「同年代の男の子にプレゼントを選ぶなんて初めてだったから、すっごい調べちゃった……」
遊歩道沿いのベンチに並んで座ったは、そわそわと落ち着かない様子だった。不安や緊張、期待がごちゃ混ぜになったような感情が、外にダダ漏れなのだ。考えているのが顔に出るところ、面白くて好きだけどな。
「俺は普通に何でも嬉しいけど?」
「うそぉ……。…………あ、でも私も玲王くんがくれたものだったらその辺の葉っぱでも嬉しいかもしれない……!」
「いやそこはもうちょっと良いモンで喜べよ……」
言いながら、やや草臥れた袋のリボンを解く。自分でラッピングしたのか、と気がついたのは、中に入っていたものが、外側の、明るい色合いの袋とは不釣り合いな桐箱だったからだ。
それを見ただけで、その中に入っているものが大体察せられた。桐箱に彫られた印を、俺は幼少から見ていたから。
の父親、湊人の陶器だ。
「その、結局高校生男子の『もらったら嬉しいプレゼント』ランキング外のものなんですけど……」
俺の表情で、はもう、俺が何を考えているのか理解したんだろう。返事もできないまま、膝の上に置いた桐箱の蓋を開ける。独特な感触を指先が覚える。緩衝材でぐるぐる巻きにされた陶器らしきものを見た瞬間、その全貌は未だ明らかでないのに、淡く鳥肌が立ったのが分かった。
本来女子高生の鞄に入れて、一日持ち歩いていいものではないだろう。そういうところは、娘であるが故に無頓着なのかもしれない。しっかりと巻かれていた緩衝材を解く。頑丈に包まれていたおかげで、その陶器には傷一つついていない。持ち手の部分に指をかけ、目線の高さになるよう持ち上げる。思わず口から零れた音が、嫌になるくらい安っぽく響く。
「…………うわ」
荒い削りの施された、重厚感のあるマグカップだった。
ざらざらとした質感で、底には印がなされている。表面の削りは、角度によっては波のように見えた。決して均等ではないその荒さが、海そのもののようだった。浅い堀の作られた口縁が、背から差し込む光を集めていた。吸った息は、ほとんど飲んだような音になる。
一人の人間が長い間土と向き合い続けた先の、一つの終着点であるように思えた。
「ど、どうでしょうか、お父さんのところで見て、素敵だとおもったんですけど……」
心配そうな声色で尋ねられて、顔をあげる。飲まれていたと、我に返る。
「……いや、これ、誕生日にもらっていいやつか?」
「えっ、いいやつだよ。大事に使ってくれたら嬉しいって、快く譲って頂きました……」
「大事にするよ、そりゃあ」
うちが仲介しているからこそ、これがなかなか市場に出回るものでないことは知っていたし、そうでなくとも元々俺は、のおじさんが作る器の触感や色合いが好きだった。やっぱり親子だから、感覚というか、感性が近いのだろう。父さんと同じ遺伝子を持った俺は、父さんと同じように、彼の作る器に魅せられている。
おじさんの器は、いつも何の過不足もなく、正しい形でそこにあった。
それが今の俺には、極みに達した人間だけが作り出すことのできる、奇跡のように思えたのだ。
「――ありがとな、。大事にする」
おじさんにも、今度お礼を言いにいくよ。そう続けたら、は俺の言葉に、「喜んでもらえたならよかったあ」って、ほっとしたように眦を細めた。
傍の楢の幹で、蝉が鳴いていた。木陰とは言え、熱された空気は未だ肌を纏わり付いていた。「私も実は色違いのマグカップをもらってね」と言うは、途中で思い出したように言葉を切って「あっ、今日のペンギンだけじゃなくってこっちもお揃いだった! お揃い、二つだね」って、くすぐったそうに笑う。の一挙手一投足が、ころころ変わる表情が、愛おしかった。ずっとそうして笑っていてほしかった。できればじゃなく、ずっと、俺の隣で。
何か俺の背を押すものがあったとするなら、それはだったし、の父親である、湊人の陶器だっただろう。突き抜けた才でもって高みに上り詰めた人間の作ったそれと同じような光が、自分の夢の行き着く先にもあれば良いと本気で思った。焚きつけられたような気がしたのだ。
俺はやっぱりサッカーを諦めたくないし、誰にも負けたくない。選ばれた人間にしかサッカー選手になれないなら、俺を選ばせる。自分が持っているものを全部使って、自分に投資して、それでワールドカップに出て、優勝するのだ。――叶えるつもりでいたからこそ、本当は、誰に荒唐無稽と笑われようと構わなかった。それが例え血の繋がった両親でも。
「あ、あとね……」
「」
自分の右隣に置いた鞄の中に手をいれかけたに声をかける。ぱっとこちらに向かれた瞳が、反射するみたいに瞬いた。
言うつもりは、最初はなかった。少なくともが俺を不審がるまで。或いはもっと明確に、誰に文句を言われることもないくらい――それこそうちの高校のサッカー部を全国優勝させるくらいの実力を得られるくらいまでは、黙っているつもりだった。が俺に、自分よりもサッカーを優先させようと気遣われるのだって、嫌だったから。でも、だめだな。自分でも知らなかったけど、どうやら俺に隠し事は向いてないらしい。頭ん中全部曝け出して、それでお互いを理解して、尊重して、そういう付き合いの方が、性に合っているのだ。ここまで黙っていて、今更自分勝手なのは認めるけれど。
改めて緩衝材で包み直したマグカップに触れる指先が、妙に熱い。「俺さ」脳裏を過ぎる影があった。やっぱり、ちょっとは緊張していたのだ、俺だって。落としていた目線を、もう一度に向ける。俺、サッカーを本気でやろうと思ってるんだ、そう言おうと口を開きかけたときだった。が手を突っ込んでいた鞄から、限定ざらめ味噌味って書いてある、おかきの袋が覗いていたのは。
「――ざらめ味噌?」
の目が、大きく見開かれる。
再び鞄に押し戻しながら、「わー! いや、その、先にお話してください……! 大事なお話っぽかったし……!」と言うが、流石にざらめ味噌味のおかきを目にしてしまった直後に、真面目な話ができる気がしない。なんだよ、ざらめ味噌って。しかも大分でかくなかったか?
目だけで促したら、は分かりやすく項垂れて、「は、話の腰を折ってしまってごめんね……」と言いながら、鞄を膝の上に引き寄せた。中からもぞもぞと取りだしたのは、やっぱりおかきだ。「これは、ざらめ味噌味のおかき……とてもおいしい……」とぽそぽそした声で俺に差し出す。
「ええと、プレゼント、お父さんの作ったマグカップってなんか、いや勿論とっても良い物だってのは私もわかるんだけど、それだけだとお父さんから玲王くんへのプレゼントだなあって思って、他にもなにか、って考えたんだけど全然思いつかなくて、玲王くん、なんでも持ってそうだったから、それで、えっと、最終的にとうとうおかきに……」
とうとうおかき。
相変わらずの言葉選びに、思わず吹き出す。ぶは、って、割と大きい音で笑ったもんだから、も目を丸くして俺を見ていた。
「く、はは、なんだよそれ、おもしれぇ」
だって、誕生日におかき持ってくるヤツ、いねえだろ。いや、この前食べたのも美味かったし、嫌いじゃないけどさ。でも鞄からそんなの出てくるなんて、全然想像してなかったし。しかもまあまあデカイやつ。ツボに入って、なかなか収まらない。
「や、やっぱりだめ……?」
ちょっとだけ泣きそうに顔を歪めるに、どうにか緩く首だけ振った。そうしているうち、なんだか、馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。変に言葉を選んで、タイミングを図ろうとしていた自分が。に遠慮してほしくないのだと思いながら、本当に要らない気を遣ってたのは、多分俺のほうだった。
「だめなわけねぇじゃん、もらうよ」
差し出されたままだったざらめ味噌味のおかきを受け取ると、が少しだけ、安心したように表情を柔らかくした。真っ直ぐで、棘のない子だった、昔から。傍に居ると楽で、俺の棘まで抜いてくれて、だから、好きだった。
があの人達みたいに、俺の夢を否定するわけなんかないのだ。
「」
呼びかけたその声が、微かに掠れる。
「ちょっとに聞いてほしいことがあるんだけど」
小さく首を傾げたの双眸に映る俺がどんな顔をしているのか、俺には分からなかった。