「ひえっ…………!」



 の悲鳴は、ざわつく第二会議室の中にいても真っ直ぐ耳に入ってきた。
 開いた紙を手に、は縋るように、訴えかけるように俺を振り向く。それだけで大抵のことは察せてしまって、思わず息だけで笑った。絶対あれ、後で謝ってくるんだろうな。賭けても良い。別に気にしなくたって良いのに。
 チェックをしていた三年の先輩に促され、手にしていたそれを渡すの顔は、会議室の後方から見たって分かりやすく青ざめていて、俺はのそういう顔に出やすいところが、やっぱいいな、って思ってしまう。
 各クラスの学級委員が集まる会議室は、騒がしくはなくとも細やかな熱気に満ちていて、それが妙に心地よかった。この空気が、俺は結構好きだった。








 後期学級委員の初めての会議内容は、よりによってくじ引きだった。
 来週開かれる球技大会のトーナメント表を、この段階で作成しておくためだ。種目は男女共にバスケ、バレー、それから卓球とソフトテニス。それらの試合の組み合わせは全て、今日ここに集められたクラスの代表、即ち学級委員の運により左右されることになる。
 くじ引きと聞いた瞬間、隣に座っていたは思いきり背筋を伸ばし、俺の方をちらりと見た。パンパンに膨れ上がったペンケース(なんであんなに物が入っているのか、いつも不思議に思ってしまう)から徐ろにメモ帳を取り出して、はそこに何かを書き付ける。俺の座る方にそっと寄せられたそれに目を落とせば、その丸い、女子っぽい字が「くじ引きだって!」と訴えるから、つい堪えきれず笑った。いや、今一緒に聞いてたわ。
 のシャーペンは、尚も動く。



「私たちくじ運あんまりよくないのに、どうしよう。責任重大だね……」



 私たち、ね。
 耳では説明を聞きながら、目ではの字を追いながら、転がっていたシャーペンを握って、の文字の下に「どーしよーな?」って書き足す。二人の字がこんな風に並ぶのは何だか新鮮なことのように思えるが、はそれを見て、困ったように眉根を寄せ、目を伏せていた。瞬きの度に揺れる睫毛の先を見る。が困ってんの見るの、結構好きなんだよなって、まあまあ性格の悪いことを思いながら。
 別に俺は、くじ運は決して悪くない。
 は今も勘違いしているのだ。俺が四月に学級委員になったのが、くじ運の悪さによるものだって。
 あの時は単に、仕切るのに不慣れそうなが学級委員をやるっていうのをフォローしようと思っただけだ。当たりを引いたやつと交換したなんて、わざわざ口にはしなかった。だけどその結果俺とは「こういう形」に収まったんだろうし、あの時の判断は悪くなかったんだろう。今でもそう思う。



「では男子のバスケから。どちらでも良いので、各クラスから一人ずつくじを引きにきてください」



 司会進行を務める三年生がそう口にしたのをうけて、ちらほらと席を立ち始める他の学級委員たちの会話に紛れるように、が俺の顔を見た。「どっちもくじ運がない以上、とりあえず二人で半分こにしませんか……!」って、神妙に頷きながら。



「――半分?」

「うん、半分……! 私は女子のやつを引くので、玲王くんは男子の競技を引く、ってのはどうかな……?」

「…………あー」



 まあ、「揃ってくじ運が終わってる」っていうなら、そうなるだろうなって提案だ。――でもなぁ、それだと多分、女子ばっかが優勝候補の三年生クラスと初戦でぶつかることになるんじゃねえの? 俺はのくじ運の悪さを幼少期から見ているし、話にだって聞いているから、そうやってくじを引いた結果、どうなるかくらいは何となく読める。
 絶対後で気落ちすんだろ、それ。



「……いや、とりあえず今はが引いて来いよ」

「えっ? 今? 男子のバスケのくじだよ?」

「そう、とりあえず引いて来いって。何引いても良いから」

「でも……でも、バスケは玲王くんが出るんだし、自分で引いた方が……」

「だからだよ。いーから行けって」

「え、ええ〜……!」

「そこの一年生、早く来て」

「は、はいっ! 今行きます!」



 びくりと肩を震わせたは、座ったままてこでも動かない俺の顔をじっと見ると、「じゃあ、せめて二年生と当たるくらいのところ引くよう頑張ってくるね……!」って、会議室前方の人混みに向かって行った。せめて二年生、ってところが、己の運のなさを弁えてるんだか、そうじゃないんだか。笑いそうになったけれど「おー、行ってこい行ってこい」って緩く手を振った。
 そっと振り返ったは、握りこぶしを作ったまま、俺に手を振り返した。








 それでまあ、今に至るわけだが。



「ご、ごめんなさい玲王くん……! 三年生ばっかりのブロックだった……ちょっと見せてもらってきたけど、見渡すかぎり三年生だった……!」

「はは。見渡す限りって」

「いやほんとに見渡す限りだよ……! 後でトーナメント表見たら分かると思う……ごめんなさい……!」



 やっぱ持ってんな。。多分、一回戦から当然相手が三年のクラスで、万が一順当に勝ち上がってもその後当たる相手はやっぱり三年、って状況なんだろう。項垂れるに笑いを堪えながら、「いーって、気にすんな」と緩く首を振る。
 は分かっていないだろうけれど、うちのクラスでバスケに出場する男子は経験者ばかりだ。体格も良いやつが揃っているし、相手が三年だろうと大差をつけて負けることなんかないだろう。実際、昼休みのコート練のときに相手してもらった三年生のクラスには僅差とは言え勝っている。俺もバスケは別に苦手じゃあないしな。だから全然、どこと当たったって良かったんだ。



「――では次は女子のバスケの組み合わせに移ります」



 座ったばかりのの肩がびくりと震える。その瞳が縋るように俺を見るから、本当は、声をあげて笑いそうだった。もっと言うんだったら、さっきの廊下でみたいにその頭に触れたかったくらいだ。
 バレる、バレない以前に、こんな人前で触る気なんかないけどさ。
 「」と名前を呼べば、はゆっくりと瞬きをした。俺の吐き出す言葉を、一つも聞き漏らすまいとでもするかのように、緩く唇を噛んでいた。



「あとのくじ全部俺が引くから、座ってろよ」

「えっ」



 でも、流石にこれは予想外だったのかもな。
 なんで、っての声には、あえて返事をしない。立ち上がって会議室の前方に向かえば、名前の知らない女の先輩から「あ、御影くんだ〜」と声をかけられて、「どうも」って曖昧に笑った。俺の死角で、は多分、現在進行形で「なんで?」って思ってんだろうな。くじ運が悪いなら、お互い痛み分けじゃあないけれど、二人で平等に引くべきだ、って考えていたみたいだったし。
 俺だってくじに関しては自信があるわけじゃあない。勿論同等に悪い、なんてことはないけどさ、かと言って初戦で三年と当たらないように残りの競技のくじを全て引ききるなんて、確率から考えたって流石に難しいだろう。まあでも、が後で負い目に感じて引き摺るくらいだったら(そんで実際、ほとんどの競技でモロにくじ運の悪さの影響を受けて初戦敗退が相次ぐくらいだったら)、俺が引いた方がマシだろ。どう考えたって。
 男子バスケだけに引いて貰ったのは、例えそれでがとんでもない運の悪さを発揮したところで実力で覆せる可能性が高いのがそこだった、ってだけの話だ。の性格を考えても、全部俺に押し付けるのはよしとしないって分かっていたから。消去法ってやつだな。
 適当に作られた列に混ざり、箱からくじを引く。それを開く前にの方を振り向けば、祈るように手を組んでいるがいた。たかが球技大会一つで、大袈裟なやつ。残りのくじの間も全部そうして祈ってるつもりかよ。開きながら、喉の奥で笑う。



「ねえねえ、御影くんってどの競技に出るの?」



 さっき俺に声をかけてきた二年生に、「あー……バスケですね」って簡単に答えながら、くじを開いた。半年前にもこうして折りたたまれた紙片を開いたのを、その時にの悲鳴を聞いたのを、こんなときに思い出している。ありありと、眼前に描くように。


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