とは、翠雨の節、茹だるような暑さの昼下がりに出会った。
 ガルグ=マク近隣の山の中、弓の訓練も兼ねて狩りをしていたボクとシャミアさんが、一人彷徨う彼女を見つけたのだ。生き物の気配と息遣いに、最初は動物の類かと思った。射る前で良かったよね、本当に。
 口減らしのために山中に捨てられたにしては、こういう言い方はあまり良くないのかもしれないけど、は色々と使える年齢であるように思えたし、かと言って迷子ってわけでもなさそうだった。だってなんていうか、そこらの村に住んでいる女の子、っていう風には、全然見えなかったから。
 出会ったときのは士官学校の生徒たちが着ている制服と、どことなく近い服装をしていた。ひらひらした薄い下衣から出た足はほとんど棒みたいで肉付きが悪く、肌も白く、不健康そう。対して、目の色が、びっくりするくらいにきれいな黒だった。彼女は汚いものも苦労も恐怖も知らない、まっさらな、まだ水通しもされていない布のように見えた。
 どことなく浮世離れしていて、それが、青獅子の学級の担任を任されている、あの先生をボクに連想させる。大樹の節、突然ガルグ=マクにやって来て、レアさまの信頼、というか、寵愛? を一身に受けるに至った、あの人、ベレト先生。が口を開いたその瞬間、ボクのそんな考えは、弾けるみたいに消えてしまったのだけど。



「わあ、人だ!」



 そう叫んだ彼女は、先生と違って、すごく表情豊かだったから。
 シャミアさんとボクが、女の人と子供、っていう組み合わせだったのもあったのかもしれない。でも、後で考えたけど、は人を見る目っていうのが全くないから、どんな人相の、それこそ柄も性根も悪い男だったとしても、平気で「困ってるの、助けてください」って言ったに違いない。
 ボクたちにそうしたみたいに。







 あの日から、彼女はボクの隣にいる。レアさまに、そうするよう言われたのだ。
 びっくりするくらい短い下衣を脱いで、従士に相応しい地味な服を着て、ボクと一緒に色んな雑務をこなすことになった。雑巾も満足に絞れないは、役に立つどころか、ものすごく、足を引っ張っているけれど。でも、それくらいが本当は、ちょうど良かった。変にボクの仕事を奪われずに済んで。彼女の面倒を見るのも、ボクの仕事の一つだって思えたから。
 セテスさんは、だけど、ちょっとのことを疑っている風だった。出自が曖昧なのもそうだけど、彼女が時折、変な言葉を話すせいかもしれない。最近のガルグ=マクは少し嫌な空気に包まれていて、王国で叛乱があったり、レアさまの暗殺を示唆する密書が発見されたり、鎌を持った何者かが街に現われたらしいって噂があったりで、結構落ち着かなかったのだ。でも、シャミアさんがそんなを庇ってくれた。



「私にはそうは見えないが、まあ、万が一あれが教団に害を成す者だったら、拾ってきた私が悪いな。怪しい動きをしたら、責任を取って私が処分するよ」



 が聞いたらひっくり返りそうだけど、実際それでセテスさんも納得してくれたんだから、シャミアさんの言葉は正しかったんだろう。そんなやりとりが水面下で成されていたとは知りもせず、はのんきなものだった。まあ、のんきだったから、彼女はあれから何節か経った今も、シャミアさんに処分されることなく従士として働いているのだ。セテスさんの疑惑の目も、鷲獅子戦が終わる頃にはすっかり平生のものになっていた。その前節に、ガルグ=マクを騒がせた死神騎士の正体が判明したせいもあるんだろうけど。
 はすっかり、セイロス騎士団の従士としてガルグ=マクに馴染んでいた。




 




 ボクが仕事の合間にシャミアさんに弓を教えてもらっているように、にも自由にできる時間っていうのはある。たまにボクたちにくっついて、ボクが弓を射るのを見学しているときもあるけれど、大抵は大修道院内をふらふら歩いて回っていた。元々明るく、人好きのする性格だから、ボクの知らない間に顔見知りをどんどん増やしているのだ。
 は言動が変わってるから、そういう変な人間が好きなひとには結構気に入られてた。まあ、変な人間が好きなひと、なんて、クロードくらいなんだけど。あとは、女の子たち。年が同じくらいだったから、色々話が合うみたいだ。お菓子をもらったり、買い物に連れて行ってもらったりしているらしい。何でも話して聞かせてくれるから、ボクまで詳しくなっちゃった。彼女はヒルダと仲が良い。
 でも、それと同じ感覚で、ガルグ=マクを訪れた信者や商人、自称騎士にまで愛想を振りまくのはやめた方が良いと思う。この間なんか、見知らぬ男に「ちょっとそこまで一緒に出かけない?」なんて声をかけられて、ほいほい付いていこうとしていた。本当に危機感がないひとだ。







 だけど、はボクの声が聞こえると、絶対にこっちを振り向く。「なあに、ツィリルくん!」って、間延びした声を張り上げて尋ねる。「ちょっと手を借りたいんだけど」そう言うと、は、確実にボクのところに戻ってくるのだ。彼女の「役に立たなければ」っていう思いに付け込んでいる、っていうのは認めるけど、でも、そういう風に引っ張っておかないと、危なっかしくて仕方が無い。
 は男にいくつか言葉をかけると、男と別れてボクのところに駆けてきた。そういうところ、本人には言えないけど、犬みたいだと思う。



「なんでも手伝う」



 ボクより背が高いは、ボクと目を合わせようとするとき、ちょっとだけ首を傾げる。それが何だか、今は、妙にもやもやした。冬支度の準備もそろそろ終えなくてはいけない、赤狼の節の、なんてことない夕方だった。彼女の目は、今日も、吸い込まれるみたいに黒く、美しい。


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