食事をしてイルミネーションを見に行くなんて、雑誌やテレビでも飽きるくらい特集されているような、誰だって思いつく安直なクリスマスデートだ。
 そんなんじゃなくたって本当は、もっと色んなことができたと思う。だって俺、御影コーポレーションの御曹司だぜ? 自分の資産を使って、ヘリから夜景を眺めるとか、観劇でもするとか、の好きそうな演奏会の席を取るとか、クリスマスイベントで盛り上がる遊園地に行くとか、やろうと思えば何だってできた。俺達がもうちょっと大人だったら、いっそ泊まりで旅行に出かけるってのもありだったよな。冬だし、温泉とか、そういうとこ。
 ただ俺が今としたかったのは、こういうオーソドックスでありきたりな、「普通」のデートだったのだ。
 綺麗に編み込まれたの髪は、夜風に舞っていた。ここ一帯はイルミネーションスポットとして有名な場所だったが、想像していたほど人の数は多くない。夥しいほどの光の瞬きの中で、その耳朶は僅かに赤らんでいた。光に透ける睫毛が瞬く。その瞳の中には、無数の瞬きがちらついている。



「きれーい……!」



 ほとんど無意識に吐き出したような声色だった。白くなった息が、周囲を漂っては溶けるように消えていく。後れ毛を背景に滲ませて、は俺に同意を求めでもするかのように振り返るから、答える代わりに小さく笑う。
 木々に施された電飾は、冬の夜を鮮やかに彩っていた。一際大きなもみの木の枝葉は、色鮮やかなオーナメントが飾りたてられている。そのオーナメントに球体状のものが多いのは、全体のバランスを取るためだろうか。それぞれサイズも色も違うのに、統一感が生まれていて、感心してしまう。こうしてちゃんと見ると、結構センスいいな、って。



「ツリー、大きいねえ。圧巻だー……!」

「な、大分でけえな。流石にここまでのは家には置けねえもんなあ」

「吹き抜けのあるすごーい大きなおうちじゃないと無理だねえ」



 が言い終えた直後だ。枝葉に散りばめられたオーナメントが緩やかな明滅を繰り返したのは。その中で一際小さなものが一斉に青白く点滅した瞬間、突然、空へ舞い上がるように眩いほどの光線が伸び上がった。驚いたらしいが繋いだ俺の手にぎゅうと力を込めたものだから、俺まで一瞬ぎょっとしてしまう。……一瞬だけだけどな。



「のっ……、伸びた!」

「……おー、伸びたなー」



 まじまじと観察すれば、あれは伸びたってより、オーナメントを吊していた紐状の部分を、下から上へと向けて灯りがともされたらしいって分かるけれど。は「技術だねぇ……」と感心しきったようにツリーを見上げている。その神妙な顔が面白くて、声を殺して笑ってしまった。ほんと、技術だよな。こんなに純粋に驚いてくれる人間がいるなら、開発担当者も喜ぶだろうよ。
 広場を埋め尽くすのは、夥しいほどの暖色の光だ。エリアのそこここに設置された照明機材は計算し尽くされた感覚で瞬いて、はそれにも「おわ……」だの「わぁ……」だの声をあげる。十六年生きてきてイルミネーションを見た経験がなかったわけでもないだろうに、いちいち新鮮な反応を見せてくれるから面白い。イルミネーションよりもついを目で追ってしまっているけれど、今日は、仕方ないよな。



「……さっきからなんなんだよその反応。こういうの、初めてなわけ?」



 わざとそう尋ねれば、はぱっと目を見開いてから、「ここまですごいのは初めて」と、照れくさそうに笑った。
 イルミネーションの近くを通りかかったり、車の中から眺めたことはあれど、わざわざこうして見に来るってことはなかったらしい。外よりも内を好むおばさんの影響もあるのだろう。



「すごいね。イルミネーションって生で見るとこんなに綺麗なんだね。テレビでみるよりすっごい迫力。……あ、ねえ玲王くん、あっちも見たい!」



 は空いている方の手で、大勢の人が足を止めている中央広場のあたりを指差す。「はいはい」と笑いながら頷く俺の手を半歩先から引くくらい、気が逸っているのだろう。寒さのせいか微かに赤らんだ頬の膨らみを見る。振り向いたの瞳は、星を掻き集めたような輝きを持っていて、俺まで嬉しくなってしまう。



「こういうところのイルミネーションはすごいんだねえ。うちのご近所さんとかも力入れてるところは入れてるけど、やっぱりここまで技術! 人間の叡智! みたいなのはないもん」

「あー。確かにあの辺りは何軒かあったよな、イルミネーションでピカピカしてる家」

「そうなの。一番すごいのは山際歯医者さんのとこ! あそこのおうちは毎年すごいんだよ」

「山際……。ああ、角にある歯医者の裏?」

「そうそう。あの歯医者さんの裏に先生のご一家が住んでて、門から庭まですごいの。サンタさんが毎年ベランダにぶらさがっててね。年によって増えたり減ったりするんだよ。今年は三人くらいいた」

「ふは、サンタがぶらさがってんのかよ」

「あっリアルなサイズじゃないよ! ちゃんと小さくて可愛いやつだよ。これくらいの……」

「いやわかるわ、リアルなサイズだったらこえーだろ」



 想像したのか、は数秒の間の後、手をサンタのサイズに広げたままの姿勢で「ほんとだ……」と大真面目に首肯する。それが面白くて、今度ははっきりと笑ってしまった。
 公園や美術館、ショップにカフェ、レストランの集まる一帯はどこもかしこもクリスマス一色で、恋人同士や家族連れが多く行き交っている。捜せば知り合いの一人や二人いたっておかしくなさそうではあるけれど、すれ違う人間の顔をまじまじと見るようなやつはいない。
 山際歯医者のベランダにぶらさがるサンタの大きさを伝えるために離された手をもう一度掴めば、はほんの僅かにその目を見開く。唇から漏れた「わー……」は、けれど、さっきまでイルミネーションに感激したが頻繁に口にしていたそれよりも、熱を持って柔らかい。







 その手に力を込めて、意識をこちらへ向けさせる。
 いくら今日も練習があったとは言え、行こうと思えばどこへだって行けた。二人きりの空の上でも、同年代の人間はそうそういないような劇場やホールでも。だけど、俺は今日、と普通の恋人でいたかったのだ。街の中で、こうして手を繋いで歩きたかった。
 俺より頭一個下の位置に、はいた。いつの間にか出来てしまった身長差は、広がることはあったとしても、きっともう縮まない。それが嬉しいなんて言ったら、は首を傾げるだろうけど。



「今日、とこうして一緒にいられて嬉しいわ、俺」



 ありがとな、と呟いた瞬間、握っていた手にぎゅうと力が込められた。
 滑らかで傷一つ無い手の甲は、青白い血管が浮き出て、俺のものよりもずっと小さく、繊細な作りをしていた。親指の腹で一度それを撫でてから、引き寄せる。先よりも冷たくなったそれに軽く目を伏せて唇を落としたのは、湧き上がった所有欲が抑えられなかったせいだった。でも、からしたら突然だったんだろうな。ひゅ、と息を飲んだ音がした。目と口を丸く開けたは、何が起きたのかほとんど理解できていないような顔をしていて、笑える。



「れっ…………! だ、わ、えあ」



 声にならない声をあげて、は周囲に視線を走らせる。だけど、誰が俺達を見てるって言うんだろう。いくらイルミネーションの明りが煌々と冬の夜を照らしていても、隣にいる好きなやつ以外に注意を向ける人間はそうそういない。
 それに、丁度良い具合に、すぐ目の前にある広場中央に設置された大型の半球体ディスプレイが溢れるような光線を投影した瞬間だった。周辺に予め設置されていた機材と連動していたのだろう。無数の光が、瞬くような煌めきで周囲に散らばっては消えていく。クラシカルな音楽に紛れる、大勢の人間の、微かな歓声。
 その中での口にした「あ、ありがとうは、こっちの台詞だよ」って、少し掠れた、熱っぽい声が、耳に残って離れない。
 の瞳の真ん中に、俺が映っていた。イルミネーションの光と混じり合って、それがやけにきらきらして見えた。一生、こんな風に俺を見てくれていたら、って思う。



「でも、急には、よくない……!」



 びっくりして死んじゃう。
 真っ赤な顔で、震える声で言うもんだから、妙に信憑性があった。
 死なれちゃ困るが、でも、こんなんでこれから先どうすんだよ。手にキスしただけでこんな反応されたんじゃ、こっちもどうしたもんか分からない。
 鎖骨の下あたりが疼くような感覚に、小さく笑う。の背の奥で、無数のイルミネーションが穏やかな点滅を繰り返す。その明りに滲む輪郭すらも愛おしく思えて、断りも入れずにその唇に触れるだけのキスをしたら、は今度こそびくりと肩を跳ねさせて、声にならない声をあげた。
 俺達のことなんか、誰も見ちゃいなかった。


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