文化祭当日の服装はクラスTシャツに制服のズボンかスカート、っていうのが基本らしく、どの学級も作るものなんだけど、これがなかなか個性が出る。
 うちのクラスのTシャツは、レモンイエローの地に、ワンポイントでカップケーキのイラストが描かれたものだった。本当はでかでかと描いた方が分かりやすいんじゃないかっていうのでちょっと揉めたんだけど、やっぱりあんまり大きいと可愛すぎちゃうのが男子には難点だったみたい。でも、胸のあたりに描かれたカップケーキは案外目立って、「絵柄は大きい方が良い」派の女子にも好評だった。
 手作りのボウリング場を作った隣のクラスは、胸に毛筆のタッチで「瓶」って書かれているだけで一見何のことだか分からないし(でもそれが「粋」なんだって。そう言われてみると、そんな気もしてくる)、一方で出し物とは一切関係の無い、オシャレな風景写真がプリントされたものを着ているクラスもある。お店で売られているものみたいで、可愛い。
 いつもは制服の白とライトグレー、それからポイントの千鳥柄で視野のほとんどがいっぱいになるのに、今日はどこを見てもカラフルで、その華やかさに目がちかちかした。単純な私は、まだ文化祭が始まったわけでもないのに、それだけで空気に飲まれてわくわくする。今日ばかりは、日々の過酷な勉強も来月にあるテストのことも忘れていいよって言われているみたい、って言うのも、根底にはあるんだろうけれど。ぐるりと見回して、感嘆の息を漏らす。



「お祭りって感じだ……!」

「やっぱ中学のときとは違うねえ」

「全然違う〜!」



 高校ってすごい! って思うけど、私のいた椿山は高等部までしっかり落ち着いた文化祭だったから、これは単純に、白宝高校の特色なのかもしれない。
 昨日は動揺からどうにも周囲に目を配ることができなかったけれど、改めて校舎を歩いてみると、普段の進学校然とした姿がどこにもないことに驚かされる。天井から吊下げられた大量の風船やガーランド、所狭しと貼られたポスター。各教室前は特に華やかで、目が眩む。



「午前はうちらずっと動けないけど、午後、楽しみだねえ」

「ね〜! どこまわろっか!」

「お昼とかも考えとかないとね〜」



 仲良しの夏帆ちゃんとリサちゃんは午前中に接客係を担当するってことだったから、それに合わせて私も係のお仕事は午前に立候補させてもらった。調理係の私は、カップケーキが足りなくなったら焼いて増産するっていう単純かつ責任のあるお仕事だ。作り方は、昨日三浦くんに教わったので大丈夫。メモもしっかり取ったし、オーブンと睨めっこしていれば、炭にはならないっていう学びを得ている。
 全部決まった後で、でも、「なくなりそうになったら作る」ってことなら、午後の方が忙しかったのかな? って思い当たった。やっぱり私も午後の方がいいのかな、って、昨日の帰り際に一応声をかけたら、三浦くんが「俺がどっちも出るから良いよ」って断ってくれたけど、どうなんだろう。そもそもそれじゃあ三浦くんが文化祭を楽しめないのではないだろうか。そう尋ねる私に、三浦くんはゆるゆると首を振った。「気にしないでいいから」って。感情の読み取りにくい目だったから、それ以上は逆に迷惑なのかもって、口を噤んだ。三浦くんは、元々そんなに口数が多くない。



「おし! じゃ、今日は一日よろしくな。俺は基本教室にいると思うけど、もし見つからなかったら連絡してくれりゃいいから。カップケーキのことで何かあったら――三浦に聞く感じで」



 外部のお客さんの来校が許される五分前、玲王くんは教壇に立ってぐるりと私たちを見回し、そう言った。三浦くんの名前を出す直前、一瞬だけ玲王くんと視線が絡んだような気がしたけれど、気のせいだったのかもしれない。



「目標は模擬店売上一位! ……って言いたいとこだけど、んなことよりも全員が楽しむのが一番だ。初めての白宝祭、全力で楽しもうぜ!」



 玲王くんの檄に、わあって喝采と拍手が起きる。皆が内側に貯めておいたものを、一斉に解き放ったみたいな爆発力をもって、湧き上がる。
 一瞬飲み込まれてしまいそうになったけど、私も遅れて、懸命に手を叩いた。玲王くんの求心力が、クラスを一つにまとめる。「玲王くん、やっぱかっこいいね」って私に耳打ちするリサちゃんに、何度も頷いた。皆の頭の奥に見える玲王くんは、他の子からもそう見えるみたいに、いっとう輝いている。








 結論から言うと、カップケーキと紅茶のお店は大盛況だった。
 外部のお客さんが、というよりも、学校の生徒たちが列を成したのだ。「御影玲王が接客をするらしい」っていう噂は、どんなポスターや広告よりも効果があった。カップケーキも紅茶も飛ぶように売れて、喫茶スペースに入りきらなかった人たちがお持ち帰り用のケーキを購入して行く。折角だから色んな味があったほうが良いよね、って、何種類も用意したのが余計にお客さんの購買意欲をそそらせてしまったらしい。
 調理係の待機する家庭科室は、「兎に角材料が尽きるまで焼き続けてくれ」っていう連絡が届いて以降、ほとんど戦場と成り果てた。焦がすとか、焦がさないとか、そういう問題じゃなかった。細かな作業でもたつきがちな私は、調理に携わる暇もないまま、次々に焼き上がるカップケーキをひたすら教室まで運ぶっていう役を、いつの間にか担っていたから。



「教室行ってきたよ〜! チョコチップが完売しそうだって!」

「あ、それできてる。戻った所早々で悪いんだけど、また持っていってもらっていい?」

「了解〜……ッ!」



 一階の家庭科室から、四階の教室まで、カップケーキの入ったトレイを抱えて駆け上がる。老若男女の溢れかえる校内では、大荷物を抱えて動き回るだけでも慎重にならざるを得ない。小さい子に「なんか甘いにおいがする〜、それなに?」って言われれば、「カップケーキだよ!」って教えてあげて、「あらぁ、美味しそう。どこで買えるのかしら」って上品なおばあさんに尋ねられれば、「四階の教室で販売しています!」ってTシャツの背中に書かれた学年とクラスを覚えてもらう。こんな大きなトレイを抱えていればそりゃあ目立つもので、カップケーキとトレイの重さで震える手と、数え切れないくらいの階段の上り下りでぷるぷるし始めたふくらはぎを自覚しながら、それでも笑顔だけは絶やさなかった。
 教室の前は、何度通りかかっても列を成す人たちでごった返している。あちこちから聞こえる囁くような「玲王くんが」って女の子たちの声に、心だけで耳を押さえながら、解放された後ろの扉から、どうにか教室に入る。「追加、持って来た〜」って、販売スペースにいる夏帆ちゃんたちに声をかけると、夏帆ちゃんたちは一様に、ほっとした顔を見せてくれる。



「わー、良かった。ごめんね、ちゃんに何回も往復させちゃって……」

「全然! 私よりも調理してる子たちの方が大変そうだよー。でも、こっちも相変わらずお客さんが途切れないんだね」

「ほんとすごい、玲王くん効果なめてたよ〜……」



 ほんとだねえ。って、笑いながら言う。紅茶と甘い匂いの充満した教室は、用意したBGMのボリュームが少し小さく思えるくらいに、ざわめきに満ちている。
 隙間の空いた陳列台に、夏帆ちゃんたちと一緒にカップケーキを並べていく。「お待ちのお客様、こちらの席にどうぞ」「申し訳ありません、ただいまこちらのカップケーキしか準備できず……」「玲王くんはー? いなくない?」教室から溢れて零れそうなくらいの音の中、そっと目線を上げたのは、女の人の声が耳に吸い付くみたいに届いたせいだ。
 喫茶スペースになっている教室の中を、ぐるりと見回す。紅茶の説明をしている生徒、列の整理をしている生徒、お金のやりとりをしている生徒。でも、その中のどこにも、玲王くんの姿がない。



「……あの、玲王くんは?」



 ほとんど無意識に、声を極限まで落として尋ねる。さっき教室にカップケーキを届けに来たときは、確かにいたはずなんだけどな。夏帆ちゃんとリサちゃんは、互いにちょっとだけ目を合わせてから、それぞれ眉尻を下げた。「なんか、三年生の先輩に呼び出されて出てったよ」って、そう呟いて。
 すぐ終わるから、って言うからついていったっぽいけど、戻ってこないね。そう小声で付け足すリサちゃんに、私はずっと目を丸くしている。それって、男? 女? どういう先輩? 根掘り葉掘り聞きたいのに、喉に言葉が引っかかって、全然出てこない。
 カップケーキ、全部並べ終わった後で良かった。そうじゃなかったら、一個くらい握りつぶしちゃっていたかもしれなかった。


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