「今日の試合、すごかったね……! ほんとにほんとにすごかった……! 近くで見れて、よかったぁ……!」



 もう半日が経ったっていうのに、昼間の興奮はまだ冷めやらないらしい。
 スマホの向こうで、は噛みしめるように口にする。今日の球技大会、がギャラリーから観ていた男子バスケの準決勝と決勝、その結末を。



「まさか本当に優勝しちゃうなんて……。私のせいであんな……あんな激戦区のブロックだったのに……」



 はいつまでも気にしているが、こっちから言わせてもらえりゃあ、あのブロックにいたおかげで優勝できたんじゃないか、って思っているところもある。っていうのも、優勝候補だった三年のクラスとは二回戦の段階で当たっていたからだ。もしもお互い順当に勝ち上がって決勝で対戦していたら、あっちは一年とは言えうちのクラスを警戒して、最初から手を抜かずに全力でぶつかってきていただろう。実際一番しんどかったのは、あの試合だったしな。向こうが侮ってくれていたおかげで、前半どうにか作ったリードを死守できたようなもんだ。引退直後のバスケ部三年がごろごろいたチームってのは、やっぱり真正面からぶつかるにはキツい。
 ――そう考えると、のくじ運の悪さっていうのも、最終的に良い方に働くこともあるのかもしれないな。はそういうところは、全く気がついていなそうだけど。



「だぁから、最初から大丈夫って言ってただろ? 信じてなかったのかよ?」

「う……。は、半分くらいは私が落ち込まないように気遣ってくれてるんだって思ってた……」

「はは、素直か」



 時計は、二十二時を回ったところだった。
 今日は球技大会が終わった後簡単な表彰式を済ませて、それからいつも通り、借りているコートでサッカーの基礎練習をみっちりしてきた。バスケの疲労で動きが悪くなるかもなと心配はしていたが、普段通り、いや、なんならそれ以上に上手くボールを扱えたと思う。コーチの木曽さんからも、ダメ出しされることはなかったしな。多分、球技大会の集中が上手い具合に持続していたんだろう。
 家に戻って夕食を摂った後のこの時間は、いつもなら戦術の勉強をしているが、俺に指導をしてくれている元イタリア代表の監督であるバスティコ氏にどうしても外せない用事ができたらしい。予定されていたオンラインでの講義がなくなって、時間が空いてしまった。そういうタイミングでから「今日はお疲れさまでした。バスケすごかったね。かっこよかった! おやすみなさい!」なんてメッセージが来たものだから、つい電話をかけてしまったのだ。もしそのメッセージ通り、が今から寝るところだったにしても、「おやすみ」くらいは直接言いたくて。
 数回のコール音の後、「えー! こんばんは! びっくりした、電話、大丈夫なの?」と喜びの隠しきれない声で電話に出たは、寝るどころか、昼間と変わらないくらいに弾んだ声をしていたけれど。(「玲王くんから?」と、おばさんの声が聞こえたから、多分リビングにいたんだろう。「れ、玲王くんごめん、ちょっと待ってね」と俺に一声かけると、はおばさんに「電話するから、お部屋に行く!」って伝えて、ぱたぱたと足音を立てながら部屋に向かったようだった。そういうとき、が見ているであろう室内の光景がまざまざと目に浮かぶのは、俺がの幼馴染みだからだ。間違いなく。)
 そして今、は自分の部屋の、恐らくベッドの上で、俺の電話を受けている。が身動ぎをする度、何か軋めくような音が、微かに響いている。



「玲王くん、ダンクできるんだね……! スティール? もいっぱいしててすごかった……! 宮前くんもスリーポイントいっぱい決めてたし、梶原くんも足すっごい速かった……。皆ほんとにすごかった……。かっこよかった……! 私、試合中じゃなくてもバスケのゴール決めたことないから、あんなにいっぱい邪魔されてもポンポンボールを入れられるの、感動しちゃった。しかも相手はずーっと三年生だったのに!」



 よっぽど感動したんだろう。はいつになくおしゃべりで、言葉がなかなか途切れなかった。球技大会が終わった後、二人になれるタイミングが一切なくて、話ができなかったせいもあるのかもしれない。溜め込んでいたものを一気に解放するその声は、一際明るい。



「リバウンドとかも、すごいね……! 玲王くんもだけど、皆背が高いから、零れたボールも余裕で取れちゃうんだね。試合中聞こえてたかもしれないけど、すごかったんだよ。ギャラリーの方。玲王くんが得点する度に皆きゃーって! でも最後は誰が得点入れても、すごい歓声だった。皆かっこよかったもんねえ……!」

「そ?……なら、良かったわ」



 まあ、でもの言う「格好良い」は、他の連中じゃなく、俺にだけ向けてほしいけどな。
 そんなこと口にしたらめちゃくちゃダセェから、実際言葉にはしないけれど。
 俺の腹の底に気がつかないは、「へへ」と笑う。座り直したのか、スプリングが軋む音を、スマホが拾った。「玲王くん、かっこよくて、びっくりして、ちょっと泣いちゃった」その時、ほとんど独りごちるように呟かれたその言葉を、本当は、はっきりと聞かせてほしかった。
 追求しようか迷って、口を開きかけた瞬間、けれど俺の言葉はの声に遮られる。



「本当は、最初ね、これ全部打ってたの。スマホで。でも、玲王くんサッカーの練習もして疲れてるだろうし、そんな中で私の長文読まされるの苦痛すぎるだろうな……って思って、全部消してさっきの送ったんだ。だから、口で伝えられて良かったぁ……」

「……はぁ、相変わらず変な気遣いするよな、お前。疲れてようが長文だろうが、それくらい読むっつーの」

「ええ、ほんとにぃ……? すっごい長文だよ。スクロールいっぱいしなくちゃいけないんだよ」

「じゃあお前、俺から長文来たら読まねえの?」

「玲王くんから?…………何が書いてあるのかドキドキビクビクはしちゃうと思うけど……読むよ、絶対読む……!」

「はは、だろ? 俺もそうだっつの」



 ――だから気にしないで、何でも送れよ。
 胸に籠もった熱を紛らわすよう、目を伏せながら口にすると、はスマホの向こうで、ぐっと唇を噛むように黙った。幾らかの沈黙の後、細く長い息を吐かれる。「うん……! うん、そうする……!」感極まったような、水分を微かに含んだ声に、思わず笑った。
 一年、秋の球技大会。文化祭と比べりゃあ、さして学級委員の出番はなかったか。でも、こうしてと共通の思い出が増えていくのは、悪いもんじゃないな。
 指の腹に、昼のリボンの感触がまだ残っているような気がした。の輪郭を滲ませる、和らいだ光線も。煽る目も。網膜に鮮明に焼き付いていた。それが俺には、どうにも面映ゆかった。


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