クリスマスを一緒に過ごすっていうご褒美があるだけで実力以上の力を発揮するなんて、我ながら物凄く単純で現金な人間だと思う。
 だって折角のクリスマスなのに、普段と変わらない過ごし方をするのは勿体ないって思ってしまったから。――勿論、玲王くんと一緒にいられるんだったら、例え勉強会でも幸せなんだけど、でもやっぱり私だって、恋人同士らしいクリスマスを過ごしてみたかった。「恋人同士らしいクリスマス」っていうのが一体どんなものなのかは、一旦思考の端においといて。
 だけどそれで平均点を上回るだけじゃなく、目標にしていた八十点に届いたのは奇跡みたいだ。数学の先生もちょっとびっくりしていたくらいだったもん。「頑張ったな」って褒められて、テストを手渡されたときの感動は、まだ色濃く残っている。……なんて言っても、また気を抜けば転落は免れないんだけど。この単元が偶々肌に合っていただけで、関数とかになってくるとどうしてもまたマイナスからのスタートになってしまうはずだから。自分の苦手な単元は、もう大体分かっているつもりだ。
 間違えてしまった問題の確認のため、広げたテストにじっと目を落とす。右上に書かれた八十二、って数字に、けれどやっぱり舞い上がってしまいそうになる。すごい。この点数、文系の科目のテストみたい! 白宝のテストでここまで点が取れたなら、頑張った、って胸を張っても良いと思う。玲王くんにも褒めてもらえたし。
 そう、褒めてもらえたのだ。しっかりと。



「………………」



 だけど放課後のことを思い出してしまって、息が止まってしまう。顔が痛いくらいに熱くなる。網膜に焼き付いた映像が、気を抜くとありありと私の前に現われる。
 玲王くんに、頭を撫でられた。
 多分最初は、玲王くんもほとんど無意識だったんだと思う。「偉いな」って口にした直後、テストに目線を落としたまま私の頭に手を伸ばして、ぽんぽんって、子供をあやすみたいな加減で触れたから。
 それは恋人同士というよりも、その一歩手前、親愛によって生まれた動作であるようだったけれど、でも私の方は、そんな風には受け取れなかった。びっくりして、息が止まって、ひゅって喉が鳴った。それで気がついたらしい玲王くんと目が合ったとき、どうしたらいいかわからなくて「わ、わぁ……」って漏らした。それしかできなかったのだ。
 玲王くんの手は大きかった。十月の球技大会、解けそうになっていたリボンを結び直してもらったとき、あの時も私は彼に髪を触れられはしたけれど、背中を向けていたから、ああして頭上に伸びた彼の手の平を見るのは初めてだった。関節のごつごつした、大きな手。長い指は綺麗に爪が切り揃えられていた。手の平を走る血管が微かに浮き上がっていた。何度も繋いでいるはずのそれに、私はいつも以上に「性」を感じてしまった。
 指の温度も、感触も、もうはっきりとは覚えていない。それどころじゃなかったのだ。今となってはそれが、物凄く惜しいことのように思えてしまうけれど。
 一度は手を離して「悪い」と口走った玲王くんは、だけど、首を振った私の返事を受けて、もう一度その手を私の額に伸ばした。多分、最初のときよりもっと気を遣った、優しい触れ方だった気がする。ドキドキしすぎて、良く覚えていないけれど。身体中がぞくぞくして、困った。頭を撫でられるだけであんな風になるなんて、知らなかった。
 ――心臓が破裂するかと思ったのだ。



「……わぁ~……」



 ため息と一緒に、細く声を出す。
 お付き合いを始めて五ヶ月。普通の恋人同士だったら、そんなことでどぎまぎしている期間じゃないと思う。リサちゃんの話を聞いていると、特にそんな気がする。あんまり踏み込んだことを聞いているわけではないから、「そんな気がする」だけなんだけど。
 本当だったら、これから先、もっと色々進展があるんだろう。でもサッカーを頑張りたい玲王くんと、その応援をしたい私は、これくらいの速度で丁度いいのかもしれない。頬に籠もる熱を手の平で冷ましながら、もう一度息を吐いた。改めてテストを見下ろして、ぐっと唇を噛んで問題文を眺めていたら、そのうち頭が数字や文字列に支配されてくれたから、助かった。
 そうでもしないといつまでも悶々として、叫んだり呻いたり頭を抱えていなくちゃいけなかっただろうから。
 だけど結局、ベッドの中で私は今日のことを何度も何度も反芻してしまうことになる。寝返りを打ちながらクリスマスプレゼントの準備をしなければならないことに思い至って、益々眠れなくなってしまうことになるけれど。








 誕生日のプレゼント選びとクリスマスのそれが根本的に違うのは、お店に入れば「クリスマスプレゼント」として適しているであろうものが数え切れないくらいに並んでいる点だと思う。
 だけど私はどうにも迷ってしまっていた。スマホで検索すれば出てくるランキングも、眺めすぎてよく分からなくなってしまったくらいには。



「私? パスケース買ったよ。彼氏、中学から同じの使っててボロボロだったから」



 リサちゃんはお弁当を食べながら、さりげなく尋ねた私の質問に顔色一つ変えることなくそう答えた。リサちゃんの彼氏さんは同じ中学だって言っていたけれど、そういう細かいところもしっかりチェックしているんだ、って思うと尊敬の念を覚えずにはいられない。
 「なるほど~……!」と神妙な面持ちで頷く私の正面で、夏帆ちゃんが「うちのお姉ちゃんも彼氏にマフラー編んでたな」って、スマホをぽちぽちいじり出したから、思わず顔を上げた。夏帆ちゃんのお姉さんと言ったら、この間ハロウィンでお世話になったばかりだ。



「お姉さん、彼氏さんいるんだ!」

「いるよー。高校からずっと付き合ってて、その人大学は北海道の方に行ったんだけど……あ、あったあった」



 画面を示してくれるからリサちゃんと二人で覗き込めば、複雑な編み目のケーブルマフラーが鎮座していて、わあ、と声が漏れた。編み棒がなければ売り物って勘違いしてしまいそうなくらい編み目が整っていて、綺麗。使っている毛糸も良いんだろうけれど、それ以上にお姉さんの技術がズバ抜けているんだろう。流石服飾のお勉強をしているだけある。



「すごーい……おしゃれだ~……! 色も綺麗だねえ、センスの塊だ……」

「ね、やっぱ上手い人が作るとサマになるんだねえ。これは売り物だよもう」

「お姉ちゃんに伝えとく。喜ぶよ」



 夏帆ちゃんがスマホをポケットに入れるタイミングで、「マフラーといえばさ、この前雑誌に……」ってリサちゃんが話題をずらしたから、私はそれをうんうんって聞いていた。でも頭の隅っこでは、リサちゃんも夏帆ちゃんのお姉さんもすごいな、って考えて、こっそり嘆息する。自分の特技とか、相手が必要なものを考えて、ちゃんとプレゼントを選んでいるんだ。そう思うと、検索結果の並んだスマホと向き合ってうんうん唸ってる自分が随分小さな存在に思えてしまう。



「なあ御影、飯食べたら教えてほしいとこあんだけど……」

「ん? いーよ。ちょっと待ってな」



 教室の後ろの方で、仲の良い男子と一緒にご飯を食べている玲王くんをこっそり視界に入れる。
 お誕生日のときは結局思いつかなくてお父さんに頼っちゃったし(玲王くんは喜んでくれていたし、実際あのときのマグカップもいつも使ってくれているらしいけれど)、今回はどうにか自分で見つけたいな、って思っていた。でも、何が良いんだろう。玲王くんと言ったら、やっぱりサッカー? 練習のため、きちんとしたトレーナーさんたちを雇っているってこと以外あんまり詳しいことは話してくれない玲王くんの必要とするものは、あんまりぴんとこないけど。
 靴も練習用の衣類もお気に入りのメーカーを使っているだろうし、って考えたら汗を拭くためのタオルくらいしか思いつかなくて、お歳暮みたいってちょっと落ち込んだ。想像力の欠如だ。玲王くんはお財布も素敵なのを使っているし、パスケースは必要ないし、じゃあ何がいいのかなって考えると、やっぱりどうしたって難しいんだけど。
 何かヒントはないかなって、もう一度玲王くんのことを盗み見る。だけどクラスメイトの参考書を覗き込む玲王くんの伏せられた瞳にすらドキドキしてしまって、卵焼きを咀嚼しながら、こっそり胸を押さえた。小さい頃から見ているのに、いつになっても、玲王くんの格好良さに慣れる気がしなかった。


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