まさか男子の学級委員が玲王くんになるだなんて思ってもみなかった。
 勿論、クラスをまとめるのに玲王くん以上の適役はいないと思う。でもくじ引きでそれを引き当てるなんて、よっぽどの不運じゃないと有り得ないだろう。それこそ、私くらいにくじ運が悪くないと。
 教壇での挨拶を終えた後丁度チャイムが鳴って、それでホームルームは終わりになった。私が玲王くんに「あの」ってこっそり声をかけたのは、教壇から下りるときだ。



「玲王くんもくじ運よくないんだね……!」



 そう言う私に「あ?」って振り向いた玲王くんは、ちょっとだけ考えるような顔で間を置いてから「……はは」って短く笑う。



「そーそー、悪い悪い」

「へぇ〜。私と一緒だね。私もすごく悪いんだよ」

「いや、それは知ってるっつーの」



 含みがあるような言い方だったせいで思わずどきっとしたけれど、早々に学級委員になってしまった時点で、私のくじ運の悪さはこのクラスの皆が知っていることだった。こっそり胸を撫でながら、慎重に教壇から下りる。
 でも、やっぱり玲王くんも悪いんだ、くじ運。私たち、運が悪い者同士だ。変な共通点を発見して、つい嬉しくなる。もっと良いところで共通点を見つける方が、ずっと健全なはずなんだけどね。
 朝挨拶をされたときは慌ててしまったけれど、こうして心を整えてしまえば、玲王くんとお話をすることで変にぐるぐるしてしまうことはなかった。私はどうにか平生通りでいられているんじゃないかと思う。そりゃあ玲王くんも学級委員、って知ったときは驚いて、教壇から落ちたけど。その動揺も今はもう随分落ち着いた。半年間一緒に学級委員をやるんだったら、私たちが婚約者だっていうことの、上手い隠れ蓑になるんじゃないかな、って思いついたのもある。たまにおしゃべりしていても、この前みたいに一緒に門まで帰っても、学級委員同士ならそこまで変じゃない、多分。
 そのまま席に戻ろうとしたとき、「おーい君達」って窓際にいた寺内先生に呼び止められた。「はい?」って玲王くんが顔を向けたのに、私も続く。先生に手招きされて、それで手渡されたのが、一枚のプリントだった。学級委員各位へ。っていう、普通のA4用紙に書かれたそれを、玲王くんと二人で覗き込む。



「そこにある通りだから。じゃあ、後はよろしく」



 名簿を抱えて教室を出て行く先生の背中に届かないくらいの声音でもって「適当だなー」と呟いたのは玲王くんだったけれど、小中ではああいう先生ってあんまりいなかったから、私としては、何だか物凄く新鮮だった。ちょっと嬉しくすらあるくらいだ。適当ってことは、先生の性格もあるっていうのは第一として、それだけ信頼されているってことなんじゃないかな、って思うから。勿論この場合、信頼されているのは優秀な成績で白宝に入学した玲王くんの方である、っていうのは当然として。
 そのプリントは、学級委員を対象にした会議に関するものだった。日付は、今日だって(多分、これがあったから先生は選出を急がざるを得なかったんだと思う)。でもその出席については男女どちらかで可、とのことだった。多分、そうなると重大な議題があるような大きな会議じゃないんだろう。形式的なものなんじゃないかな。今後自分が玲王くんの足を引っ張ることを察した私は玲王くんの顔を見て「私が行く!」と主張したのに、玲王くんはプリントに目を通したまま、「二人でいきゃいんじゃねーの?」って言った。本当に、さも当然みたいに。



「男女のどちらかで可、って言うなら、二人で行っても良いってことだろ」

「そうだと思う、けど……。……それは私だけじゃ頼りないっていうこと……でしょうか……?」

「いやなんでだよ。普通に集まりがどんなもんか見てみてぇだけだわ。お前こそ用事あるなら帰れば? 一人でいいんだし」

「いやっ……! 学級委員になった以上、行く!」

「真面目か」



 プリントから目を離して私を見下ろした玲王くんに軽く笑われて、思わず心臓が跳ねる。
 窓から差し込む陽が玲王くんの髪の毛に光の粒子を落としていた。睫毛に縁取られた、つり目がちの目が笑う瞬間、いつもよりも柔らかくなるのが好きだった。見惚れてしまいそうになって、慌てて視線を逸らす。
 頭一個分近く上にある玲王くんの顔は、いつも感情豊かだ。私は最初、それに違和感を覚えていた。だって私の知る玲王くんは、感情の一部を削いだような目で笑う人だったから。六人での食事のときも、遠慮したように一歩も二歩も引いて、だけど笑顔だけは貼り付けたまま。話題の中心としてスポットを当てられれば、臆することなく振る舞いはするけれど、何かが置き去りになったような顔でいる。それが私の知る「御影玲王」だった。
 だけど、白宝高校の玲王くんは違った。おじさまとおばさまの後ろに立つ彼より、今の彼はずっと年相応だったし、私の知る「玲王くん」の面影を濃く残しているのは、今ここにいる彼の方だ。
 それが嬉しいなんて、玲王くんには言えないけれど。



「じゃ、また放課後な」



 一枚しかないプリントを私に手渡す玲王くんに、「え、これ私が持ってていいの?」って尋ねたら、玲王くんは「もう覚えたからいらね」とだけ言って、自分の席の方に戻ってしまった。玲王くんの背中を見送った後、そっとプリントに目線を落とす。
 十六時十五分から。第二会議室。
 覚える必要があるのなんてそれくらいだったけれど、私は多分放課後になったら記憶から薄れかけて、もう一回それを確認したくなるだろうから、預けてもらえたのは有り難かった。








 玲王くんと一緒に学級委員をやるって、よくよく考えてみれば当たり前なんだけど、めちゃくちゃに羨ましがられる立場だった。今日だけで、クラスの女の子から「いいなぁ〜!」って何回言われただろう。その度に私は「いやぁ……」と謙遜するような笑いを浮かべている。だって実際、私ももう一人の学級委員が玲王くんで、すごく嬉しかったのだ。びっくりも、動揺も、勿論したけれど。
 いつも決まって三人で食べていたお弁当の席は、今日はとっても賑やかだった。クラスの中心の女の子たちが「一緒に食べていい?」って声をかけてくれて、それにつられて他の女子もやって来てくれたのだ。いつもよりたくさんの机と椅子がくっつけられて、その上に可愛いお弁当とか、パンとかが並んで、うきうきする。



さん、くじ運ないなーって思ったけど、玲王くんがやるんだったら逆にやりたいよね」

「ねー! ほんと羨ましい」

「いやぁ……私も本当にありがたい……。私、仕切るのとか得意じゃないし……」

「あ〜、そこは玲王くん、絶対手馴れてるもんね。盛り上げるのも上手だろうし」

「そう考えるとさあ、このクラスで良かったーってつくづく思うよ。行事とか絶対楽しいもん」

「確かに」



 白宝高校の行事って言ったら、六月に文化祭、十月に球技大会。私たちは前期の学級委員になるわけだから、実際中心となって動くのは文化祭がメインになるだろう。文化祭。文化祭かぁ。白宝の文化祭って、どんな感じかな。椿山とは全然違うんだろうな。外部の人も来校できるみたいだし。でも、どんな感じでも、きっと絶対に楽しい。だって玲王くんがいるんだもの。玲王くんはきっと、皆の先頭に立って、クラスを良い方に持って行ってくれる。



「玲王くんがくじ引いてくれて、ほんとよかったね〜」



 それがクラスの女子の総意だったのだ。恐らく、男子も、みんな。


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