自分じゃ全然意識してなかったけど、私って普段から横文字ばっか使って喋ってたんだなあって、ツィリルくんに訝しげな視線を向けられる度に自覚する。「なに?」って聞き返される度、申し訳なくなって、言葉に詰まる。
言葉が通じないって不便だなって思うけど、カタカナ語、っていうの? そういうんじゃなければこっちの言葉は理解してもらえるって気付いてからは、何となく、おじいちゃんとかおばあちゃんを相手にしている気持ちで話せばいいんだなって思った。いや、パンツとか通じないってなってくると、おじいちゃんおばあちゃんの方がよっぽど話しやすいんだけどね。まあ、それ以外は意思疎通が容易いってことだけで、充分でしょ。
思い知らされるのは、そういうのだけじゃなくて、なんていうか、いかに自分が楽をして生きてきたか、ってこと。勉強したくない、パパもママも鬱陶しい、って思ってたのに、いざ一人になったとき、すごく心細かった。結局人って一人じゃ生きていけないんだね。あの日、山の中をうろうろしているところをシャミアさんとツィリルくんに見つけてもらえなければ、私、多分遭難して死んじゃってたと思うし。めっちゃラッキーだったと思うことにしよう。ええと、そう、カタカナを封印して言うと、ふこうちゅうの、さいわいってやつ。
二人に連れてこられたガルグ=マクは、なんかもう、ファンタジー映画の世界みたいだった。建物はどれも背が高くて、お城みたい。馬は空を飛んで、士官学校の生徒さんたちは勉強しながらも武器や魔法(!)の扱い方なんかも学ぶ。すごいなあって見てたら、シルヴァンくんが「魔法に興味あるのか? 良かったら教えようか。俺も別に得意ってわけじゃないけど、基礎くらいなら」って言ってくれたから、仕事の合間に先生をお願いした。私でも魔法が使えるのかな、ってワクワクしたけど、でも、一分で諦めざるを得なかった。だって魔法を使うには、数学とか理科とかの知識が必要らしいのだ。なんかこう、わあっ、ばあっ、で使えると思ってた。
「…………ギブ」
複雑な図形を前にそう言った私にシルヴァンくんが「ん?」って首を傾げるから、私はちょっと考えて「だいぶ厳しいです」って言い直した。そもそも、話し言葉は通じるけど、何故か文字は全然読めないのだ。判読不能な字らしきものがずらずら並んでいるのを見ると、頭痛を通り越して吐き気がしてくる。まあ、文字が読めたところでこの複雑怪奇な数式(らしい何か)を理解できたかっていったら、絶対無理なんだけど。
借りた教科書を閉じて、記念にノート代わりにしようとしてた紙の束だけもらって帰ってきたので、以降私はそれをメモ書き代わりに使っている。日記を書いても誰にも読めないじゃん、って気がついたら、急に肩の力が抜けて、泣き言をつらつら書いてみた。チョコが食べたい。ふわふわのベッドで寝たい。パパとママに会いたい。呪詛みたいに書き続けていたら、存外気分が落ち着いた。
ガルグ=マクでの私の仕事は多岐に渡る。
お掃除、花の手入れ、書庫の整理に洗濯も。しかもそのどれもが手作業で、めちゃくちゃ時間がかかる。掃除機も洗濯機もないとか信じられないよ。ぼそっと呟いた言葉に、てきぱきと働いていたツィリルくんは「は?」って言う。私より小さいのに、ツィリルくんは力持ちだし頭もいいし勤勉だ。怒らせると怖いけど。
「何言ってるのかよくわかんないけど、ちゃんと働いて。ボクはレアさまに、アナタを任されてるんだから」
いや、怒ってなくても、ちょっと怖いかも。
私がガルグ=マクにやって来てからもう随分経つけれど――なんとかっていう節だったけど忘れちゃった。確か、雨がついてた気がするけど、雨だったらやっぱり六月? でも暑かったし、八月とかかなあ――でも私ってそもそも、役に立ってるんだろうか。一丁前にご飯だけいっぱい食べて、できることと言えばツィリルくんの半分、いや、五分の一が良いところ。面倒を見て貰ってる分、ツィリルくんが本来の能力を発揮できていないって考えたら、そもそも私なんかいないほうが良い気がする。
非力で不器用で体力も根性もないからすぐに疲れるし嫌になっちゃう。ツィリルくんは一人で丸太を抱えて歩けるくらいなのに、私なんて枝を一抱え持ったらそれでおしまい。飼い葉だって一人で運ぶのに五回は往復しなくちゃいけないんだ。はあ、ってため息を吐いたら、でも、ツィリルくんは洗濯物を干していた手を止めて、私を振り返った。
白くはためく布を背に、ツィリルくんの姿が逆光で霞む。「ねぇ」まるで見透かすみたいな目をしている男の子だ。怒られるのかと思って身を竦めたら、でも、ツィリルくんは表情そのままに、「あとでいいものあげるから、もうちょっと頑張って」って言った。
「いいもの!」
私はゲンキンで、物につられる子供だから、ツィリルくんのその言葉に急に力が湧いてきてしまうのだ。「やったあ」って立ち上がって、濡れた洗濯物を籠から取り出して、広げる。ひんやりとした風が頬を撫でるから、秋だなあって思って、それを口にして、そうしたとき、ツィリルくんが笑う気配があった。ふ、って。それが丁度、風に乗って耳に届いたのだ。
「って、単純」
もしそのときツィリルくんが洗濯物を広げてなかったら、私、ツィリルくんの笑った顔を見ることができたのかな。
ツィリルくんは私に焼菓子をくれた。この前チョコが食べたいって呻いてたのを、聞かれていたみたい。もらった焼菓子にはチョコは入ってなかったけど、栗のペーストっぽい何かが練り込んであって、すっごく美味しかった。食堂のお姉さん、良い仕事するね。
風に広がる洗濯物を眺めながら、二人で草の上に座り込んで半分こした焼菓子を頬張る。秋晴れの空が清々しい。大事に大事に食べる私に「全部食べればいいのに」ってツィリルくんは言うけれど、二人で食べるからいつもよりもっと美味しく感じるんだろう、多分。