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グロンダーズ平原へは、鷲獅子戦を控えた前日の午後に発つことになっていた。荷物を整えて集合場所へ向かうと、準備された馬に跨る。ガルグ=マクからグロンダーズへ向かうには、同盟領からアミッド川に架かるミルディン大橋を渡る必要があった。
ミルディン地方北部を通るという話を聞いて聊か不安な表情を浮かべていたのは、つい先日父親であるグロスタール伯に呼び出されてアケロンとの小競り合いを収めてきたというローレンツくんだ。
「さすがにアケロンも今余計なことをするはずはないとは思うが、その名を聞くだけであの男の顔がちらつくのだよ……」
「この前も領界問題で騒ぎ立てたって聞いたけど……」
「ああ、散々話し合ったはずのことを蒸し返して兵まで出すのだから、本当に傍迷惑な男だよ」
ローレンツくんが言っているのは、アケロンの現当主、アケロン=レーテ=フレゲトンのことだ。
アケロンが奔放に振舞うのは帝国領に隣接している要地を押さえているという強みがあるためだけれど、こちらが強く出てしまえば紛争を生む恐れもあるからこそ、慎重にならざるを得ないのだろう。苦々しい顔でため息を吐いたローレンツくんは、「君の兄上くらいに大人しければ問題はないものを」と口にした。
以前アレキサンドルは自分の意志がないと謗ったことを忘れたのだろうか。無言で目を細めた私に気が付いたのだろう。「いや。中庸が望ましいな」と澄ました顔で続けるローレンツくんに、私は「ふうん」と短く言葉を返す。だからこそだろう、小さく咳払いをした彼が、とりなすように続けたその言葉は、その時の私にはほとんど響かなかった。
「今回の鷲獅子戦、くれぐれも無理はするなよ。君は実戦経験には乏しいのだから」
そうは言っても、私だけ何もしないわけにはいかないでしょう。思ったことに蓋をして、ローレンツくんに曖昧に頷きながら、私は前方にいるクロードくんの後ろ頭に目線をやった。
明日に鷲獅子戦を控えているっていうのに、私はクロードくんのことばかり目で追ってしまう。