秋晴れの空に、腕に当たったバレーボールが緩い弧を描いた。
 九月も半分が過ぎて空気も随分秋めいてきたけれど、最近長袖に替えたブラウスの袖は、今は肘まで捲っている。スカートの下に穿いたジャージが、薄ら汗ばんだ肌に張り付いた。ボールの軌道を追おうと目を動かせば、差し込む太陽の光によって、ゆっくりと点滅するみたいに視界が瞬く。乾いた風に、一つに結んだ髪が、首の後ろで揺れるのが分かる。青と黄色と白の三色が組み合わさったボールは、私の正面にいるリサちゃんに向かって飛んでいく。
 昼休みだった。四方を校舎と渡り廊下で区切られた中庭、そこに作られたいくつかの、小さな円の一つに、私はいた。メンバーは、一緒にバレーに出ることになっている六人だ。来月に控えた球技大会を前に、どこのクラスも自主練をしているのだ。



ちゃん、パース!」

「はぁーい!」



 リサちゃんに名指しされて、構える。
 お昼休みに皆で練習を始めてから早一週間。最初の頃はあらぬ方向にボールを飛ばしていた私も、今では半分くらいの確率で相手の手元に戻せるようになってきた。バレー経験者の夏帆ちゃんたち曰く、ボールは身体の正面で拾うこと、レシーブのときに腕は振らないで、膝のクッションで返すこと、っていうのが大事なんだって。拾いやすいように緩い速度で回されたボールを、緊張しながらも真っ直ぐ見つめる。
 身体の真ん中で受け止めて、腕は振っちゃだめ、膝を使って。
 自分の目の前に来た柔らかいパスを、言われたことを意識して返せば、けれどそれは腕じゃなくて指の付け根に当たってしまって、思っていた程度の二倍の勢いで飛んでいってしまった。確率の、悪い方が出てしまったらしい。



「ぎゃー! ごめんなさい!」



 慌ててそう叫ぶ。植木の方に飛んでいくそれを、他の子が慌てて追いかけていくその後ろ姿に、「ごめんなさい〜!」って、手を合わせながらもう一回謝った。いいよいいよ、って言う代わりみたいに手を大きく振られたけれど、それでもやっぱり、申し訳なくなる。走らせてしまってばかりだ。



「今の、もう一歩前だったね〜」



 バレー部の新藤さんが、短い髪を揺らして笑った。そうか、距離感が掴めてなかったのか。神妙に頷いて、足元を見た。「ちゃん、惜しい惜しいー」って笑ってくれるリサちゃんは、私と同じくらいバレーに馴染みがなかったのに、この一週間で、最早トスだってお手の物だ。素直にすごいと思う。元々の運動神経の差なんだろうな。
 だけど私のせいで、もう何回パスが途絶えているだろう。最初の頃よりはマシになったとは言え、私はまだまだ下手くその域を出ていない。「もう一回お願いします……!」と膝を曲げて構えれば、「スポ根?」って、皆に笑われて、つい一緒に笑ってしまった。
 でも、皆でこうして身体を動かすのって、結構楽しい。やっぱり何か部活、入っておけば良かったかな。なんて、そんなの今更か。そんなことを頭の隅っこで考えながら、緩い弧を描いて飛んで来るボールを、今度はちゃんと腕で返した。








 窓の向こう、円の中にいたが派手にバレーボールを吹っ飛ばしたのを見て、ふ、と息が漏れる。なんだあれ。



「――ホームランじゃん」



 思わず漏れた言葉は、けれど誰の耳にも届かなかっただろう。二階の渡り廊下は、今、俺の他に人はいない。腕に抱えた英会話の教本を抱え直して、ボールの行く先を目で追う。
 うちのクラスの女子達がバレーをしているのを見かけたのは、本当に偶然だ。そのとき俺は、空き教室から教室に戻るところだった。昼休みの間、人気のない教室でスマホを使ってオンライン英会話をしていたのだ。(勿論それも、俺の描く「計画」の一端だった。ドイツ語やスペイン語の勉強も、そろそろ始めた方が良いだろうとは思っている。いつかプロになったとき、二カ国語しか話せないんじゃあお話にならないだろうから。)
 バレーと違って、バスケはゴールポストがないと練習しにくい。だからコートが借りられる日(不平等にならないよう、予め生徒会が日程を調整してくれているのだ)以外は、大した練習もできなかった。おかげでまあ、勉強も進んで良いんだけどな。
 イヤホンを外したら、それまで遮断されていた音が鼓膜を微かに震わせた。まだ耳にこびりついている英語での日常会話を一旦頭の隅に追いやって、窓枠に手を添える。二階の高さからを見るってのもあんまりないから、妙に新鮮だ。こっちの視線に、が全然気がつく様子がないことにちょっとした優越感すら覚えてしまって、つい独りごちる。



「……はは、頑張ってんなー。



 しかし、バレーはほとんど未経験、ってはこの前話していたけれど、どうやら本当にそうらしい。つっても、ちょっと見た感じじゃ、別にセンスがからっきしない、ってこともなさそうなんだけどな。今のだってフォーム自体は悪くなかったし、ぎこちないながらも身体全体を上手く使えていた。教えてくれるって話していたの友達が、基礎からちゃんとたたき込んでくれたんだろう。問題は、距離感が上手く測れてなかった、ってことか。
 そこまで考えて、我に返る。サッカーにのめりこみすぎているせいか、元来の性格故か、どうも分析する癖がついてしまっているらしい。を分析してどーすんだ。そう思ったら、ちょっとだけ笑えた。
 自分の吹っ飛ばしたボールを取りに走る女子生徒の背中に両手を合わせて謝るを、改めて眺める。「ごめんなさい〜!」って声は、二階の、窓が閉められたここにいても届いて、口の端が緩んだ。俺はのああいう、何もかもが表に出てしまうところが好きだ。咄嗟に謝罪を口にできる、真っ直ぐなところが好きだ。素直に、可愛いと思う。
 と同じクラスになってもう何ヶ月も経つってのに、ああして友達と和気藹々としている様子を見ると、未だにほっとする。どうも親心っつーか、それに似た感情が抜けきらないらしい。
 さっきの謝罪よりもやや声量を落としたのだろう。ボールが輪に戻った直後、「もう一回」って声が、窓ガラス越しに聞こえて、ボールの行方を追う。
 「いくよーちゃーん」と言う声の直後、勢いのままあらぬ方向に飛ばしてしまうことなく、きちんと向かいの女子の頭上にボールを浮かせることができたに、「おー」と思わず呟いた。上手くいったことがよっぽど嬉しかったのか、はぱっと顔を輝かせている。それだけで、く、と、噛み殺しきれない笑いが漏れてしまう。
 こうして俺が盗み見ていることなんか、全然気がついてないんだろうな、あいつ。そう思ったら、胸の内側に、むず痒さのようなものを覚えた。
 ちゃんとできてたじゃん、バレー。
 に送るメッセージの内容を考えながら、窓から離れる。瞬間外で、わ、と広がった笑い声の中に、の声を、ほとんど無意識に探した。俺が今日のことを話したとき、「どこで見てたの!?」って慌てるを想像したら、やっぱりどうしたって、笑えた。


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