白宝高校には、体育館が二つある。
バスケのコートを二つ作っても充分に余裕があって、二階部分をギャラリーがぐるりと取り囲む広々した第一体育館と、それよりも一回り小さいものの、球技をするには充分な広さを持つ第二体育館だ。この二つの体育館同士は一階と二階、それぞれ二本の廊下で結ばれていて行き来も易く、第二体育館は、普段はダンス部が練習に使うホールが隣接している。
今回球技大会で使われるのは、第一体育館と第二体育館、そこに隣接するホール、それから第一体育館を出て目の前にある、グラウンド脇のテニスコートだった。バレーは第二体育館、バスケは第一体育館が割り当てられることになっていて、各一面ずつでそれぞれ男女別に試合が進められることになっている。卓球はホールで、テニスだけが外だ。審判はそれぞれの部活に入っている生徒が引き受けてくれていて、学級委員は当日、さして大きな仕事があるわけではない。
第二体育館を出てすぐの通路で、既に始まっている試合の邪魔にならないように小さくなりながら、全生徒に配られた組み合わせ表の、蛍光ペンでチェックされた自分のクラスをじっと見つめていると、「スムーズに終わったら、男子のバスケ見に行けそうだねえ」って、リサちゃんに隣から覗き込まれた。
「うん! ものすご〜く長引かなければ、大丈夫じゃないかな? 長くても三セットだし」
「ね。五セットもやるのって決勝だけだもんね」
体育館からは、ボールが跳ねる音とか、歓声とか、掛け声で溢れている。男子の声が特に大きく響いているのは、すぐそこの入り口側で男子の試合が行われているせいだ。私たちの試合は緑のネットを挟んで奥、今やっている三年生同士の試合の後に始まることになっている。
クラスTシャツ(文化祭のときと違って、ただ胸元にクラスが書かれただけのシンプルなものだ。色は多数決で、水色)の上にジャージを羽織ったリサちゃんの長い髪は、今日はTシャツと同色のリボンと一緒に編み込まれていて、物凄く可愛い。(このリボンは昨日、皆瀬さんたちのグループが「女子全員でお揃いのリボンをつけて士気をあげよう!」ってクラスの女子に配ったもので、私もさっき、リサちゃんと似たような形で編み込んで貰った。普段の五割増しで可愛く見える気がして、テンションも上がる。)
しかもこのリボンは、可愛いだけじゃなくって、人混みに紛れていてもうちのクラスの女の子だって分かるから物凄く便利だった。実際、リボンを目印に新藤さんたちも混雑する体育館前で私たちを見つけてくれたらしい。「あ、いたいた」って、手を振ってこちらに駆け寄る新藤さんに、私も手を振り返す。
「ドキドキするねぇ! テニスは男子も女子も勝ってたし、私たちも頑張ろうね……!」
「ね。試合するとこ、先輩じゃなくてラッキーだしねえ」
「ほんとほんと。くじだったんでしょ? バレーだけじゃなくって、他の競技もいいとこ引いたよね〜」
「男子バスケくらい? 大変そうなのって」
「あー確かに。男子バスケだけやたら可哀想だったけど、それ以外は比較的良いとこ入ってるよねえ」
「……………………」
私の持っている対戦表を覗き込みながら話す皆に、居たたまれなくて視線を逸らす。
男子バスケのブロックがやばい、って言うのは対戦表が出てから教室内で散々話題になっていたけれど、有り難いことに、バスケに出る男子達は皆、ケロっとしていた。「負けるつもりないし、どこと当たっても一緒だろ」っていう彼らの言葉に私がどれだけ救われたか、きっと皆は知らない。玲王くんだけが、私の方をちらっと見て、「ほらな」って顔で笑ってくれていたけれど。
今も物凄く申し訳ない気分になってしまったとは言え、「実は私が原因なんです」なんて罪を告白したところできっと皆も反応に困ってしまうだろうから、ぐっと唇を引き結ぶ。それでも夏帆ちゃんは何となく察したみたいで、「まあでも、うちの男子バスケ強いみたいだし、大丈夫じゃない?」って、私の背中をぽんぽん叩きながら言ってくれるものだから、ちょっと泣けた。
「そろそろ試合終わりそうかな? コートの方、行っておく?」
新藤さんの声に頷きかけたその時、体育館の中からわあって歓声が聞こえて、意識を引っ張られた。どうやら目の前でサービスエースが決まったらしい。男子のコートでは一年生と三年生の試合が行われていて、ほとんど反射で、「じゃあ三年生が勝ってるのかな?」って思ったのだけれど、得点ボードを見るに、勝っているのは一年生のクラスらしかった。しかも、結構な大差がついている。
三年生に王手をかけているなんて、すごい。もしかしてバレー部中心のチームなのかな。応援の生徒たちの後ろで背伸びをしながら、コートの様子を窺った。一年生側のコートにいた物凄く背の高い(それこそ、玲王くんよりも大きいように思える)男の子が、相手からサーブが来るっていうのに、腰を落とすこともせずに突っ立っているのが見えて、ちょっとびっくりした。あんなんで、ちゃんとレシーブできるのかな、って思ったけれど、その男の子は飛んできたサーブにしっかり反応してボールを拾っていて、二重で驚いてしまった。
けれどその後一年生チームの打ったスパイクは三年生に拾われて、逆に向こうのチャンスボールになってしまう。ネットの向こうで弧を描く綺麗なトスを、三年生は真っ直ぐ打ち抜く。棒立ちの、背の高い男の子の隣にいた男子がそれにどうにか食らいつくけれど、ボールは無情にも弾かれて、コートの外へと飛んでいった。女子のものよりもずっと重たいスパイクに、心の中で、わあ、と思う。あんなの腕に当たったら、内出血どころじゃすまないかも。
「――あ、女子の試合終わったみたい。いこ!」
不意に新藤さんに声をかけられて、身体がびくりと跳ねた。返事をして、男子の試合が途切れている隙に、応援の生徒の隙間を縫って、体育館の壁に沿うように向こうのコートへと小走りで駆けていく。
「おい、今のはカバー間に合うだろ! ちゃんと最後まで追えよ、凪!」
歓声の中、なじるような声が聞こえて、思わずコートに目線をやった。
言われたのは私じゃないのに、胸がぎゅっとなってしまった。間に、合ったのかな、今の。だってすごい勢いで外にいっちゃったし、無理だったんじゃないかな、いくらなんでも。
凪と呼ばれたあの一際背の高い男の子は、苛立つようなクラスメイトの言葉に、全く気にしていないように小さく首を傾げて、コートの中で、ただつまらなそうに立っているだけだった。
その眠たそうな横顔が、どうしてか、目に焼き付いていた。次のサーブを、彼はやっぱり棒立ちのまま、それでも綺麗な弧を描かせてセッターにあげていたから、上手だなって思った。
「試合、見に行くわ」って、玲王くんは昨日の電話で私に言ってくれたけれど、本当はあんまり見に来てほしくない。
私は六人の中でいっとう下手くそだし、サーブだってアンダーだ。スパイクはタイミングが全然合わないから、新藤さんか夏帆ちゃんに全部任せちゃっている。だからめちゃくちゃ格好悪いけれど、「下手くそすぎて幻滅されちゃうかも……」と、予防線だけは張っておいた。なのに玲王くんは笑って、「今更幻滅なんかするかよ」って言うのだ。それはそれで、プレッシャーがすごいんだけど。
試合が始まる直前、心臓がバクバクして、手汗が酷くて、コートの中に入るときも、ドキドキした。体育でも、練習でもやっていることだったのに、周りに人がたくさんいて、第一体育館よりもずっと幅の狭いキャットウォークから、「がんばれ〜!」って応援の声が聞こえてくるだけですっかり萎縮してしまう。その中に玲王くんもいるかもしれない、って思うと、意識が遠のいて、そのまま倒れてしまいそうだった。ネットを挟んで反対側にいるのが、お馴染みの、隣のクラスの子たちだったとしても。
試合開始のホイッスルを、主審を務めるバレー部の先輩が吹く。サーブ権は向こうのチームだ。練習で言われていた通り、足を肩幅くらいに広げて、腰を少しだけ落とした。さっきの男の子、凪くん、って言ったっけ。棒立ちから難なくボールを拾うあの男の子は、きっと、運動神経っていうか、反射神経がすごいんだろうなあ、って、頭の端っこで思った。
だってこんなにちゃんと構えていたのに、私、サーブに反応できてないんだもん。
サーブは、ネットすれすれでこちらのコートに飛んできた。物凄く綺麗な打球だったし、球速も鋭かったけれど、一歩も動けないってどうなんだろう。無情にも私の二歩先に落ちたボールに青ざめる。「ご、ごめんなさい……!」と謝る私に、「ドンマイドンマイ」「次は取れるよ〜」って笑いながら声をかけてくれる皆は物凄く優しかったけれど、申し訳なさ過ぎて、本当に、ちょっとでもいいから、新藤さんとか、玲王くんとか、さっきの凪くんみたいな運動神経があったらいいのになって、試合の真っ只中だっていうのに、思わずにはいられなかった。