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用兵術というものに関して、クロードくんはやたらと秀でている。というよりも、人心掌握の術を心得ていると言った方が適切かもしれない。
観察、分析、そして自分の身体や頭脳を使っての探り合い。培った経験によるものなのか、元来の性格なのか、クロードくんは息をするように他人のことを測ろうとする。そういう時、彼の瞳は瞬きの回数を減らした。クロードくんが私にそういう目を見せてくれたのは、入学直後の「ここじゃあ選り取り見取りだな」と彼が口にする直前、その一瞬だけだった。
隠しておきたい過去も、崇高な信念も、それがあるのではないかと思わせるような雰囲気なんかも持ちあわせていない私はきっと測りやすかっただろう。ヒルシュクラッセで一番というくらいには。そしてそれはきっと間違いじゃない。私の底は、目視で測れるほど浅い。
そんな私とは比べ物にならないほどクロードくんの興味を強く引く存在、それがベレト先生であるらしい。
「あー、負けた負けた! やっぱあの先生は底が知れないな」
ガルグ=マクから程近い、対抗戦の舞台となった平原から士官学校へ戻る道中、クロードくんは明るい声でそう言った。努めてと言うよりは、心からの賞賛であることはその表情から窺い知れる。張りつめていた緊張感が切れたせいか、負けたとは言え穏やかな倦怠感が漂うばかりだった皆を労うような声音だった。隣を歩いていたイグナーツくんが安堵したように小さな息を吐く。
学級別対抗戦は、ベレト先生が指揮をするルーヴェンクラッセの勝利と相成った。とは言え、先生の存在を除けば級長のディミトリくんとの一騎打ちにまでは持ちこめたのだから、クロードくんも大概だとは思う。勿論、ルーヴェンクラッセが私達ヒルシュクラッセではなく、アドラークラッセを先に叩いてくれたおかげでもあるのだけど。
でも、もしもかすり傷を負ったヒルダちゃんをあの段階で撤退させなければ、勝敗は分からなかったのではないだろうか。
「なんか、ごめんねー。あたしがもうちょっと頑張ってればよかったかなー」
「お、ヒルダがそんなこと言うなんて……こりゃあ明日は季節外れの雪か?」
「もー。あたしは本気で言ってるんだけどー」
「いやいや、ヒルダは頑張ったよ。俺が守るって約束だったしな。ま、鷲獅子戦も頼むよ」
「ええ? そんな先の話、今からやめてよー」
心底嫌そうに顔を顰めたヒルダちゃんは、前方を歩くマリアンヌちゃんの元へ逃げるように駆け出す。マリアンヌちゃんは突然ヒルダちゃんに腕に絡みつかれて、困惑した様子を隠せずにいた。それを見送って笑い声をあげるクロードくんの横顔を見ながら、鷲獅子戦、と口の中で呟く私に、イグナーツくんがさりげなく補完してくれる。
「鷲獅子戦は飛竜の節、でしたっけね。ちょうど半年後かぁ……きっと、あっという間なんだろうな……。その頃には、さんの足も治っていると良いですね」
「へへ、半年もあれば完治してるよね」
「はい、きっと」
イグナーツくんの眼鏡の奥の双眸も、声音も、その人となりを証明するように穏やかだ。最後尾を歩いていた私の隣についてくれるのも、きっと彼の気遣いなのだろう。
鷲獅子戦は今から五百年近く前、ルーグが帝国からの独立を求めて起こした争乱になぞらえた伝統ある行事で、今回のようにガルグ=マク郊外の平地を演習場にしたものとは違う、三学級の総力戦だ。今節の学級別対抗戦はそれの前哨戦のようなものだとハンネマン先生が言っていた。
流石に半年後ともなれば私の足は治っているだろうし、少しは学級の力にもなれるだろう。今は治療のために出遅れてしまっているけれど、マヌエラ先生の許可が下りたらまた訓練場にも通って剣を振りたい。今回の対抗戦での他学級の生徒たちの実力を見て、それまでになかった焦りのようなものが自分の中に芽生え始めているのが分かった。
皆、真剣なのだ。
結婚相手に相応しい、いい人を探す。そこまで急いているわけではないとはいえ、一応はそれが私の目的であったはずなのに、何だかそれが完全に私の内側の、奥の奥に放り込まれてしまっているような気がする。勿論、私と同じ目的を持った生徒もいる。だけど、そう言う子たちはそれに対しても本気だ。私みたいに「良い人がいたら嬉しいなあ」なんていうぼんやりとした心構えでいる子なんて、そうそういない。
同盟領内でも一際田舎の穀倉地帯で、外敵の侵入に怯えることなくのんびり暮らしていた貴族の私は、必要以上に武芸を磨く必要性だって感じていなかった。だけど、士官学校に入ってみて、自分の考えがあまりにも平和ボケしたものだったことを思い知った。
やる気がないと宣言して憚らないヒルダちゃんも、時折その目が真剣になる瞬間がある。人と関わること自体を避けているマリアンヌちゃんも、底知れない信念のようなものが垣間見える。寝る間も惜しんで勉学に励むリシテアちゃんも、夢を叶えるために必死で訓練をするレオニーちゃんも、未来の同盟のために励むローレンツくんも、騎士を志すイグナーツくんも、家業を畳んでまでガルグ=マクにやって来たラファエルくんも、立場は違ってもみんな痛いくらいに真剣で、私だけが目的も曖昧なままに同じ教室にいることが申し訳なく思えてしまうのだ。
「私も、鷲獅子戦は頑張る」
だから、せめて何か少しでも学級の役に立てればと。
そうイグナーツくんに宣言すれば、目の前を歩いていたクロードくんが振り返る。その双眸はいつものように悪戯っぽく細められていて、私は不覚にも、息を飲んでしまった。彼に聞かれているとは思わなかったのだ。
クロードくんの宝石のような色をしたその瞳は、木漏れ日の中、歩くたびにきらきらと色を変えた。それが酷く美しかった。良い人がいたら嬉しいなあ。ぼんやりとしたあの思いは、彼のせいで死んだのだ。私はこんなときに、そんなことを考えてしまう。
「それは心強い。のことも、これでも頼りにしてるんだぜ? 俺は」
顔に熱が集まるのを自覚して、だけど俯くのもおかしな話だったから、私は勢いよく頷いた。そのせいで木の幹に足を引っ掛ける。つんのめった瞬間に身を捻って身体を支えてくれたクロードくんの「特別」には私はきっとなれないだろうけれど、彼の描く絵の中に私の存在があるならば、きっともうそれだけで充分だ。