ササちゃんへ。
お久しぶりです。元気にしていますか? ここ一年は身の回りの変化が凄まじくて(本当に身の回り。私自身は別に変化してないです)お手紙を書く時間がなかなか取れませんでした。久しぶりにそっちの字を書くから、いつもよりさらにのたくった蛇みたいな形になってそうで怖いです。
気がつけば私がフォドラにやって来てから、六年が経ってますね。大学も卒業して、ササちゃんは就職してるかな? バリバリ働くササちゃんが目に浮かびます。実際に見れないのが、残念。
こっちは最初に書いた通り、大変でした。
帝国が同盟や王国に宣戦をしたことは、これまでのお手紙でも書いたと思うんだけど、去年の冬、王国軍が帝国に反旗を翻したの。これまでずっと行方不明になっていたベレト先生や、王国内で処刑されたって噂のあったディミトリくん、青獅子の学級の生徒たちが中心になって、打倒帝国の狼煙をあげたんだ。そこにセイロス聖教会の皆も加わって、彼らは帝国に攻め入ったの。
私のいるゴネリルは国境からは離れていたから特に危ないことはなかったんだけど、ヒルダちゃんは戦いに行ってしまった。王国が帝国へと続く大きな橋を陥落させたことを受けて、それまで反帝国派と新帝国派で分断されていた同盟領内をまとめたクロードくんが攻勢に転じるっていうんで、招集されたんだ。
私も何か、身の回りのお手伝いくらいだったらできるからってついて行きたかったんだけど、ヒルダちゃんに断られた。「ちゃんに何かあったら、ツィリルくんに顔向けできないよー」って。だから、ずっとゴネリルでお掃除とか、お洗濯をしていたの。字の勉強よりも、武器を振るう練習をしておけばよかったのかなって思ったけど、十何年ものんびり生きていた私が一朝一夕で戦い方を身につけられるわけがなかったから、きっとこれが正しかった。
この半年で、フォドラは大きく変わってしまった。
しまった、って言うと、悪い意味に聞こえちゃうね。でも、そうでもないんだ。王国軍は最終的に帝国の都を落として、フォドラを統一するに至ったし。……それが、ついこの前の翠雨の節の話。おかげで、六年続いた戦争は終わったよ。
だけど、同盟もその間に色々あった。
私の知っている、金鹿の学級の人たちが戦死してしまったのが、私の中では一番ショックなことだったけど。でも、同盟領に住まう人たちからしたら、もっとずっとビックリすることがあった。クロードくんが戦いの中、レスター諸侯同盟の盟主の座を降りて、同盟を解散させたの。王国がフォドラ統一を成す前、花冠の節のことだった。
クロードくんはディミトリくんに、同盟の未来を託した。クロードくんはそのままどこかへ消えてしまって、同盟諸侯は王国に臣従。今はゴネリルも王国領になっている。クロードくんのことは心配だけど、ヒルダちゃんは、「心配いらないよー。きっとどこかで元気にやってるでしょー」って笑うから、私もそう信じることにした。学生時代からいっぱいお世話になったから、お別れくらいはしたかったな、っていうのが本音だけどね。
でも、もうフォドラにレスター諸侯同盟がないなんて、何だか不思議な感じ。なんだかんだ、五年もお世話になっていたからね。
だけど、ゴネリルとももうお別れです。
「ちょっとちょっと、ちゃんー! もうそろそろ時間じゃないのー?」
「えっ」
使用人の使う部屋に、ヒルダちゃんは逡巡なく顔を出す。今は日中で、皆はもうお仕事に出ているから、それで慌てる人なんて、私以外には誰も居なかったけれど。
私がびっくりしてしまったのは、使用人としてお仕えすべき対象であるヒルダちゃんが私たちの部屋に現われたことではない。時間、という言葉に反応してしまったせいだ。まだ約束までは余裕があるなって思って、手紙の入った箱を取り出したのが悪かったんだと思う。書きかけの手紙を読み返したら、ちょっとだけ続きが書きたくなってしまって、それで興が乗ってしまったのだ。
「わー、嘘! もうそんな時間?」
「時間だよー! 荷物はまとめた? 忘れ物はないー?」
「大丈夫、あとはこれを入れるだけ!」
ヒルダちゃんは甘え上手だけど、時々こうして、お姉さんみたいになる。
私の鞄を持ち上げたヒルダちゃんは、いれて、とでも言うみたいに大きく口を開けさせた。ゴネリルに来たときと違って、私の荷物は多かった。小さな鞄が一つと、大きな鞄が一つ。使用人仲間が別れを惜しんで、焼菓子とか装飾品とか、色んな物を持たせてくれたから。先輩が、「なんでもかんでも持たせたら迷惑でしょう」って止めてくれなかったら、もう一個は鞄が増えていたかもしれない。
急いで手紙を箱にしまって、ヒルダちゃんの持つ鞄に入れようとしたとき、「あ」ってヒルダちゃんが漏らしたのを、私は聞き逃さなかった。「ん?」って目だけをヒルダちゃんに向けたけれど、ヒルダちゃんの視線は私の手の中から離れ、鞄に何食わぬ顔で収まった花柄の箱に落ちている。四隅が少し欠けて丸くなってしまったこの箱は、ガルグ=マクにいたときからずっと、私の傍にいてくれた。
「これ、懐かしいなー。あたしが昔あげたやつだよね?」
「そう! すっごい頑丈で可愛いから、大事にしてたんだ」
「えー」
色んな感情が内包された声だった。ヒルダちゃんは、鞄を腕に引っかけると、そのまま私の身体にぎゅうって抱きついてくれた。「わ」と声が漏れる。ヒルダちゃんの腕に薄ら残った傷が、目の前にある。
それから少し間をあけて、「嬉しいなー」って、ヒルダちゃんは言った。私たちの六年が、そこに詰まっている気がした。ガルグ=マクで出会って、お友達になった。ヒルダちゃんはしっかり者で、どことなくササちゃんに似ているような気がしていた。ガルグ=マクが陥落したときは、こうしてゴネリルに迎え入れてくれて、私は、ヒルダちゃんがいなかったらこんな風には生きていられなかっただろうな、って思う。使用人としてだって、ヒルダちゃんがいたから、上手くやっていけたのだ。
「元気でいてねー。辛かったら、帰って来ちゃっていいんだからねー」
余計なことを言ったら泣いてしまいそうだったから、私はそのまま、小さく頷いた。ヒルダちゃんの髪は、柔らかい花の匂いがした。
私は今日、ゴネリルを去る。
五年もお世話になった、そう思うと感慨深かった。使用人の制服を脱ぎ、お給金で買ったワンピースを着て、荷物のたくさん入る大きな鞄を持った私は、思い出のたくさん詰まったお屋敷を振り返る。
「ツィリルくん、まだ来てないみたいねー。よかったー」
だけど、ヒルダちゃんの言葉に、そわりと落ち着かない気持ちになってしまった。ツィリルくんの名前に過剰反応してしまいそうになって、ぐっと堪える。どことなくくすんだゴネリルの街並みに、ツィリルくんの姿は見当たらない。
五年間、ツィリルくんとはお手紙のやりとりを重ねていた。
ツィリルくんは王国と同盟を転々としながらレアさまの行方を捜していて、五年の間は、そのついでに私のところに立ち寄ってくれていた。使用人仲間には「会いに来てくれるのに手紙も書くの?」ってからかわれたけれど、でも、会ってない時間っていうのはあまりにも長かったから、ツィリルくんの滞在中に話しきれないことを予め手紙に書いておくのは、理に適っているように思えた。つい、後で思い返したら「わー!」って頭を抱えたくなるような恥ずかしいことまで書いちゃったけれど、慣れないフォドラの言葉でなかったら、もっともっと余計なことを書いちゃってたと思うから、そればかりは不幸中の幸いだった。
初めて会った時、私はツィリルくんのことを見下ろさなければ目を合わせることができなかった。けれど、それはもう、三年とか四年前の時点で逆転してしまっている。すっかり精悍な顔つきの男の子になったツィリルくんも、もう二十歳になっていて、私は彼と会う度に新鮮な緊張に包まれた。目が合うだけで、ドキドキした。ツィリルくんは全然、顔色一つ変えずに私と接していたけれど。
去年の冬、王国軍がガルグ=マクを取り戻して、そこにセイロス騎士団が合流したと風の噂で聞いて以降、私は彼と会っていない。だから彼へのお手紙も渡せないまま、何通も何通も書いてしまった。
王国が帝国に反撃を見せたことで、同盟も帝国との戦いに一歩も二歩も足を踏み入れざるを得なくなり、戦況は日に日に悪化。帝国軍が王国軍の隙をついてリーガンに攻め入ったあの花冠の節に、私は最悪の事態まで考えていたけれど、だけど、戦争は今、終わっている。ツィリルくんたちが捜していたレアさまも、帝国内で見つかったと聞いた。失われた命も多く、最善だったかというと頷けない、それでも私は、胸を撫で下ろしたのだ。
ツィリルくんからゴネリルに手紙が届いたのは、王国がフォドラを統一して一節が経った、角弓の節の終わりのことだった。ガルグ=マクからやって来たのだという商人が、渡してくれたのだ。
「約束通り、を迎えに行きます」
たった一文に、一節先の日付と時刻が記された素っ気ない手紙を受け取った私は、そりゃあもう慌てた。混乱して、わけがわからなくなった。
これってどういうことだと思う? って泣きついた私に、ヒルダちゃんは、「じゃあ、飛竜の節にはちゃんはいなくなっちゃうのねー」って、わざとなのかなんなのか、ちょっとずれたことを言うから、困ってしまった。
ツィリルくんと約束は、確かにした。
ツィリルくんが私を迎えにきてくれるまで待ってる、って。ゆびきりまでしたのだ。だけど、でもそれって結局のところ、どういう意味なんだろう? 私はツィリルくんのことが好きだし、一緒にいられるんだったらなんだって嬉しい。でも、ツィリルくんが私のことをどう思っているのかは、私は知らない。一緒に従士をやっていた、っていう情だけで私に付き合ってくれていたのかもしれないし、「迎えに来る」っていうのだって、責任を感じてのことかもしれない。
考えれば考えるほど、深みにはまっていく気がした。もうちょっと詳しく書いてくれたらいいのに、って、薄らツィリルくんを恨んだ。
「約束」の日まで、私はなるべく普段通り過ごした。ヒルダちゃんのお兄さんには会えなかったけれど(そもそも普段から首飾りでパルミラとの戦いに備えているお兄さんとお会いしたのは、これまで片手で数えるくらいだ)お父さんにはご挨拶をさせてもらえた。辞めることになると使用人仲間に話をして、行き先を尋ねられたとき、そういえばどこに行くんだろうとちょっと困った。数秒考えてから、たぶん、ガルグ=マクだと思います、と答える私に、セイロス教の敬虔な信徒である同僚達は羨ましがった。これでガルグ=マクじゃなかったら、ちょっと居たたまれない。
そして今、ヒルダちゃんのお父さんやお世話になった使用人仲間に最後の挨拶をして、荷物を抱えた私は、ヒルダちゃんと二人、ゴネリルの屋敷の前で固唾を呑んで立っている。
そういえば、ツィリルくんに会ったのは、去年の赤狼の節が最後だったって思ったら、本当に、ほとんど一年ぶりなんだなって気がついて、急にお腹が痛くなってしまった。
「緊張する……」
「えー? 大丈夫だよー」
「大丈夫じゃないよ〜」
ヒルダちゃんに背中を摩られながら深呼吸をしていた私がツィリルくんらしき人影を屋敷に繋がる道の先で見つけたとき、私の緊張はピークに達していた。声にならない悲鳴が漏れる。ツィリルくんの表情が分かれば、もしかしたらここまでびくびく怯えなくて済んだのかもしれないけれど。
彼の目鼻立ちを捉えられるくらいの距離になったとき、ツィリルくんは私と目を合わせて、僅かにその眉尻を下げた。一年前よりも、体つきがかっしりしていた。大人びた顔で薄く笑ったツィリルくんの瞳は、今日も、太陽の色を吸った飴玉みたいに美しい。