私が学級委員を続けることになった、っていう話に関しては、皆瀬さんから報告を受けた先生が、翌日の朝礼で皆に話をしてくれた。



「折角立候補してもらったんだが、皆瀬は家庭の事情で学級委員の仕事をするのが難しいそうだ。それで御影同様、後期の学級委員は引き続きに引き受けてもらうことになったから――」



 席に座ったまま、クラス中の視線を集めてしまったのには落ち着かなかったけれど、どうもどうも、って誰にともなくペコペコしていたら、前の方の席から振り返った皆瀬さんが両手を合わせて「ごめんね」って謝るみたいな仕草をしてくれていることに気がついた。それで、慌てて首を振る。だって謝られることなんか、一個もないのだ、本当に。
 昨日の放課後にあった私と皆瀬さんとのやりとりは、先生から説明がなくても、なんとなくクラス全体に伝わっていたみたいだ。皆瀬さんの多忙さと、学級委員の仕事の煩雑さ。それは既に皆の知るところだったらしく、変に疑問の声があがるようなことは、一つもなかった。代わりの立候補者が出ることだって。大多数の人にとって、「玲王くんと一緒」というのと「学級委員を引き受けることで生じる損失」というのとでは、天秤にかけてもやや後者の方が重いらしい。――まあそれは、私の容量の悪さを知らない皆が、私の様子だけを見て「大変そう」って判断していることに原因があるのかもしれないけれど。



「学級委員、またやらなくちゃなんて大変だねぇさん。平気なの?」



 隣の席の霧島さんにこっそり声をかけられて、「うん、平気だよ。私、部活とかもしてないし、放課後は時間があるから!」と笑う。霧島さんの方に目線を向けるとどうしても視界に入ってしまう玲王くんのことは、意識的に焦点を合わせないようにしていたけれど、多分、口元を隠して、ちょっとだけ笑っていたんじゃないかな。なんとなくだけど、そう思う。
 その直後、お調子者の男子生徒が「お二人さん、後期もよろしく〜」って手を叩いたのをうけて、教室に拍手の音が響き渡って、びっくりした。でも、それは嫌な所在なさではなかったのだ。クラスの皆には悪意も敵意も、微塵もなかった。その優しい響きにどうしたらいいか分からなくて、笑う。
 温かくて、居心地が良いクラスだった。まだまだ先の話だけど、あと半年で終わってしまうのが、今から淋しく思えてしまうくらいには。








 十月に入って、季節がまた一歩先に進んだみたいに肌寒くなった。衣替えを済ませた制服でも、朝夕の自転車で汗をかくことはなくて、あれだけしんどかった登下校の時間も、いっそ清々しいくらいだ。
 頬を撫でる空気は一日中乾燥して冷たいけれど、それでもお昼休みのバレー練習となると話は別で、一生懸命運動すればそりゃあ汗もかく。毎日の練習で私たちの腕はすっかり内出血だらけで、「衣替えの後で良かったよねえ。これじゃあうっかり袖まくれないもん」って皆で笑った。でも、私なんか体育のときにうっかり腕まくりしちゃって、バレー組じゃない子たちにびっくりされた。「腕すご! 頑張ってるね〜!」って。
 その時は「へへ」って笑っておいたけど、内心はあんまり穏やかじゃない。
 もう目前に迫った球技大会に向けて、練習はいっぱいした。毎日お昼休みに中庭に集まってパス練習をしたし、コートを借りられる日は隣のクラスに声をかけて試合の真似事もしてみた(逆に、隣のクラスがコート練習を出来る日は呼んでもらえた。持ちつ持たれつだ。)
でも、やっぱり私が下手くそなのだ。



「足引っ張っちゃってごめん……!」



 隣のクラスとの練習試合で上手くレシーブができなかった。いつものパス練習と違ってネットの向こう側からスパイクを打たれちゃうんだから、それを拾うのが大変なのは当たり前なんだけど、それにしたって私は「穴」だった。サーブレシーブではあらぬ方向にボールを飛ばし、スパイクで狙われたら足が竦んだ。謝られても困るよね、と思いつつも、でも謝らないわけにもいかなくて、頭を下げて謝った私に、皆は「平気平気」って笑ってくれたけれど、やっぱりどうしたって申し訳ない。
 足はちょっと広げて、重心は下。腕は振っちゃだめで、膝のクッションを使って衝撃をいなす。練習中にはなんとかできることが、コートに立つと難しい。運動神経、もうちょっとあったら良かったのに。なんて無い物ねだりをしてしまう。



「……って感じで、なかなか上手くできないんだぁ」



 皆瀬さんに返して貰った学級委員用のお手製ノートと、今日の日付が記された会議のプリントを持って、玲王くんと第二会議室までのんびり歩く。
 後期学級委員の最初の仕事は、この放課後の、「球技大会について」と称された会議への出席だった。男女どちらでも可。とは書かれていないから、これは強制で、二人で出なければならないやつ。それがぱっと見ただけで分かるのは、四月からの半年間、慣れないながらも学級委員として活動してきたおかげだろう。
 玲王くんは私の隣で、「別に筋悪いって感じでもねーと思うけどな」って微かに笑いながら首を傾げている(それがまた「当たり前」になったのが嬉しくて仕方ないっていうのは、黙っておこう。)お昼休みの私たちの練習を玲王くんはたまに目にしていたらしくて、「ちゃんとできてんじゃん」って言ってくれていた。玲王くんはこういうときその場限りのお世辞を言う人じゃないから、本当に、「ちゃんとできている」んだろう。玲王くんが想像していた私よりも、多少は。



「ま、でも皆が本気でやってんのは分かるだろうし、力みすぎなくてもいんじゃね?」

「そうかな〜?」

「そーだって。肩の力抜いた方が上手くいくこともあるだろ。何事もさ」

「うーん、まあ、それもそう……かも……」



 実際力みすぎてホームランしちゃったこともあるし……と呟けば、玲王くんは「あー……」って見たことでもあるように言うから、まさかアレも見られていたのかなってドキドキしたけど、玲王くんはそのまま目を細めて、「ま、あんま気負いすぎんなって」って笑って、それから、私の肩に、ぽん、ってその手を置いて、ちょっとだけ引き寄せたのだ。



「!」



 その感触に、声にならない声が漏れて、身体がびくりと揺れる。瞬間私が手放したペンケースを、玲王くんは「お」って短く漏らしながら、落下する前に空中でキャッチした。それで、肩が解放される。びっくりしたのと、嬉しくてドキドキしてしまったのと、こんな人目につくところでそんなって思ったのと、でもこれ肩だしな、肩だったら別に、普通なのかな、いやでも寄せられたしな、っていう感情でぐちゃぐちゃになって、玲王くんに触られたところを片手で押さえながら、前後左右に目線を向ける。でも、廊下には前を歩く他のクラスの学級委員と思しき人が数名いるくらいで、私たちを視界に入れる形で歩いている人は、一人もいない。
 そんな私の一挙手一投足を見ていた玲王くんが、「はは」って、声をあげて笑う。廊下にぶちまけずに済んだペンケースを、こちらに向かって差し出して。ちょっとだけ、眉尻を下げて。



「馬鹿、誰も見てねーからしたんだよ」



 私が何を考えているかまで、全部見透かすように口にされてしまうから、参るのだ。
 視野の広い玲王くんは、きっと、私のことなんて何から何までお見通しだ。完璧超人御影玲王。こんな風に言ったら玲王くんがどう思うかは分からないから、直接は言わないけれど、私にとって玲王くんは、身近な神さまみたいに思えていたんだよ。
 リノリウムの廊下に落ちた陽だまりを、玲王くんは踏む。それを追いかける私は、その背に幼い彼を重ねながら、今こうしてここに二人でいることが、奇跡みたいに思えている。


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