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 啓示の儀。天馬の節の最終日にあたるその日は、休日だった。どうしてベレト先生が力を得るに至ったのか、それを知るために彼は女神の啓示を受けることになっている。
 ベレト先生以下ルーヴェンクラッセの皆は既に準備を整えて、レア様と共に聖墓へと向かったようだ。かつて世界を救った女神とその眷属たちが眠る墓所であると言うそこは、このガルグ=マクの地下深くにあるらしい。しかし、実際その入り口がどこにあるのか、どうやってそこへ行くのかについて、他学級の生徒である私たちに知らされることはなかった。
 大聖堂のどこかに隠し通路があるのではないかと、クロードくんは推測する。なんせ、今日は全面的に大聖堂への立ち入りが禁じられているのだから。



「ま、儀式に随行したルーヴェンクラッセもその時になるまで詳しいことは何も知らないだろうさ」



 聖墓の存在そのものが最重要機密事項であると彼は踏んでいるらしい。今回の件でそれが露見してしまったとは言え、それ以上のことが漏れることはないだろうし、レア様は場所や行き方、中の様子など細かいことに関してもルーヴェンクラッセの皆に箝口を敷くだろう。
 セイロス聖教会には謎が多い。フォドラの貴族の一員として、何の疑問を持つこともなくその教えを尊重し生きてきたけれど、セイロス教と密接にならざるを得ない士官学校での日々は、多少の疑念を浮き彫りにさせるのかもしれない。その秘密主義にちょっとした不信感を覚えてしまうのだ。勿論、クロードくんのような存在がなければ私自身は今もなお教団に対して盲目であっただろうことは間違いないけれど。



「でも地下深くってどれくらいなんだろうねえ。たくさん階段を下りなくちゃいけないのかな?」



 すごく時間がかかりそう、と疑問を口にしながら、それだと下りるよりも戻ってくる方が大変だろうな、と考える。私なら、それだけできっと翌日は筋肉痛だ。
 私たちは今日、ベレト先生が滞りなく啓示を行えるようガルグ=マクの警戒を行うことになっていた。とは言え、警戒すべき相手である西方教会は司教を失ったばかりである以上、彼らが今反旗を翻す可能性は低いだろう。西方教会はレア様の暗殺事件に絡んでいただけでなく、聖地を占拠しようとした事件もあり、先日騎士団の手が入ったのだった。そこで司教の殺害に至ったのだという。抵抗され、そうせざるを得なかったのだとか。それにしても血生臭い話ではあるけれど。結果、新しい司教の選定や立て直しは中央の仕事となるらしい。
 警備のため隣を歩いていたレオニーちゃんが、私の疑問に「うーん」と眉根を寄せる。ジェラルトさんを失った失意と悔恨が彼女を突き動かす原動力に変わったのか、最近のレオニーちゃんは精力的だ。卒業後に雇って貰う傭兵団とも、既に話が進んでいるらしい。



「でも地下って言っても所詮土の中だろ? そこまで下りるってこともないんじゃないか?」

「山の裾野から見てさらに地下、とかそういう感じかなあって思っちゃったんだけど」

「う〜ん……だとしたら随分深いよな」

「まあまあ。そういうことは考えたって仕方ないよー。あたしたちには関係ないんだからさー」



 私たちの会話に微笑んでそう結論づけるヒルダちゃんに、レオニーちゃんが分かりやすくため息を吐いた。ヒルダちゃんは以前から「ベレト先生がうちの担任だったら、きっとあたしたちもすっごく忙しかったよねー。良かったー! うちの担任がハンネマン先生でー」と口にしていた。と言っても確かあれはまだ夏になるかどうかの時期の会話だったと記憶しているから、ヒルダちゃんの嗅覚はあまりにも正確だったと言えるだろう。
 もしもベレト先生が担任だったら、今日彼と「地下深く」に一緒に向かったのはヒルシュクラッセであったし、ジェラルトさんの敵を討つために封じられた森へ随行したのも私たちだっただろう。行方不明になったフレンちゃんを発見するに至ったとき、ベレト先生の隣にいたのはディミトリくんではなくクロードくんだったかもしれない。シルヴァンさんのお兄さんを征討するためにコナン塔へ向かったのも、青海の節、女神再誕の儀で西方教会の目論見を阻止したのも、反乱を起こした小領主、ロナート卿の軍の鎮圧したのも、ルーヴェンクラッセではなかった、そんなことも、きっと起こりえていた。
 あの春、ベレト先生が私たちを選んでいたら。
 そんなことがあったらきっと、私たちを取り巻く現在は何もかも変わっていたのだろうな。
 だけどやっぱりそれはあり得ない分岐先の話なのだから、ヒルダちゃんの言うとおり、少し乱暴な言い方になってしまうけれど、現在起こっている様々な事象は「私たちには関係ない」のだ。
 西方教会が動くことは恐らくない。だからと言って警戒を怠って良いわけではないけれど、気は緩んでしまう。今回の課題はアドラークラッセと合同であるという点も大きいのだろう。
 その時、丁度大聖堂の方から歩いてきたのはフェルディナントくんとリンハルトくんだった。開いているのかいないのか分からない目でふらふらと歩くリンハルトくんを鼓舞するフェルディナントくんは、傍から見ても分かりやすく張り切っていた。
 最近、アドラークラッセの彼らの故郷であるアドラステア帝国内で政変のようなものが起きようとしているのか、俄に騒がしくなっていると商人さんが話しているのを聞いたけれど、事実がどうなのかは分からない。だけど、次期皇帝であるエーデルガルトさんや、彼女の側近と言えるベストラ家のヒューベルトさんがしょっちゅうその都であるアンヴァルへ戻っているというのは、先日ドロテアさんと街へ食事に出かけた時に聞いた話だから、間違いない。



「エーデルちゃんがいないと、フェルくんが張り切っちゃうのよねえ」



 その時私は彼女の言葉に、自分の身近にもフェルディナントくんと似たような人がいることに気がついて思わず笑ってしまったのだった。あの時、ドロテアさんは不思議そうにしていたっけ。
 私が思い浮かべているのがローレンツくんのことだと知ったとき、彼女は何だか面白くなさそうにその整った眉を寄せた。そういえば舞踏会の前に二人の間に何かあったらしいことを思い起こす。「思うところがあって」と、舞踏会の夜ドロテアさんは口にしていた。もう時効になっただろうかと何があったのかを尋ねてみれば「私はね、ああいう風に自分に嘘を吐く人は好きになれないの」と具体的な部分を伏せた状態で肩を竦められてしまい、私は結局、今でも二人の間に何があったのかが分からないままだ。
 だけど、二人の間に何があったとしても、私はドロテアさんが好きだし、大切だ。きれいで、堂々としていて、優しくて、ちょっと強引で、素敵な人。このガルグ=マクにやって来たのは、素敵な男性を見つけることだと彼女は常々口にしていたけれど、ドロテアさんのお眼鏡に適う「いい人」は今でも見つかっていないらしい。



「いっそ、卒業したらアレキサンドルに行っちゃおうかしら。お手伝いとして雇ってくれる?」



 なんて冗談を口にするドロテアさんに、私は「お友達として招待させてください」と返した。私はドロテアさんのことが好きだし、士官学校を卒業した後もできたらずっと仲良くしてほしい。
 ぱちりと目を見開いた彼女の美しい睫毛の先が震えるのを、私はその時確かに見た。








「ああ、立ったまま寝るのは止すんだ!」



 フェルディナントくんの声に現実に引き戻された。彼の声はびっくりするくらい良く通る。そういうところも、ローレンツくんに似ている。
 啓示のある今日はエーデルガルトさんもヒューベルトさんもガルグ=マクにいるようだけど、それでも関係なくフェルディナントくんは一生懸命であるらしかった。性格なのだろう。



「聞いているのか、リンハルト! ああ、本当に寝てしまったのか……!」



 彼の声に私もレオニーちゃんもヒルダちゃんも思わず視線を向けるけれど、リンハルトくんは壁に寄りかかって船を漕いでいる。彼の部屋の灯りは普段から夜中でもほとんど消えることがないと言うから、恐らく紋章学の研究で寝不足なのだろう。せめて啓示の日の前日くらいは寝ておけば良いのに。
 その時、反応のなくなってしまったリンハルトくんに困ったようにため息を吐いたフェルディナントくんの奥、玄関ホールから続く扉から、巡礼者の団体が列を成して歩いてくるのが目に入った。大聖堂へ向かうのだろう。やっぱり最近、巡礼に来る信者の数が増えたのは間違いない。



「わあ、やっぱり最近信者さんがいっぱいいらっしゃるね」



 と口にしたその言葉に、首を傾げたのはレオニーちゃんだった。「いや、でもちょっと待てよ」おかしくないか?彼女がそれを言い切る前に、私もその違和感に気がつく。
 ベレト先生が啓示を受ける今日は、それにかかわる人間でなければ大聖堂へは入れない。一般の巡礼者にもその旨を知らせる貼り紙があったはずだ。ならば彼らはどこへ向かっているのだろう。
 まっすぐ前を見据えた人々は、やがて一斉に駆けだした。レオニーちゃんが叫ぶ。



「――あいつら、巡礼者じゃない!」



 捲れた外套の下から覗くのは、武器だ。異様な光景に、ぞわりと背筋が泡立つ。
 フェルディナントくんが弾かれたように背筋を伸ばした。彼らはまっすぐに、舞踏会の行われた大広間を抜けていく。駆けだした彼らの手に、槍がある。その先が赤い。直後、あちこちで従者や学生の悲鳴が聞こえた。ヒルダちゃんが「えー? なにー?」と間延びした声で周囲を見回す。
 その数秒で、どれだけの数の人間が私たちの横をすり抜けていっただろう。彼らに目的地があることは明白だった。



「大聖堂だ!」



 フェルディナントくんが叫ぶ。うつらうつらとしていたリンハルトくんがようやく身体を伸ばしているのが、そこだけ日常の光景に見えて、あまりにも場違いだった。大聖堂へ向かった彼らを追いかけねばと腰に差していた剣を抜いたとき、敵の第二波が背後に迫ってきていた、私はそれを、その直後に知ることになる。
 商人に、巡礼者に偽装していたのが一体どこの兵なのかを知る術は、今の私たちにはない。


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