフという将がガルグ=マクにて先生達を潰すことができれば御の字、そうでなければ、先生たちが狙うのは今コルネリアに占領されているフェルディアか、或いは、彼の言うとおり、帝国領内だ。
 僕はその真摯な目に「ああ、勿論」と答える。そうしながら、こんな時にクロードのことを思うのだ。
 クロード、君がもたもたしているうちに、事態は動き始めているぞ。いや、だが君のことだ。もしかしたらこれを待っていたのかもしれない。王国軍が息を吹き返し、そこにベレト先生が立つその瞬間を。
 だがそんなの、全知全能の神でもなければ読めない未来だな。
 彼らがガルグ=マクにて兵を挙げた事実は、やがて反帝国派のリーガンの元にも届くだろう。停滞していたフォドラは、間違いなく動き出す。その時クロードはどう動くのか。僕は君の描く策に乗りたいところだが、この板挟みでは、上手く動ける自信がない。


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