ササちゃんへ。



 今、私はこの手紙を、ガルグ=マクではなく、その北東に広がるレスター諸侯同盟領で書いています。
 ガルグ=マクからそれなりに近い(と言っても、馬車で結構長い間揺られていたけれど)グロスタール領、その領都に、昨日から一人で(!)滞在してるんだ。勿論、馬車の手配とかはしてもらったんだけどね。
 領都の名前、聞いた直後はちゃんと覚えてたんだけど、時間が経つとどうしても思い出すのが難しい。ササちゃんだったら一回聞いたらちゃんと覚えてるんだろうなあ。でもこの世界の字は未だにさっぱり読めないし、気軽にそういうことを聞けるような人も、今は傍にいないから、私が思い出せるのは、もうちょっと先の話になりそう(もし奇跡的に思い出すことができたら、その時には紙の切れ端にでもメモをしておこうと思います)。
 馬車の中から見たグロスタール領は、自然が豊かで気持ち良かった。森林と川が面積のほとんどを占めているんだって。林業の盛んな地方都市とか、そういうのを想像すると分かりやすいかもしれない。
 古い工房の建ち並ぶ街並みは喧噪とは無縁で、何だかほっとした。あんまりにも騒がしい場所だったら、ちょっと怖くなっちゃってたと思うから。「とりあえずはグロスタールにでも居たらどうだ?」って提案してくれた、クロードくんに感謝。
 あまりちゃんとお話をしたことはないんだけど、金鹿の学級に所属していたローレンツくん、って男の子がグロスタール家の人で、その子も滞在を後押ししてくれた。有り難いことに宿場の手配もしてくれて、本当に頭が上がらないよ。「まとまった休暇をもらって、旅行に行くと思えば良いんじゃないの」ってツィリルくんは言ってくれたけど、なんだかね、観光とか、そういうわけにもいかないよね。



 フォドラは今、混乱しています。
 この前の手紙でも「南の方が騒がしい」みたいなことをちょっと書いたけど、アドラステア帝国、っていう大きな国が、セイロス聖教会に宣戦したんだ。教会の教えは間違ってて、それは正されなければならないんだって。宗教観の違い? なのかな? 私はそういうのは良く分からないけれど、修道院にある天井の高い大聖堂は、厳かで、いつも空気が澄んでいて、好きだった。あそこで手を組んで祈る人たちの後ろ姿が、絵画みたいで。
 帝国は、随分前から戦争の準備をしていたんだって。こっそり兵士をいっぱい集めて、軍を強化していたみたい。ついこの前まで士官学校に在籍していたエーデルガルトちゃん、っていう子は皇帝に即位して、今、大軍を率いてガルグ=マクに向かってる。近寄りがたくて、あまり話をしたことはなかったけれど、綺麗な子だった。たまに見せる笑顔が、優しかった。
 こんな風に文字にしても、嘘なんじゃないかって思ってしまう。偵察に行ったシャミアさんが、節の終わりには帝国軍がガルグ=マクに到達するだろうって教えてくれた。ガルグ=マクは籠城に向いた作りをしてはいないから、後手に回ってしまったのもあって、厳しい戦いになることが予想される、って。それを受けて、近隣の村からも、ガルグ=マクの城郭都市からも、どんどん人がいなくなった。騎士たちによって戦いの準備は進められていて、士官学校の子たちも残って戦う子がほとんどだった。彼らと同じように訓練をしていたツィリルくんも、そう。



 本当はね、私も残るつもりだったの。ササちゃんは、きっとこんな私を「馬鹿」って怒るね。
 ガルグ=マクで半年と少しの間生活をして、楽しかった。お友達もたくさんできたし、仕事だって最初は大変だったけど、ちょっとずつ色んなことができるようになって、少しは、本当に少しは、だけど、誰かの役に立てたと思う。
 それでも時間が過ぎる分だけ「きっといつか帰れる」っていう思いはすり減って、その空白を埋めるみたいに任された仕事をひたすらこなした。誰かと話して、笑って、ササちゃんとしてたみたいに、買い物に連れて行ってもらったり、お菓子を作ったりした。それはほとんど生存本能みたいなものだった。すり減った分を別のものに入れ替えて、元通りの形に成形して、自分を誤魔化した。完成したそれは、思った以上に、元のものと変わらないように見えた。
 だから、もう二度と手放したくなかったの。
 皆と最後まで一緒に居て、手伝いたかった。戦えない、そういうのに慣れていない私ができることなんかないって、薄々分かっていたけれど。
 また一人になるかもしれないってことに、耐えられそうになかった。ならいっそのこと、ガルグ=マクと心中したかった。……今思うと、全然冷静じゃないね。これじゃあ怒られたって仕方ない。



 皆はね、私に逃げろって言ってくれてた。誰にも事情を教えていなかったからね。家に帰れ、とか、そうじゃないなら親類のところに身を寄せろ、とか。それができるんだったら私は最初からガルグ=マクにはいないのに。でも、そんなの話していない私が悪いから、ずっと曖昧に濁して、のらりくらり躱していた。みんな戦いの準備で忙しそうだったから、私にばっかり構っていられなかったっていうのもあって、結局シャミアさんの言うタイムリミットの十日前までは、従士の仕事をそれまで通りにこなしてたんだ。
 でも、結局今はガルグ=マクから離れたグロスタールにいる。



 ああ、ねえ、どうしよう、気持ちを落ち着かせるために書いてるのに、全然だめかもしれない。こんなにササちゃんに直接話を聞いて貰いたいのに、無理なんだもん。すっごく電話したい。ねえ聞いてよ、って、ササちゃんが疲れて寝落ちするくらいまで付き合ってもらいたいくらいなのに、話せないんだもん。
 口でだったら勢いに任せて喋れる気がするのに、いざ文章にしようとすると、色んな感情がわっと押し寄せて、自分を保てなくなる感じがする。ちょっとお水でも飲もうかな。一旦筆を置きます。



 続きを書くのに、あれから半日寝かせたよ。もう夜です。夜のテンションで、わっと書いちゃおうと思う。



 あのね、私、ツィリルくんにだけは自分が別の世界からやって来たことを話したんだ。自分にガルグ=マクを出ても行く場所がないことを説明しようとしたら、もう事情を話すしかなかった。(頭おかしい子、って思われるかもしれない、って怖かったんだけど、「最初から変な子だって思ってた」だって。流石にちょっとショックです……)
 本当に、ツィリルくんと二人で話すまで、ガルグ=マクから避難する気なんかなかったの。でも、私の話を全部聞いたツィリルくんは、色々話した後、最後に、私に「生きてほしい」って言った。びっくりした。そんなこと言われるなんて、思ってもみなかった。
 ツィリルくんの「生きて」にね、色んな感情が籠もってるように思えた。親愛っていうか、家族に対する無償の愛みたいなもの。私の思い込みかもしれないけれど、でも、私は多分、それを一番求めていたんじゃないかなって思った。
 前に「そういうんじゃない」って書いたけど、私、いつの間にか、ツィリルくんのことが好きになってたみたい。
 頑張り屋さんなところが好き。素っ気ないけど、本当はちゃんと私のことを見てくれてるところが好き。心配性なところも、視野が広くて先のことまで考えられるところも好き。飴色のお日様みたいな目が好き。
 でもそんなの本人に言えるわけないから、ここに書いておしまいにする。迷惑な恋、っていうのが存在することを、私はちゃんと分かっているからね。
 ツィリルくんはやるべきことがあるから、それがツィリルくんの使命であって、私はそこにはきっと、これからもずっと関われないから、だから。



 私がガルグ=マクから逃げるのに、ツィリルくんはレスター諸侯同盟の次期盟主であるクロードくんに相談してくれた。身寄りも信頼できる人もいない天涯孤独の身だから、行く当てがなくて困ってる、って言い方をしたんだって。
 クロードくんもいつまでもガルグ=マクに残っている私のことを気に掛けてくれていたみたいで、あとはとんとん拍子に話が進んだ。とりあえずガルグ=マクに程近くて安全なグロスタール領にってことで、今に至る。馬車の手配とか、諸々、ギリギリだったみたい。「何事もなく俺達が帝国軍を追い払えたら、また戻ってくればいいさ」ってクロードくんに言われて、私はそれが気休めなのか、多少なりとも勝算というか、そういう可能性があってそう言ったのか、全然わからないんだけど、でも、本当にそうなれば、どんなに良いだろうって思う。
 帝国軍がガルグ=マクに到達するまでに、考え直して、引き返してくれますように。そうでなくても、騎士団や士官学校のみんなが追い払ってくれますように。そういうことを昼夜祈り続けるしかないなんて、歯痒いね。
 でも一番は、このフォドラがどんなことになったとしても、みんなが命を落とさずにいてくれますように、ってこと。
 今もガルグ=マクに残っているみんなと無事、また会えますように、って、それだけをずっと願っている。



 フォドラは春です。私がこっちの世界にやってきたとき、季節にずれがあったことを考えれば、そっちはまだ寒いかな。
 グロスタールにいる以上、私は命の心配はないと思うから、どうか安心してください。いつか本当にこの手紙がササちゃんの元に届いたらいいのに、と思いながら、今日もヒルダちゃんからもらった箱をポスト代わりにしておきます。
 ササちゃんも、どうか元気で過ごせていますように。



 より。








 孤月の節の終わりの日、圧倒的な大軍をもって、帝国軍はガルグ=マクを飲み込んだ。その日のグロスタールは良く晴れて、この世の終わりみたいな真っ赤な夕焼けが、頭上いっぱいに広がっていた。
 年が明けてすぐ、ガルグ=マクを制圧した帝国軍は、王国や同盟に向けて宣戦をすることになる。私はその意味を、すぐには理解できなかった。


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