夏帆ちゃんのおうちでお菓子パーティをしたのは、十月最後の日曜日だった。っていうのも、ハロウィン飾りで彩られた店先で、カラフルで可愛いお菓子をいっぱい発見して、リサちゃんと夏帆ちゃんと、揃ってテンションが上がってしまったからなんだけど。
 お化けやかぼちゃを象ったロリポップチョコレートや、目玉の形をしたマシュマロ、モンスターのグミは全部原色で、クッキーは猫。普段だったら買わないお菓子も、その日ばかりは特別だった。だってハロウィンだし、って言いながら、私たちは何でもかんでも籠に突っ込んだ。
 ハロウィンパーティなんて言ったって、結局することといえば、休み時間の延長だ。私たちは夏帆ちゃんのおうちの広いリビングで、夏帆ちゃんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、おしゃべりに花を咲かせた。リサちゃんの彼氏の話、夏帆ちゃんの中学生時代の恋バナ。クラスのあの子とあの子が付き合ってるとか、そういう話。
 用意していたお菓子がちょっとだけ減って、話題が私に移りかけたその瞬間だった。夏帆ちゃんのお姉さんが、「ただいま~」って、おうちに帰ってきたのは。



「あれぇ? 夏帆、お友達?」

「うん。白宝の友達」

「お邪魔してます!」

「こんにちはあ」



 夏帆ちゃんのお姉さんは、夏帆ちゃんをもっと大人っぽくして、そこに甘い蜂蜜を足したような、可愛らしい人だった。大学生なんだって。リビングに混ざった花のような甘い香りに、ドキドキしてしまう。



「ハロウィンパーティ? いいねぇ~楽しそう」



 にこにこ笑うお姉さんは、私たちに「ごゆっくり~」って言い残して階段を上っていった。リビングの真上にあるらしいお姉さんのお部屋から、何かがたがたと物音はしていたけれど、でも、夏帆ちゃん以外の誰がその物音の理由に勘づけただろう。
 やがて階段を下りてくる足音に、眉根を寄せた夏帆ちゃんが「…………嫌な予感がする」って呟いた。だけどその理由を尋ねるよりも先に、お姉さんがもう一度リビングに顔を覗かせる方が、ずっとずっと早かったのだ。



「ねぇねぇ、折角パーティしてるんなら、これ着ない?」



 写真撮ったら可愛いよ~、と続けるお姉さんは、その両手に、何着かのハロウィン用と思しき衣装を抱えていた。








 夏帆ちゃんのお姉さんは、大学でお洋服の勉強をしているらしい。だけどそうじゃなくても、そういう衣装を見たり、作ったりするのが元々趣味だったんだって。
 「買ったのも作ったのもあるけど」って言いながら並べてくれた衣装は、どれもわくわくするくらい可愛かった。悪魔とか、魔法使いとかメイドさん、チャイナ服を弄ったようなものもあった。リサちゃんが言った「変身願望、刺激されますね~」って言葉にお姉さんは嬉しそうに笑っていたけれど、本当に、そんな感じ。非日常の、普段は触れない可愛さに、私とリサちゃんはすっかり魅了されていた。
 リサちゃんは耳のついたフードつきのケープがセットになった、黒猫がモチーフのワンピースを借りた。それがもう、小柄なリサちゃんにはとんでもなく似合って! 自分の衣装を選ぶよりも、写真を撮るので一生懸命になってしまった。カメラロールがリサちゃんでいっぱいになってしまって、後で笑われた。
 夏帆ちゃんはちょっと嫌そうにしていたけれど、私とリサちゃん、それからお姉さんに押し切られる形で、丈の長いメイドさんのお洋服を着てくれた。背の高い夏帆ちゃんに物凄く似合って、ますますスタイルが良く見えて、感動してしまった。「夏帆は絶対これだと思った~!」って笑うお姉さんは満足げで、夏帆ちゃんに物言いたげな目で見られても、痛くも痒くもないみたいだった。
 お菓子を食べて、おしゃべりするだけのつもりだったけれど、衣装まで着るともう一気に雰囲気が変わる。夏帆ちゃんのお姉ちゃんは、私たちが揃って衣装を着たのに物凄く喜んでくれた。たくさん写真を撮ってくれた。可愛い可愛いって褒めてもらえて、お菓子は美味しくて、おしゃべりも楽しくて、時間はあっという間に過ぎていった。最初は嫌がっていた夏帆ちゃんも、最後は随分表情も和らいでいた。
 夕方、お暇して、駅まで向かう道すがら、夢みたいな時間だったねえって、リサちゃんとお話した。あんな風に可愛い衣装を着させてもらえて、写真にも残せて、物凄く楽しかった。ぽわぽわした頭で電車に乗ったせいで、リサちゃんと別れた後、乗り過ごしそうになってちょっと焦ったけれど、そういうのも、後で全部、良い思い出になるんだろうな、多分。








「でねー、これがお姉さんから借りたお洋服なの」

「へえ~、すごいねえ。本格的~」



 夕食後、ダイニングテーブルでお茶を飲みながら、今日の写真をお母さんに見せる。
 猫耳のフードを被ってピースを作るリサちゃんに、ちょっと困ったように笑うメイド服の夏帆ちゃん。三人で映った写真は、お姉さんが撮ってくれたものだ。テーブルの周りにはオレンジや紫をベースにしたお菓子が溢れていて、ハロウィンらしい写真ばっかりだった。



「すっごい楽しかった~! 夏帆ちゃんのお姉さんねえ、すごいんだよ。私の顔見て、『これが似合うんじゃないかなあ』って衣装を選んでくれたの。夏帆ちゃんたちにも可愛い~って褒めてもらえたし、嬉しかった~! お菓子も紅茶も美味しかったし、来年もやりたいね~ってお話したんだあ」

「うん、すごいねえ最近の子は……。皆素敵ねえ。……あ、この写真の可愛い。これ、お母さんにも送って」

「うんっ! あ、でも人に送らないでね、お父さんにも、玲王くんのお母さんにもだめだからね……! 個人でお楽しみください、だからね!」

「送らないよお」

「絶対だからね!」



 お母さんからスマホを受け取って、送ってほしいと言われた写真を確認する。ソファに座った私が一人、斜め向かいのソファに向かって両手でピースをしているだけのものだ。これは確か、リサちゃんが撮ってくれて、「このちゃんすごい可愛い」って送ってくれた写真。よっぽど楽しかったのか、満面の笑みすぎてちょっと恥ずかしいけど、リサちゃんとお母さんが可愛いって言うんだから、自信を持とう。
 メッセージアプリを起動して、お母さんの言っていた写真を添付する。送信をタップして、きちんと既読になったのを見届けて、それからスマホを置いた。



「ねえ、写真来ないよ」



 向かいに座ったお母さんにそう言われるなんて、つゆほども思わずに。








「…………」



 十月最後の日曜、夜。
 スマホを開いていたのは偶々だ。サッカーコートに向かう車内でニュースに目を通していたとき、ぱっと通知が浮かんだのだ。だからもしもあと十五分やそこら時間が前後していたら、俺は送られて来たその写真に気がつかなかったと思う。
 送り主は、だった。
 写真に映っていたのも、だ。の家のものじゃないソファに座って、顔の横に両手でピースをして満面の笑みを浮かべている。着ているのは、だけどどう見たって私服じゃない。紫と黒が基調になった、肩の空いたワンピース。レースやフリルがふんだんにあしらわれたそれはパニエの形に沿って裾が膨らんでいて、太股の辺りで広がっている。黒い三角帽子を被っていなければ、丈の短いドレスにも見えただろう。だが、その帽子があるだけで、与えるイメージは大きく変わっていた。
 魔女のコス?
 軽く操作をしてからトーク画面に戻ると、しかし今の写真が消えている。それで、思わず笑った。誤爆したのかよ、って。間髪入れずに届いたのは、「なんでもないです」のメッセージだ。どう考えたって、なんでもなくない。
 「見た?」って続いたそれに笑いを噛み殺しながら、「何で消すんだよ」と返す。返事はすぐに返ってこず、仕方なく、「がメッセージの送信を取り消しました」の文面を、指の腹で撫でた。
 時期を考えれば、ハロウィンか。今日はお菓子を持って友達の家に行くって言っていたから(いつもつるんでいるあの二人だ)、ハロウィンパーティでもしたんだろう。それで、どういう流れでかコスをした。その写真を友達かおばさんかに送ろうとして、間違って俺に送ってしまった――って考えるのが自然か。次の瞬間届いた「お母さんと間違えました」という、余計なものを削ぎ落として冷静を装った、想像通りの文面に、小さく笑う。
 きっと今、スマホを握りしめて、顔を真っ赤にしてるんだろうな。手汗をびっしょりかいて、どうしようどうしようって焦ってるんだろうって、簡単に想像がつく。
 意地悪がしたくなって、さっき保存したばかりの写真をに送信し返した。魔女の衣装を着て、楽しそうに笑っている、こんなん見た瞬間保存するって、想像できねえのかな。
 魔女のコスをしたは、正直めちゃくちゃ可愛かった。ぐっと来たのだ。こんな感想、に直接は言えねえけど。
 でもこれ、超似合ってんじゃん。
 そう添えて送ったメッセージには、ほとんど間も置かずに「ぎゃめて」と返事が来た。ぎゃ、なのか、やめて、なのか、どっちだよ。「なんで保存したの!」って、メッセージには、返事はしない。目的地に着いて、車が停車したのが分かったからだ。――まあ、そうじゃなくてもわざと返事はしなかったかもしれないけどな。



「玲王坊ちゃま、到着致しました」

「ん、ありがとばぁや」



 車から降りれば、ひんやりとした秋の空気が肺を満たす。スマホをポケットに突っ込んで、軽く首を捻る。今日のトレーニングが終わったら、もう一回、にメッセージを送ろう。他の写真はねえの、もっと見たいんだけどって強請れば、のことだ。最終的に満更でもなくなって、他の写真も送ってくれるに違いない。なんせ俺の特技は人心掌握。あいつを思うとおりに動かすなんて、片手でもできる。
 煌々と灯りを灯すコートへと足を向ける。頭を切り替えなきゃいけないってのに、脳裏にどうしてもさっきの、まあまあ破壊力のあるの姿がちらついて、仕方ないから、下を向いて、小さく笑った。


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