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 城郭内に侵入した帝国軍の動きは迅速だった。恐らくエーデルガルトさんやヒューベルトさんは予め進軍経路を決めていたのだろう。ガルグ=マクに居た頃からその位置関係なども把握していたらしい。砦や弓砲台、投石機などを速やかに奪うと、帝国軍はその攻勢を強めた。
 二重城壁の中間地にある弓砲台を取られたのが痛手だ。本来ならばあれは外からの侵入者に対して使われるものであるはずなのに、奪われてしまえばガルグ=マクに向けられる。いくつかの弓砲台や魔道砲台に関してはまだ敵の手に渡っていないのが救いか。ベレト先生はクロードくんとフェルディナントくんを呼び寄せると、最終防衛線から南に位置する弓砲台を指さした。



「あの弓砲台を奪い返すところからだな。アドラークラッセとヒルシュクラッセに任せても良いだろうか。自分たちはあの弓砲台の囮をしながら南下し敵を迎え撃つ。その道中投石機も奪おう」

「……いや、だがそれではルーヴェンクラッセの負担が大きくないだろうか」

「そうだなあ、それに東西の砦はどうするんだ? あれを取り返せば援軍を呼び込みやすいだろ」



 帝国兵に押さえられた二つの砦は要所と言えるだろう。あそこに兵を構えることができれば間違いなく防衛は安定する。
 フェルディナントくんとクロードくんの指摘に、ベレト先生は考え込むように首を傾げながら、小さく頷いた。



「……確かに。では西の砦をヒルシュクラッセに頼んでも良いか。人選はクロードに任せる」

「了解。……じゃあローレンツとレオニー、それからマリアンヌを連れて行くか。リシテアは対角線上にあるあの弓砲台を奪い返せたら魔道砲台に向かわせよう。ヒルダとラファエルは先生に任せるよ。戦力は多い方が良いだろ?」

「そうだな。正面を突っ切るのにもその二人が居れば心強い」

「ふむ……では東の砦はどうする?」

「そちらはうちの生徒を回す。フェリクスとアッシュ……そうだな、それからメルセデスに頼もう。アドラークラッセは弓砲台の奪取に協力してほしい」



 敵が今も尚迫っている以上きちんとした軍議は出来ない。あとは戦場での連携がものを言うだろう。短い確認の後、三人はそれぞれの学級の生徒に指示を出すために散る。そんな中、ぱ、とクロードくんと目が合った。
 先程の話を盗み聞いていた限りだと、私の名前は出なかった。自主的にやれることを見つけるべきなのかもしれない。ただ戦術の勉強は教本でかじったといえど、身についているかというとそうではないし、そもそも実戦でいきなり有効な策を思いつくことは難しい。「あの、私はどうしたらいいかな?」素直に尋ねれば、クロードくんは少し考えてから「そうだな」と呟く。



は……アドラークラッセとイグナーツと一緒に弓砲台の奪取だな。これが取れればリシテアが動ける。任せられるか?」

「は、はい」



 弓砲台を取り返せばそれをイグナーツくんが扱うことができる。そういう計算も入れてのことなのだろう。こんな状況下でも冷静に頭が回るクロードくんに舌を巻きながらも頷いた。



「よし」



 深く頷いたクロードくんは、去りゆき際に私の肩を強く叩く。「死ぬなよ」彼からの何度目かのその言葉に、私は胸が締め付けられるような感覚になる。レオニーちゃんに声をかけて、既に西側にいるローレンツくんやマリアンヌちゃんたちの元へ向かうその背を見送った。本当は、限界までそうしていたかったけれど、「」と声をかけられて、私ははっと顔をあげる。



「弓砲台の奪取に向かうのに、君の力を借りても良いだろうか」



 そこに居たのはフェルディナントくんだった。丁寧なその言葉に、私は「うん、勿論。今クロードくんにもそう言われて」と強く頷く。



「助かるよ。砲台の懐に潜り込むのには身軽な人間が良いからな」

「ん、あとはイグナーツくんも一緒に行くので、上手く取り返せたらイグナーツくんがそのまま砲台を使えるはず」

「そうか。それは心強い」



 相好を崩したフェルディナントくんは、「でも、私で良いのかな。アドラークラッセの他の人の方がやりやすいとかだったら、私じゃなくても」と続けた私に、その目尻を僅かに下げて首を振った。



「……そう言ってもらえるのは有り難いが、アドラークラッセは指示通りに動いてくれる人間が少ないんだ」



 言いながら彼がちらりと向けた視線の先にはベルナデッタちゃんが居る。「ベルは絶対、絶対ここで戦います! 進みませんから! ほらここに弓砲台もありますし! これで援護させてくださいぃ!」とセイロス騎士の方に対して騒いでいる彼女に小さくため息を吐くと、フェルディナントくんは私に一言「失礼」と断ってから彼女に歩み寄った。
 弓砲台にしがみつくようにして泣いていたベルナデッタちゃんの目線に合うようにわざわざ地面に膝をつき、いくつか言葉を交わす。説得しているのだろうか。フェルディナントくんのその背の後ろを通過するのはカスパルくんとリンハルトくんだ。



「ルーヴェンクラッセの連中には負けてらんねえぜ! 砦を落としてくるんだったら、オレも一緒に行かねえとな!」

「砦……ああ、だったらあの部隊じゃない? カスパル、既に出遅れそうだけど大丈夫?」

「げっ! マジかよ! あっアッシュがいるじゃねえか! おーい! オレも連れてってくれー!」

「いってらっしゃい。僕はここで適当に、休み休み負傷者の救護でもしてるよ」



 根気強く応対していたものの、結局ベルナデッタちゃんの説得が上手くいかなかったらしいフェルディナントくんは、眉根を寄せながら私の元へ戻ってきた。弓砲台を扱える人間も限られていることを思えばベルナデッタちゃんの不動宣言はそれほど悪手ではないと思うけれど、フェルディナントくんの表情は芳しくない。恐らく今彼の背後を歩いて行ったカスパルくんたちの会話も聞いていたのだろう。



「ドロテアさんとペトラちゃんは……?」



 と頼みの綱とばかりに尋ねてみると、「二人は先程ベレト先生について行ってしまった。どうも前線に向かいたいらしくてね」と長い息を吐いたから、いたたまれない。「……気持ちはわからないでもないのだが」と、ほとんど独り言のように吐き出されたその言葉を私が聞き返すよりも先に、フェルディナントくんはぱっと顔をあげた。



「だが、君とイグナーツが居るならば問題はあるまい。弓砲台の一つや二つ、落としてみせるさ」



 あまり期待されると困ってしまうけれど、でも何にせよ一人じゃないのは心強い。それに、最近いつも煩悶するような顔をしていた彼が背筋を伸ばしている様を久しぶりに見ることができて、私は少し安心していた。「うん、落としちゃおう」と頷いた私の視線の端で、こちらに向かって駆けてくるイグナーツくんの存在に気がついた。彼は西の方に居たから、その分東寄りのこちら側まで来るのに時間がかかったのだろう。



「二人ともすみません、遅れてしまいました。今クロードくんから指示をもらって」



 イグナーツくんを加えて、私たち三人は二重城壁の間にある弓砲台を敵の手から奪い返すための進軍を始める。ベレト先生が率いるルーヴェンクラッセの生徒達が帝国軍の本陣を迎え撃つために南進するのとは別の経路で、弓砲台へと向かうことにした。自分たちが囮になるとベレト先生が言っていた通り、恐らくあの兵士は中央を南下していくルーヴェンクラッセに気を取られているだろう。その背後を狙うのだ。



「空からの攻撃に気をつけるんだ。投石機じゃなくても、天馬や飛竜が我々を急襲する可能性もある」



 フェルディナントくんの言葉に不安を覚えるけれど、今はとにかく目の前のことを片付けるしかない。エーデルガルトさんは、どうやらこの戦場に出ているようだ。彼女を討てることができれば、きっと戦は終わるはずだ。
 今はそう信じさせて欲しい。








 この一節の間、帝国の出である私たちはほとんど針の筵に座っているようだった。
 絶え間なく非難の目を向けられ、時には内通を疑われたこともある。口汚い罵倒や心ない疑念の声に晒され続けた私たちの潔白はセテス様が認めたが、実際のところ、この本心がどこにあるかなど、誰にも分かるまい。
 厳密に言えば私にも掴めないのだ。私以外の皆が考えていることが。
 私たちは顔をつきあわせることはあれど、今後のことについて語る口を持たなかった。誰一人としてエーデルガルトの名を教室で出すことはしなかったし、自分自身の身の置き方については口を噤んだ。精々身内の話を漏らすくらいだ。
 カスパルの父君とリンハルトの父君は、エーデルガルトに上手く取り入ったのか、今も尚その地位に留まり続けている。ブリギットの出であるペトラがフォドラで世話になったのだと言うゲルズ公は更迭されていて、ベルナデッタの父君であるヴァーリ伯は蟄居に追い込まれた。この中で一番悲惨なのは我が父だ。七貴族の変以降、帝国の実質的な権限を握っていた宰相である我が父が疎ましかったのだろう。領主が不在となっていたフリュム領の統治権ごと、全ての権利を剥奪されて今は帝都に軟禁状態であるという。
 私にとって父は尊敬すべき人間であるという認識は覆せないが、だからといってエーデルガルトを恨みはしない。ガルグ=マクに残された全員がきっとそうだ。だから、私たちはまだここにいる。








さん、気をつけて!」

「ひえっ」



 フェルディナントくんに注意されたばかりだったのに、私は城壁を悠々と飛び越えて仕掛けてくる天馬騎士の槍にあと一歩で串刺しにされるところだった。目の前に落ちてきた手槍に肝を冷やしながら、頭上を見上げる。沈みかけていた太陽の光を直に見てしまって、目が眩んだ。
 目的の弓砲台まではあと僅かだと言うのに、上空を旋回していた天馬騎士に動きを読まれてしまったようだ。



「物陰に隠れていてください、落とします」

「ご、ごめんなさい、お願いします!」



 イグナーツくんが居てくれて良かった。空を飛ぶ相手に私やフェルディナントくんの剣は届かないし、みそっかす程度の魔力しかない私の下位魔法が帝国軍に通用するはずもない。
 イグナーツくんの放った矢は弧を描いて城壁の奥の天馬を射貫く。あれはシャミアさんに教わった、曲射、だ。結局私は竪琴の節には既に彼が会得していた技を身につけることができなかった。それどころか、弓なんて持ったこともほとんどなかったように思う。「ほう、大した腕前だ」フェルディナントくんも感心してくれるから、同じ学級の人間として鼻が高い。しかし安堵したのも束の間だった。落下する天馬騎士の影からもう二騎、飛竜と天馬に跨がった兵士が現れたのだ。
 イグナーツくんはすぐさま二射目を放ち、うちの一騎は落とせたけれど、飛竜騎士の方が残っている。もう私たちに狙いを定めているのだろう。斧を振りかざして急降下するその兵の形相に、一瞬身動きが取れなくなる。彼が狙っているのは私だと、直感で分かってしまった。
 剣を構えるけれど、受けることが出来るだろうか。自慢ではないけれど力はそんなにないのだ。以前ベレト先生には「は速さを生かして、避けて、あとは手数で勝負するのが良さそうだ」と言われた。でも、戦場の緊張感で足が地面に縫い止められてしまったかのように動かない。



!」



 フェルディナントくんの、怒声に似た声が私を呼ぶ。避けなきゃ。飛竜ごと避けて、受け身を取った後に反撃だろうか、だけどそんな時間、あるのか。これは訓練でも模擬戦でもない、本当の戦なのに。息を吐き出した瞬間、それが震えていたことを知った。間に合わない。死という字が脳裏にちらついて、その斧が私目がけて振りかざされたその瞬間だった。
 赤く染まった空に何かが光ったのだ。
 その光は瞬きの間に私の目の前に迫っていた飛竜騎士の胸を貫いた。低い悲鳴と共に、平衡感覚を失った帝国兵は飛竜から落下する。ぐしゃりと音を立てて地面に落ちた兵士は既に絶命していた。彼の心臓を貫いたそれが、最終防衛線から離れないと泣いていたベルナデッタちゃんの弓砲台から放たれた矢であることは間違いなかった。
 今、本当に死んでしまうかと思った。
 多分、イグナーツくんもフェルディナントくんも同じ思いだったのだろう。腰を抜かしかけた私を支えて立ち上がらせてくれたイグナーツくんは、「寿命が縮まりましたよお……」と泣き出す寸前のような声で呟いたけれど、私の心臓はまだばくばくと音を立てていた。
 ベルナデッタちゃんが弓砲台に残っていてくれて良かった。



「……兎に角弓砲台へ急ごう、もたもたしていては囮を買って出てくれているベレト先生たちに影響が出る」



 本当はまだ足ががくがくと震えていたけれど、そうも言っていられない。フェルディナントくんに頷いて、彼の背を追う。
 今頃前線はどうなっているのだろうか。西の砦を押さえにいったクロードくんやローレンツくんたちは無事だろうか。東の砦に向かったルーヴェンクラッセの皆も心配だ。中央を南下していったベレト先生の姿が、不意に前を走るフェルディナントくんのそれと重なって見えた。
 誰一人欠けることなく無事でいてほしいなんて、そんなの夢物語なのだろうか。今の私には、まだそれが分からない。


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