レアさまの捜索は最終的に、王国、同盟と、フォドラのおよそ半分に及ぶことになる。
 セイロス騎士団は各地へ散らばり、地図にもないような村を訪れ、情報を集めた。王国領と同盟領をつぶさに調べていたのは、レアさまが敵の目を掻い潜ってガルグ=マクから脱出したとき、どこかに隠れるというのに帝国内を選ぶとは考えにくかったためだけど、そうでなくともセイロス聖教会と関わりのある者や、信仰を捨てられない者を次々と弾圧しているというアドラステア帝国には、ボクたちもそう簡単には侵入できなかった。
 去年の陥落の後から、ガルグ=マクは帝国によって放置されたままだと言う。しかし、だからと言って監視の目がないわけではない。手がかりを求めるために戻れば一網打尽にされてしまうことは想像に易くて、ボクたちは王国各地の教会を転々としていた。
 離散したとは言っても、セテスさんのいる場所に、騎士たちは定期的に戻って来た。季節が進む度、ボクたちは少なからず、何も進まない現状に落胆していたけれど。



「皆、諦めるな。大司教は必ず生きている!」



 セテスさんはレアさまに変わってボクたちに道を示した。王国に縁のある騎士を西へ派遣し、同盟内に地の利がある者が居れば情報収集を頼んだ。そのどれもが芳しくないのは、この半年の結果から見て分かる通りだ。
 人ひとりの捜索は、途方がない。当てがあるなら兎も角、何の手がかりもないのだ。帝国本軍の到達後、レアさまの姿を見た人が生存者の中にいなかったせいもあるんだろう。ほんの一握りだけど、騎士の中にはレアさまの生存を疑う人もでてきている。ボクはそういう人たちを、ほとんど侮蔑の目で見てしまう。
 自分の中にある感情は、濾過するまでもなく、ほとんどが怒りでしかなかった。帝国への怒り、レアさまを信じようとしない人たちへの怒り、そして、何も出来ない自分自身への怒り。いろんなものが許せなくて、じっとしていられなかった。レアさまの捜索の合間に訓練を重ねて、武器を振るった。情報収集のさなかに滞在した村を襲った盗賊団を追い払っては次の街へ移動した。獣に出くわせば射殺した。ボクは強くならなければいけなかった。二度と同じ過ちを繰り返さないために。ボクはもう、後悔をしたくなかった。レアさまを、守りたかった。
 目を閉じるボクの脳内で、黒い髪の女の子が夕焼けを背に立っている。








 フォドラは混迷のさなかにあった。ファーガスでは政変が起こっていて、レスターは親帝国派と反帝国派で分断されようとしている。ボクは難しいことは良く分からないけれど、シャミアさんは同盟について「現状は悪くないんじゃないか」と言った。意味が分からない、という顔をしたボクに、シャミアさんは顔色も変えずに言葉を重ねる。



「少なくとも、後回しにはされるだろう、という意味だ」



 シャミアさんは元々言葉少なな人で、それはボクが彼女から弓を教わっているときもそうだった。シャミアさんが一つ話したら、十とは言わないけれど、せめて三くらいは理解しないと置いて行かれる。勿論、聞けばきちんと答えてくれる人でもあったけれど、ボクには「自分の頭で考えることも大切だ」と突き放すことも多かった。期待されてるんだよ、と教えてくれたのは、シャミアさんと公私ともに仲の良いカトリーヌさんだった。



「見込みのないやつには、そもそも一も教えないだろ」



 確かに、シャミアさんはに弓を触らせることをしなかった。たった一年前のことなのに、それはまるで、遠い過去のことのようだった。
 湧き上がる感情を無視するには、他のことで埋めるのが一番手っ取り早い。改めてシャミアさんの言う「後回し」の意味を考えようと、軽く視線を落とす。帝国はガルグ=マクの陥落後、すぐに王国と同盟双方に向けて宣戦したけれど、が身を置いていたグロスタールは帝国への臣従を表明していた。同盟領内は二分されて内輪もめの状態となるものの、帝国がまず介入したのは王国の方だった。王国の政治を執り行っていた摂政が暗殺されたことに乗じて、っていうのもあったんだろう。帝国の目がそちらに向いている以上、同盟領内ではすぐに大きな問題は起きにくい。
 ボクは同盟内の動向に関しては、殊更注意していた。過敏だったと言い換えても良いかもしれない。その領内には、半年前からボク自身一度も足を運べていなかったけれど。
 とは、ガルグ=マクの城郭都市で別れて以来、一度も会っていない。
 レアさまの捜索をする傍ら、ボクは彼女の身を案じていた。グロスタールに残ったままなのか、クロードがリーガンへ連れていったか、はたまた全く別の場所にいるのか。考え得る可能性は色々あったけれど、ボクはクロードを信用している。彼だったら、約束通り、きちんとを守ってくれているはずだ。ボクの代わりに。
 そう思ったら、何だか胸のあたりが軋むような感覚を覚えたけれど、ボクはそれに見て見ぬふりをするしかない。








 ゴネリルにある教会に行ってきてほしいと頼まれたのは、ボクが飛竜を操れたためだ。ガルグ=マクが陥落してから、半年と少しが経っていた。頬を撫でる風は、あの夕の空のものよりもずっと冷たい。
 ゴネリルはフォドラの東の山脈沿いに位置していて、陸路で行こうと思えばそれなりに時間がかかってしまう。その時ボクたちが拠点としていたのはフラルダリウスの少し南にあった小さな教会で、リーガン上空から反帝国を謳う領地の空を迂回していけば、危険はさほどないだろうとのことだった。
 飛竜に乗れるのは、何もボクだけじゃない。それなのにゴネリル行きにボクを指名したっていうのは恐らく、セテスさんがボクの過去を知っていたからだ。ボクはガルグ=マクに来る前、ゴネリルの屋敷で働いていた。本当に下働きで、ヒルダはボクがそうだとは多分、認識していないと思う。ボクも彼女の顔をちゃんと見たのは、ガルグ=マクでが初めてだった。
 数年前のことだけど、土地勘はあるし、屋敷の中にはボクの顔を覚えている人も多分いる。情報収集もしやすいだろうと踏んだんだろうけど、でも、あそこでパルミラ人がウロウロしてたら悪目立ちするってことまでは、セテスさんは思いつかないみたいだった。
 正直気は進まない。ゴネリルに良い思い出なんてほとんどなかったし、ボクじゃなくたって良いと思う。でも、ボクはそれを引き受けた。



「ゴネリルにはヒルダもいるだろう。彼女なら、我々に協力してくれるはずだ」



 ヒルダだったら、の現状を知っているかもしれないと思ったのだ。言伝として、自分が無事であることも伝えてもらえるかもしれない、とも。こういうとき、字が書ければ手紙として残せたのにと思うけれど、お互い読み書きできないとなるとどうしようもない。
 そう、どうしようもないのだ、ボクは。
 ボクにだけ真実を打ち明けてくれたあの子を、ボクは遠くにやった。迎えにいくと約束することすらもできなくて、連絡の一つも取れないまま、半年が過ぎようとしている。文字通り「住む世界が違う」のに、ボクはそれでもちゃんとは断ち切れなくて、彼女の持つ解れかけた布の切れ端を離そうとしない、今も。
 ボクは彼女がどこにいるかを正確には知らないけれど、それでも何となく、クロードの傍にいるんじゃないかと思っていた。それが一番想像しやすかったのだ。そして、そうしてもらえているのなら、ボクは自分の気持ちに折り合いがつけられる気がした。クロードだったら、もう、いいか、って。レアさまのことだけを考えて、を完全にこの手から放せると思った。それがどれだけ傲慢な考えなのかも、わかっていたけれど。
 ゴネリルへと向かう準備を終えたボクは、飛竜に跨がる。
 数日後、ゴネリルの屋敷の使用人になっていたと再会するだなんて、そのときは夢にも思っていなかった。


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