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賊と武器を交えるのは慣れていたが、教師として、生徒たちを引き連れての戦いとなると神経をすり減らざるを得ない。その上コナン塔を根城にした賊は思いの外統制が取れていて戦いにくかった。入り組んだ城内の上部に向かうだけでも体力と集中力を消耗させられるというのに、挙句戦闘が始まれば背後から挟撃される形で増援が現れるのも厄介だ。
同行してくれたセイロス騎士団に所属するギルベルト殿が殿を努めてくれたおかげで被害はほとんどなかったが、徐々に隊列が縦に伸びてしまっていることが気にかかる。今節はヒルシュクラッセからも一名、課題協力という形で生徒を借り受けているために戦力としては安定しているが、人数が増えた分指示が通りにくかった。
とは言えローレンツ=ヘルマン=グロスタールと言う生徒は、自分の指示に異を唱えることはない。ただ、最初からどうもこちらを不審に見ている節がある。他学級の生徒から見れば他の学級の教師など信に値するものではないだろうが、それにしてもあのねめつけるような視線は気が散った。自ら=フォン=アレキサンドルの代わりにと手を挙げた割に、その本心は何か思うところがあるらしい。自分にそれが読めるわけではないが。
一方で勇猛と言えば言葉は良いが、戦となると前のめりになりがちなのがディミトリだ。普段は級長として申し分ない働きをしてくれるが、武器を持つと視野が狭くなりがちなところが問題だろう。ドゥドゥーが先陣に立って道を切り開くディミトリについていてくれている間に陣形を整えなくてはならない。このままではいつ誰が犠牲になったとしてもおかしくはないのだから。
賊を切り伏せてから他の生徒たちの安否の確認のため背後を振り向いた瞬間脳に響いたのが、ソティスの声だった。
「例え小童どもが命を落としたところで、おぬしにはわしが貸し与えた力があるではないか」
実際、おぬしはこれまで何度わしの力を使った? そう続けられ、返事の代わりに小さくため息を吐く。自分の中に存在する少女の持つ「時を巻き戻す力」はまるで、全能のように思えた。実際、それがなければ自分は大樹の節、ディミトリたちが助けを求めてきたあの夜に、エーデルガルトを庇って死んでいたのだ。
ソティスの力を貸し与えられた自分は、彼女の言葉通り、生徒たちが危険な目に遭う度に時を巻き戻している。人智を超えたこの力の仔細を説明することは誰に対してであっても憚られ、「先生の指示に従っていれば負ける気がしないな」とディミトリに言われる度、どんな顔をすべきか分からなくなる。自分はお前たちを何度も殺しているよ。そんなことは到底口にできはしない。
彼らの担任となった大樹の節。賊の討伐を命じられ、初めて彼らが生きた人間を手にかけた竪琴の節。アッシュの養父の叛乱の後処理のために向かった街道で、平民と戦うことになってしまった花冠の節、西方教会の思惑を阻止するために聖廟で武器を振るった青海の節。
重ねた日々の中、しかし自分の中にも変化が芽生え始めているのは間違いなかった。
自分はソティスの言うとおり、何度かこの力を使った。腕を飛ばされた生徒のため、焼き殺された生徒のため、仲間を庇い、命を落とした生徒のため、時を巻き戻した。無数に敷き詰められた爆発物を踏まぬように歩くことは一筋縄ではいかず、だけど、それでも彼らが必死に戦ってくれたから、だから今、自分はまだ教師としてここにいる。
力はある。お前たちを死なせぬための、全能の力だ。
自分はこれからも使うべき時が来たらそれを使うだろう。お前たちのためでなくとも、目の前で他の学級の生徒の四肢が吹き飛べば、逡巡する間もなく時を戻す。だから例え=フォン=アレキサンドルが過去の怪我が原因で、戦場で身動きが取れなくなろうと、ローレンツ=ヘルマン=グロスタールが敵の挙動を見誤り命を落としても、何の関係もなかったのだ。時は巻き戻せる。だから、借り受ける人間は誰だって良かった。
こんな人でなしのようなことを考えておきながら、それでも自分は、だけど、と思うのだ。だけどいくら巻き戻せるとは言え、お前たちの死ぬところは、出来れば見たくないなと。
そう思った瞬間、ソティスが「ははあん」と訳知り顔で頷く。
「おぬしもまあまあ、以前よりは教師らしくなってきた、ということかの」
その言葉に「どうかな」と呟けば、ソティスは極端な角度で首を傾げて見せた。
寝覚めが悪い思いをしたくないだけではないだろうか。自分でもそう思うのだ。死んでほしくないと思うのは、教師と言うよりも人間として最低限であるように思う。生徒の気持ちの一切が分からない教師なんて、果たしていてもいいものか。
視界の隅で、シルヴァンの手にした槍が賊の一人を貫く。返り血を頭から被った彼の瞳に温度はない。視線を感じたのか、シルヴァンが横目でこちらを見やった。長い睫毛が瞬きと同時に揺れたけれど、それだけだ。昨日の夕暮れ時、ヒルシュクラッセの教室で見かけた彼は今、ここにいない。あの時自分は、確かに笑い声を聞いた。聞き慣れた声だったはずだけど、彼が笑った顔を、俺は正面から見据えたことは今までに一度だってなかった気がする。
「君の兄さんに、一度でいいから会ってみたいな」
「……男ですよ?」
「いやあ、分かってるって」
ヒルシュクラッセの、の言葉に声をあげて笑っていたシルヴァンは、今この瞬間、自分の前にいる彼と同じ人物であるようには思えなかった。
「もしも何かあったらすぐに報告するように。俺でもヒルダでも、誰でもいいから」
「うん、わかった。ありがとうクロードくん」
私の足を心配してくれているらしいクロードくんからは、既に今日だけで三度ほど確認を取られた。本当に調子は悪くないのか、くれぐれも最前線には行かないように、もしものっぴきならない何かがあれば戦場でも一際目立つだろうラファエルくんの傍に行け、などなど。勿論彼は私にだけでなく、ヒルシュクラッセの一人ひとりに向けて的確な助言をしていたのだけれど、こと私に関してが一番執拗だったように思う。
村を襲う賊を追い払うこと。それが今節のヒルシュクラッセに与えられた課題だった。賊の根城は既に騎士団の人々が特定しているから、私たちは陽が沈む前にそこを叩くだけだ。
手入れのしてある剣を腰に差す。訓練用ではない、人を殺すための武器だ。平和とは掴みとるもので、私はそれが、最早当たり前のように目の前に転がっているものではないことを知っている。
フォドラには常に悪意が渦巻いていて、どこかで誰かが人知れず苦しみ、傷つき、命を落としている。アッシュくんの養父であるロナート卿、彼を支持していた領民も、騎士団によって処断の対象になっていた。中央教会の権威失墜を目論んだ西方教会の司祭たちは処刑され、今、同じフォドラの大地でシルヴァンさんは実のお兄様と武器を交えている。
何も知らずにいた貴族の娘に戻るには、私はもう年を重ねすぎていた。それがどうしてこんなに、恐ろしく思えてしまうのだろう。
賊の住処になっていると言う廃墟の村へ出立するヒルシュクラッセの、みんなの後ろ姿の中にローレンツくんのものはない。彼の手の温度を思い出すように、私は自分の両手を重ねて、短い息を吐く。今更怖いなんて、言っちゃだめだ。
初陣とするにはそれなりに厄介な戦地であった。
敵はただの賊とは思えぬほどに統制が取れていた。一人ひとりの力であると言うよりは、その動かし方が優れている。首領があのゴーティエ家の嫡男であったためであることは間違いない。
ヒルシュクラッセの皆とならまだしも、僕はルーヴェンクラッセの彼らとそこまで馴染みがあるわけではない。連携が上手く取れるはずがなく、特に級長のディミトリ王子はあの顔に似合わず豪胆で、一本の槍を片手にどんどん敵を薙ぎ払っていく。その分背後が疎かで、ドゥドゥー君がどれだけ窮地を救ってやっていたか。「今日はよろしく頼む、ローレンツ」そう言って微笑んだ王子然とした彼は、今は遙か最前線だ。
彼の無謀とも思える突撃の結果乱れた陣形に後続の生徒たちが対応していたが、しかしその一連の修正は見事だった。ベレト先生の指示もあったのだろうが、皆一様に視野が広いのだろう。
連携が取れない、とは言ったものの、その視野の広さから慣れない僕を補助してくれた生徒も大勢いる。シルヴァンは己の前に立ちはだかった敵兵を屠るついでとばかりに僕の背後に居た賊を切り伏せ、アッシュ君とやらは何度か後方から弓で援護をしてくれた。特にシルヴァンに対しては癪ではあるものの、後で礼を言っておかねばなるまい。
そう考えながら、ぱたぱたと腕から音を立てて落ちていく血を止血するために服を裂こうとした瞬間だった。背後からフェルディアの魔導学院での学友であった、メルセデスさんに呼び止められたのは。
「あらあら〜。ローレンツったら、派手に怪我をしたのね〜」
平民に心配されるのは本意ではないが、利き腕を深く切りつけられてしまい武器が上手く持てなかったのは確かだ。気付かれぬようもう片方の手で立ち振る舞っていたが、癒し手である彼女の目は欺けなかったのだろう。「手当をするから、傷を見せて」と血に染まった袖に触れられる。
「君の手を煩わせるほどではない……と言いたいところだが、助かるよ」
「いいえ〜。私はこれくらいしかできないもの〜」
しかし、とんだ激戦だった。彼女に腕を預けながら、ほとんど残敵の処理を終えた後方から戦場を見回す。
ギルベルト殿のおかげで挟撃のために現れた増援の賊は一掃できた。後は例の英雄の遺産を持つマイクランだ。噂通り、マイクランは適合する紋章を持たずして遺産を振るっていた。紋章がなければ遺産は扱えないという伝承は誤りだったということだろうか。
驚くほどの手際の良さで僕の傷を癒していくメルセデスさんの横顔に視線を落とす。昔から、花のような香りのする人だった。女性らしいその手の甲を見ていると、自分の幼馴染のことを思い出す。今頃、彼女も賊の討伐に向かっているだろう。くれぐれも頼むとクロードに念を押しておいたが、余計な怪我をしないかだけが心配だ。
戦場の喧騒とは異なる悲鳴が響いたのは、その直後のことだ。やはり自分が彼女の代わりを申し出ておいて良かった。僕は鳴り響く獣の慟哭に、それを痛感させられることになる。
「適合する紋章を持たないままに英雄の遺産を使うことそれ自体は可能なんだろう。だが、何の対価もないままに永久にそれを使い続けることが出来ると思うか? 否。何らかの代償は必ずある。俺はそれが何であるかを知りたいんだ」
勿論一番知りたいのは、先生の剣を俺が扱うための方法なんだけどな。
そう言って作ったような笑みを浮かべたクロードを、僕はこんなときに思い出す。
「兄上」
シルヴァンが僅かに目を見開き、喘ぐような呼吸をしながら、一言そう呟いた。
僕の目の前には、獣が居た。敵も味方もなく目についた人間を片端から引き裂いて回るその獣こそ、我々が討伐せんとしていた賊の首領、マイクランなのだった。
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例年ではありえない時期に賊討伐の命があったかと思えば、花冠の節にはあのガスパール城主であるロナート卿が起こした叛乱の鎮圧に駆り出されたと聞く。それを聞いたときは、とうとうか、とは思ったが、俺にしてやれることは申し訳ないが、何一つなかった。
しかし今年のルーヴェンクラッセは何だか面倒くさそうだ。ま、俺が在籍していた頃も問題事の類は多かったわけだが、大半はこの俺が原因だったわけだし、それに関しては言えた義理ではない。
だが、世の中には、そういう面倒事を引き寄せる人間ってのが多かれ少なかれ存在する。新しくガルグ=マクにやってきたっつー教師、あれはどうやらそちら側の人間であるようだ。青海の節では聖廟に侵入した西方教会の連中相手になんだかすごい武器をぶん回したらしい。ネメシスが使っていたとかいう、天帝の剣とやらを。厄介な人間が現れたもんだよ。ため息の一つくらい吐いたって罰はあたらねえだろ。
興味があると言うよりも、アビスを守るためには知っておかなきゃならねえな、と思う。力を持った人間ってのは厄介だ。本人にその気がなくとも、周りのもんを破壊しかねないんだから。
が、俺自身ほいほいと地上に出て目立った情報収集なんぞは出来ない身だ。外に情報を垂れ流してくれるような協力者でも作るべきなんだろうが、こういうのは選別が難しい。こっちに深く踏み込まず、勘が悪く、警戒心が薄い、出来ればガルグ=マクの学生。核心であるあの教師に近ければ近いほど良いが、近すぎるのも問題だ。向こうの情報は多く欲しいが、こっちの情報は渡せねえからな。
その時なんとなく頭に浮かんだ顔があった。知り合いと言うほどではないが、お互い顔は覚えていて、挨拶くらいは交わす間柄の、大樹の節に足を怪我していたあの学生。あいつは確かヒルシュクラッセの生徒だったように思う。彼女だったら、まあそこそこ御しやすいだろうか。
上手いこと捕まえて、適当に会話する中で情報を抜かせていただくとするんだったら、一から丁度良い人間を探すよりも楽だろう。それによくよく考えてみればあいつは俺の求めているもんを兼ね備えているように思う。俺の人間を見る目は確かだからな。
とりあえず、次に会う前に、名前くらいは調べとくか。
あんな貴族のお嬢ちゃんでも、少しは役に立ってくれるだろ。