21 馬鹿馬鹿しい



 そもそも私はただの雇われ料理人で、今ガルグ=マクで何が起きているかを詳しくは知らない。
 前節に行われた野営訓練でクロードくんや殿下、エーデルガルト様が窮地に陥ったという話も直接聞いたわけではなくて、だから、金鹿の学級の生徒さんたちが、今節の課題として、騎士団を伴い盗賊の討伐に出かけたのだということも、当日の空気とか、漏れ聞こえる会話で察したくらいだった。クロードくんは、良く声をかけてくれる割に、私にそういう話をしない。
 討伐、って、相手の命を奪うってことだ。そりゃあ私だって、盗賊の存在に脅かされる村人として生きているわけだから、そうやって討伐に乗り出してくれる騎士団の存在は有り難く思う。だけど、クロードくんたちがそこに向かうと思ってしまうと、感謝よりも不安の方が勝るのだ。彼らが怪我をしないか、ということもそうなんだけど、私よりも若い彼らがその手を汚すことに対して、言いようのない感情を覚えてしまう。そんなこと、しなくていいんじゃないのかな、って。それが立派な自家撞着だと、私はきちんと理解している。



「あ〜あ、実戦なんて羨ましいぜ! やっぱ前節の対抗戦でクロードたちが勝ったからか?」

「どうだろう。……でも、僕は実戦なんてごめんだけどね。書類整理の手伝いでもしている方がよっぽどマシだよ」

「そうかあ?」



 食堂を突っ切って教室の方へと向かう生徒さんたちの存在に気がついて、顔をあげた。
 黒鷲の学級のカスパルくんと、この前ハンネマン先生と熱心に話をしていたリンハルトくんだ。「オレもあんときの盗賊団をとっちめたかったな」と頭の後ろで腕を組んで続けるカスパルくんは、本気で悔しそうだった。そんな彼に対して、リンハルトくんは軽く首を傾げている。
 金鹿の学級以外の生徒さんたちも何らかの課題が与えられているはずだけれど、彼らはガルグ=マク内での奉仕活動をするらしい。生徒さんたちに課題が与えられている今日は、いつもより食堂が閑散としているように感じられる。たった一学級、ガルグ=マクを出ているだけだって言うのに。
 食堂を訪れる騎士の方々も話をしていたけれど、騎士団の皆さんは前節から、件の盗賊たちを追っていたらしい。あの、野営訓練中に士官学校の生徒さんたちを襲ったという一味を。それで、とうとうガルグ=マクにも程近いザナドに追い詰めたのだとか。
 お芋の皮を剥いていると、考え事も妙に捗ってしまう。それは大体、悪い方向にいってしまう類のやつだ。やめておいた方がいいと思うのに、深みにはまっていく。底のない沼みたいだ。
 盗賊の討伐が課題になる、って、まだ入学して間もない学生さんたちには大変だろう。だって、相手は本当の武器を持って、殺そうという意思でもって向かってくるのだし。でも、二百年も続いているっていう士官学校なら、さして危険はないと判断してのことなのかもしれない。金鹿の学級は他の学級よりも平民が多いとは言え、貴族の生徒さんたちだって大勢いるのだから、さすがに命に危険が及ぶようなことはさせないんじゃないか。例えば、前線ではなく後詰めの兵としての参加とか。でも、それでも怪我をしたら?
 うーん、と唸りながら考えたって、答えなんかこの食堂には落ちてない。



「いっ……」



 お芋の角度を変えるのに不用意に左手首を捻ったら、うっかり声に出してしまうくらいの痛みを覚えて、慌てて咳払いをする。料理長は司祭の男性と話し込んでいて、私の挙動をちっとも気にしていなかったから助かった。だけどどうしてこう不注意なんだろう。私がもし士官学校の生徒さんだったら、学校生活なんか続けられないくらいの大怪我を、もっと前に負っていたとしても不思議ではない。
 でも、もし本当に私が「そう」だったら、クロードくんは私に、もっと色んな話をしてくれたのかな。課題のことは勿論、日々の訓練とか、授業のこととか、今の私が触れられない色んな事を。
 そんなことを考えている自分に気がついたら、馬鹿馬鹿しくて、ちょっとだけ笑えた。








「いやぁ、先生のおかげで楽ができたよ。上出来な采配だったぜ。ありがとうな」



 ザナドとか言う谷に逃げ込んだのが、盗賊団の運の尽きだったんだろう。この前は夜間だったし、不意を突かれて面倒なことになったが、所詮は荒くれ者たちの寄せ集めだ。百戦錬磨の先生にとっては勿論、訓練を積んだ俺達の相手ではない。まあ、それもこれも先生の指示が的確だから、ってのもあるんだろうな。
 烏合の衆とは言え、死を悟った人間の足掻きっていうのは侮れない。それでも俺達が大した怪我もなく戦闘を終えることができたのは、間違いなく先生のおかげだ。大したもんだと思うよ。
 しかし賊とは言え同じ人間を殺したってのに、学級のやつらは案外けろっとしているもんだった。俺には良く分からんが、セイロス教の信者ってのは善人悪人問わずその魂が救われるとでも思ってるのかね? まあ、それだったら自分が手に掛けたことへの罪悪感も多少は薄くなるだろうし、理に適ってるんだろう。



「やっぱり長く傭兵をしていた男は違うな。これからも近くで学ばせてもらうよ」

「…………」


 先生は、俺の称賛には答えず、ただ周囲の景色を眺めている。無視を決め込んでいるというよりは、本当に俺の声が届いていないようだった。思索に耽っているというか。何かを探しているようにも見える目だ。つられて俺も、周囲の風景を視界に収める。
 赤き谷、なんていうが、別に何てことはない、山肌が剥き出しになった、荒涼とした渓谷だ。遠目には木々も見えるが、ほとんどの一帯は砂地が目立って、死んでいるみたいに寂しい。
 先生の横顔に目線を戻す。何を考えているのか、相変わらず良く分からない人だ。まださしてこの人のことを知っているわけではないが、それはそれとして、予感めいたものを覚えている。いや、予感というよりは、もっとはっきりとしたもの。
 この人は、俺の野望を叶えるために必要な駒の一つだと。


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