「こんなくじ引きしなくても、男の学級委員は玲王がやればいいんじゃねえの?」



 それは押し付けじゃなくて、純粋な提案だったんだろう。
 ホームルームの時間に急遽行われることになった学級委員の選出方法は、くじ引きだった。教室の後ろ、男子の人数分のくじが入れられた箱に率先して手を突っ込んだところだった俺は、名前を出され「あ?」と口にしながら顔を上げる。明るい髪色をした同級生は、「や、だって玲王、まとめるの上手いしさ。適任じゃん?」と悪気無さそうに首を傾げた。



「将来御影コーポレーションを継ぐんなら尚更、クラスの一つや二つ、束ねるのだって余裕だろ」



 そう続けるそいつに思わないところがないわけでは、勿論ない。それでも「あー、まーでも、折角くじあるんだから引こうぜ」と受け流したのは、言葉を選んで返すのが面倒だったからってのもあるし、俺自身がもう箱の中でくじを掴んでいたから、っていうのもあった。丁寧に折りたたまれたそれを顔の横で示す。そうすると、他の連中だって後に続かざるを得なくなるものだった。「まあ、それもそうだよな」って、そいつも納得してくじを引く。
 別に、学級委員なんか絶対にごめんだと思っているわけでもない。実際こいつの言う通りで、俺はリーダーシップをとるのが苦ではないし、俺が音頭を取るのと取らないのとではクラスの雰囲気も変わってくるだろう。それは自意識ではなく、事実だ。一方でたかだか学級委員の仕事一つで俺の生活に不都合が生じることはないっていうのも、経験上知っている。でも、なんかなあ、と思うのだ。そう、なんていうか、やる気が出ない。なーんか、つまんなそう、って思っちまうんだよな。
 つまんねぇのは嫌いだ。
 昔から俺の周りは、つまんねぇもので埋め尽くされていたけれど。
 自分の手にあった紙を、ほとんど無意識に開く。折り目の跡だけがついた空白の用紙はハズレ(いや、こういう場合はアタリか)。ま、こんなんよっぽど運が悪くなきゃ引き当てられるもんじゃない。何てったって人数分の一なんだから。さて、じゃあこのクラスで最も不運な人間はどいつだ?
 まだくじも引き終わっていない男子生徒の顔をぼんやりと眺めていたときだった。教室の前方から「わああ」と悲鳴があがったのを、俺の耳が拾ったのは。



「嘘ー。ちゃん引いちゃったの?」

「ひ、引いちゃった…………!」

「ん、じゃあもうくじ終わり? うちら引いてないけど良い?」

「決まったんならもういいっしょ」



 教室の前方に集まっていた女子たちの中から漏れ聞こえる声で、あの中で一体何が起きているのかは簡単に察することができた。どうやら全員が引き終わる前に、がたった一枚のそれを引き当ててしまったらしい。
 持ってるじゃん。
 そういやあいつ、昔からくじと名のつくやつに関してはめちゃくちゃ引きが悪かったよな。そんなことまで思い出して、うっかり笑いそうになる。ていうか、もう笑ってたな。俯いて誤魔化したけど。
 はくじを持ったまま、ほとんど青ざめていると言ってもいいくらいの顔で先生に報告をしていた。……いや、しかし世界の終わりみたいなツラしてんな。たかだか高校の学級委員になったってだけで、どんだけ絶望してんだ、あいつ。
 女子たちが各々自分の席に戻っていく中、だけは教壇に残る。チョークを持ったはそのまま黒板に向き合うと、学級委員、って書かれた文字の隣に、めちゃくちゃうっすい文字で「」と書いた。正直、あんなに黒板に字を書くのが下手な人間もそうそういないと思う。丸みのある女子っぽい字は、終わりに向かうにつれて右に曲がっていたし、一文字毎の大きさだって均等ではなかったから。書き終えた後、黒板から一歩離れて自分の名前を確認したも、その不格好さには気がついていたんだろう。書き直しまではしなかったが、右に首を傾げていたから。
 リーダーを任されるのに向いている人間と向いていない人間ってのは当たり前だけど当然いて、は明らかに後者のタイプだった。別に、それが悪いわけじゃない。そういう人間でも何とかやれたりするし、周囲がフォローに回ってやることで一致団結する場合だってある。
 だけどなあ、と思うのだ。
 あいつの場合は、どうだろうな、って。



「あ」



 隣に居た黒い髪の、どちらかといえば垢抜けない男が漏らした声に、視線を落とす。そいつが今開いたばっかのくじには、俺のものにはなかった二重丸があった。あ。と、俺も同じように零した。これ、当たりか。まだ真新しいそいつの制服の肩に手を乗せたのは、ほとんど反射だ。俺はこのとき、思考よりも身体の方が先に動いていた。



「…………それ、俺のと交換しねえ?」



 囁いた声は、他の連中の声にあっという間に埋もれる。今だったらまだ、ここに当たりがあるって知ってるのは、俺とこいつだけだ。
 顔を上げたそいつの、眼鏡の奥にあった目は、困惑になりきらない驚きだけがあった。そりゃ、まあそうか。とりあえずくじがあるんだから引こうって言ったのは他でもない俺なんだから。だったら最初から引き受けろよ、って、普通思うよな。だけど「マジ? いいの?」と続けられたその声には、明らかに感謝の色が滲んでいた。



「いーよ。それ、俺に寄越しな」



 手渡された太いマジックで描かれた二重の丸を掲げる。



「あ、俺だわ当たり」



 男子連中の注目を浴びるように言ってから、証拠の隠滅でもするように、手の平の紙を握って潰した。
 俺にとっては学級委員を引き受けるかどうかなんて、些事だった。くじを引く前に言われた通り、人心掌握……というと良くないかもしれないな、大勢をまとめるってことに関しては苦ではないし、盛り上げるのだって得意だ。任される仕事なんてのも、別に大したもんじゃないだろう。だから、どっちでも良かったのだ、本当に。つまらなくないなら、それで。
 この時俺は、そこに何かしらの面白さを見出していたのだろうか。それを考えてみたところで、答えは出ない。や、明らかに向いてない側の人間でありながら学級委員を任されそうになっていたあの眼鏡の男子生徒に対する同情だったのかもしれないし、はたまた別の何かだったのかもしれない。
 「当たり」のくじを持って教室の前に向かう俺を見た女子たちが、「え、嘘」と声をあげるのを聞く。ざわつく教室の真ん前に立つお前は、今突然、「女子の学級委員」に対する価値が跳ね上がったのに、ちっとも気がついていないんだろう。
 一段高くなっている教壇に上る。「よ」と声をかけたとき、顔を持ち上げたと目が合ったけれど、の脳は状況を理解するのに、それなりの時間が必要らしかった。チョークを取って、へろへろのの隣に、俺の名前を記す。せめてには、黒板にまともに字を書けるくらいにはなってほしいが、半年もありゃあ、それくらいは余裕か。
 王の字を書き終わった直後、改めて振り返ってを見下ろした。



「よろしく」



 つまんねぇのは嫌いだ。
 でもあのくじを引いたのは豪運だったんだっていつかのお前が言えるんなら、それは俺にとってもつまらないものじゃない気がするんだよ。
 驚いたのか、後ずさりをしたはそのまま足を踏み外して、教壇から落ちた。鈍臭いのも、昔から変わらないらしい。笑う俺を、ははまだ、理解できてないような目で見つめている。


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