「ええっ! 舞踏会って生徒しか出られないの?」
どうして士官学校の行事に自分も出られると考えていたのかは理解できないけれど、は星辰の節の終わりに催される舞踏会をそれはそれは楽しみにしていたらしい。
シルヴァンかクロードあたりにでも聞いたのかな。道理で最近、妙にうきうきして、隙あらば変な足捌きをしていると思った。踊りのつもりだったのか、あれ。
「あれは生徒のための行事であって騎士団の人間には関係がない」
そうシャミアさんに言われたは、目を見開いたまま「ガーン……」って漏らしている。最近は気を付けてたっぽいのに、思わず口から出ちゃった、みたいな感じで。続けて呟かれた「ショック……」っていう、あれも語だ。動揺したときに、たまに口にしている。悲しいとか、そういう意味だろう。表情が豊かなせいで、ああいうときの彼女が吐き出した言葉の意味は、何となく推測できてしまう。
余程楽しみにしていたんだろう、は尚も食い下がった。シャミアさんに訴えたって、どうしようもないってこと、わかってるだろうに。
「だ、だめなんですか……出たら……抜け道的な何かは……?」
「どうしても参加したいなら、が士官学校の生徒になるしかないな」
「ど、どうすれば生徒になれますか?」
「そうだな。ざっとこれくらいの金を用意しろ」
「……………………え? なに、その指の本数……まさか桁?」
「つまりあんたには無理だ。諦めろ」
素気ないシャミアさんの言葉に、は頭を抱えて丸くなっている。そんなことしている暇があるなら、さっさと厩舎の飼い葉を入れ替えてほしいんだけど。この後は書庫の整理と掃除もしなくちゃいけないし、忙しいのだ。
前節書庫番のトマシュさんがいなくなってしまったせいで(信じられないことに、彼はレアさまに仇成す、裏切り者だった)今まで以上に書庫の管理に手間がかかるようになってしまった。当番の生徒がいるから、書庫の棚全部、ってわけじゃないのが救い。ボクに任された貴重な文献の収まる書棚は、それと分かるよう目印がされていて、文字が読めないボクでもなんとかなったから。
「踊れないのかぁ……」
ため息交じりに吐き出された言葉に、丸くなったままの彼女を見やる。はよっぽど踊りたかったんだろうか。ボクにとっては踊りなんて、何の足しにもならない、不必要なものでしかないけど。
ゴネリルで使用人として働いていたときもそういうのはあったけれど、踊りも音楽も、貴族が楽しむものだ。まあ、舞踏会って言っても、何も踊るだけじゃないし(要するに、貴族同士の情報交換会、っていう意味でも開かれるものだから)まったく不必要ってことはないんだろうけどさ。
表面にあらわれる、煌びやかな面だけが舞踏会じゃない。だけど踊りっていうところだけに着目するなら、それの何が面白いのか、ボクには全然分からないのだ。だって、踊るだけでしょう? 舞踏会で用意される食事が楽しみ、って言う方がまだ理解できるくらい。
それに参加できないってだけでこんなに落ち込むは、もしかしたらさる貴族のお嬢様なんだろうか。と一瞬考える。だからどうしても踊りたい、とか。……いや、そんなわけないか。こんな世間知らずこの上ない女の子が社交界に出ていたら、家の恥って言われてもおかしくないし。それに、本当に貴族だったら、ガルグ=マクの入学金でいちいち驚いたりなんかしないだろう。貴族にとっては、片手じゃ足りるわけない桁の金額を出すのだって、痛くも痒くもないに違いないから。
「……ねぇ。いつまでそうしてるの。蹲ってないで、早く働いて」
ボクの言葉に、は膝を抱えたまま目線だけを向ける。
ボクのものと違って、細い、白いだけの腕。何もできなかった彼女も最近は多少力もついて、効率良く動けるようになった。五回往復しなければ済ませられなかった飼い葉の交換も、三往復で済むようになったし、丸太は持てないけれど、ボクの切った薪なら運べる。
踊りたかったのかな、そんなに。ボクはまだそんなことを考えている。だって、踊るって、男の人とでしょ? は、誰と踊るつもりだったんだろう。シルヴァンかな。クロードってこともあるか。それとも最近妙に彼女に馴れ馴れしい子爵家の男かもしれない。いずれにせよ、あんな奇妙な踊りを踊るを上手く導いてやれるだけの技量がないと、無理でしょ、皆があそこまでおかしな動きをする女の子だって、知らないんじゃない? そこまで考えて、我に返った。なんでそんなこと気にしてるんだろう、ボクは。
シャミアさんは構ってばかりもいられないとでも言うように騎士の間へと向かってしまっていて、今、この厩舎にはボクと彼女しかいなかった。星辰の節の白んだ空の下、彼女の瞳はやけに黒々としていた。それに見つめられると、たじろいでしまいそうになる瞬間がある。冷え冷えした冬の空気が、余計その黒を鮮烈に見せている気がして。
黒目がちの瞳は瞬きもなくじっとボクを捉えたままだった。それがどれくらいの沈黙だったかは、分からない。だけど、は勢いよく立ち上がった。本当に、突然。ボクが彼女の名前を改めて呼ぼうとした、その瞬間に。
びっくりして、ちょっと声をあげてしまいそうになったけれど、はそのまま手の平をボクの頭の上にかざして首を傾げている。その唇が、いつもより、近く見えた気がした。だけど、そうか。
「ツィリルくん、前よりもちょっとだけ背が伸びた!」
の双眸に映るボクは、微かに目を見開いているようにも見えた。もう舞踏会のことなんて、彼女の頭にはないらしい。踊りたかったんじゃないの? シルヴァンか、クロード、それか他の、ボクよりも大人の生徒と。「成長期かあ、そのうち追い越されちゃうかなあ」面映ゆげに目を細める彼女に、ボクはなんと答えれば良かったんだろう。
背丈が近くなって、いずれアナタを追い越したところで、だけど年齢差だけはこれから先、一生縮まらない。ボクはそれが、もしかしたら、ちょっとだけ「ショック」なのかもしれない。絶対に、口に出してあげないけど。