欲しいものはどんな手段を尽くしても必ず手に入れろ。
 両親からそう育てられてきた俺の手の中に、は、最初からいた。








 部活は中学のときから、全然。部活動っていうのに、興味はあったんだけど。
 広がりようもない私の話を、玲王くんは「ふうん」って聞いてくれていた。



「成程ねえ。まあでも、確かに運動部ってイメージはないわ」



 そう口にしながら私の隣を歩く玲王くんの歩幅は私と同じくらいで、私は真横を見ることが全然できないまま、ほとんど息を止めて歩いている。運動部のイメージがない、って玲王くんに言われたことを、(別に褒められているわけではないと理解しながらも)噛みしめながら。
 玲王くんとはあまり喋らないようにしなくちゃ、と思っていたにもかかわらず、やっぱり私は玲王くんのことが好きで、それはちゃんと恋の形をした「好き」で、だからどうしても、舞い上がってしまう。舞い上がってばかりじゃだめなのに、感情の処理が上手くできなかった。
 四月の放課後は、まだ日が傾くには早かった。まだ白っぽい光が窓から差し込んで、空気中の微細な塵を照らしている。早足の男の子が、背後から私たちを追い越していく。その真新しい靴の裏を視界の端に入れながら、一度きゅ、と唇を引き結んで、それからようやく口を開く。



「……ええと、玲王くんもこのまま帰宅部なの?」

「あー、そうだな。どうすっかなあ……。何かやりたいことができたら何かしら入るかもしんねーけど、今のところは特にねえしなぁ……」



 玲王くんは何でもできるから、どの部活に入ってもすぐにレギュラーが取れそうだね。そう言いかけたとき、廊下を歩く女子生徒がちらりと私と玲王くんに視線を寄越した。心臓が跳ねたけれど、特に何の反応もされずに素通りされて、こっそり息を吐く。
 本当に、緊張する。学校の外までとは言え、玲王くんと肩を並べて歩くなんて。



「これから帰るんなら、一緒に行かね?」



 玲王くんがそう提案したのは、つい数分前のことだ。
 それ、私に言ってるの? って思ったけど、どう見たって玲王くんの双眸は真っ直ぐ私へと向けられていて、思わず「私!?」と声をあげたら、玲王くんは笑った。「他に誰がいんだよ」って、目を細めて。
 正直に言えば困ったけれど、断ることはできなかった。部活はやってないよ、って玲王くんに答えた直後で、ノートを渡したらすぐに帰ろうと思っていたため帰り支度も完璧だった私には、もう、大っぴらに断る理由がなかったのだ。それにやっぱり、そのお誘いがものすごく嬉しい、って思ったのも事実だったから。
 それで私は今、「なるべくなら関わらない方が良いよね」って思っていた玲王くんの隣を歩いている。意識すると手が震えそうになるから、背負ったリュックの肩紐を、ぎゅうって握りしめて。



「てか、はどうなん? 学校、もう慣れたか?」

「う、うん。あ、でも前の席が男の子だから、たまに授業中に顔あげてびっくりするときはある……かも」

「マジ? やっぱ女子中の出とかだと男にゃ慣れねえ感じか」

「そうだね。……男の子たち、背が大きいから、気を抜いてるとなんかうわーってなる」

「うわーって」



 なんだよそれ、って、玲王くんは笑った。説明したいんだけど、でも、上手くできなくて困る。うわーはうわーなのだ。冬に玲王くんに会ったときだって、うわ、ってなったんだよ。本当は今も。
 リノリウムの床の上は、何だか歩いても歩いても、手応えがなかった。歩いている感じがしなくて、私はずっとふわふわしていた。「あ、玲王くんばいばーい」「玲王、じゃーね」「お疲れ〜」って、私がふわふわしている間も、玲王くんは男女学年学級問わず色んな人に声をかけられていて、私は玲王くんがその一人一人にきちんと顔を向けて「じゃーな」って返しているのを、興味深く見ていた。あえて何か気がついたことを言うなら、入学式やその直後の、玲王くんを先頭にした大名行列はもう、ないんだな、ってことくらい。それでも玲王くんはやっぱり、どうしたって人気者だった。皆に手を振る玲王くんの顔に、冬に見た疲労の色は、微塵もない。
 階段を下りるとき、いつの間にか足の震えが収まっていることに気がついた。隅っこに並んで座りながらスマホを弄っている生徒にぶつからないよう慎重に足を運ぶ私の横で、玲王くんが「おい、あぶねーってそこにいたら」って何の臆面も無く声をかける。知り合いかな、って思ったけど、ぱっと顔をあげた彼らは「うわ、御影玲王!」「マジだ、本物じゃん」って目をまん丸くしてたから、友達ってわけではないらしい。



「んなとこ並んで座ってたら、そのうち後ろから背中蹴られんぞ」

「あーごめんごめん。おい、もっとこっち寄れよ」

「いやお前と足くっつけるくらいなら別の段座るわ。……てかちょっと待て。御影玲王に声かけられた俺ら、ひょっとして金運上がる?」

「いや俺と話すだけで上がるかよ」



 声をあげて笑う玲王くんは、その子たちにも「じゃあな」って声をかけていった。私はその背を、慌てて追いかける。すごい、玲王くんってコミュニケーション能力がずば抜けている。初対面の相手でも臆することなく話しかけて、輪を広げていくんだ。だから多分、こうして歩いているだけで色んな人に声をかけられる。
 そうなると、私一人が玲王くんと話さないようにしていることの意味って、なんだろう? もしかしたら、そんなものないのかもしれない。だってこんな風に玲王くんが交友関係を広げるなら、私だけ変に距離を置こうとする方がおかしい。こうして隣を歩いたりしてたって、それで私が玲王くんの特別って言う風に見られるわけじゃないのだ。ここに来るまで誰からも特別気にされることがなかったのが、その証左だ。勿論婚約者ってことを開けっぴろげにする必要はないけれど、それでも普通に、たまにお話したりするのは、誰からも咎められないんじゃないか。色んな子たちが、こうやって玲王くんと交友しているんだもの。
 考え方とか、接し方とか、ちゃんと考えて、改めるなら改めなくちゃ。玲王くんに相応しい自分でいられるように。
 階段を下りきったとき、玲王くんはとちょっとだけ振り向いて私を待っていてくれた。私が完全に隣に並ぶのを待って、玲王くんは歩き出す。その歩幅が、もしかしたら私に合わせられたものなのかもしれないと思いついたとき、胸の内側が、ぎゅうと苦しくなった。玲王くんの優しさとか、あんまりにも真っ直ぐな正しさに、目とか、頭とか、色んなところをやられてしまったみたいだった。思わずため息を吐く。玲王くんへの色んな感情で、ぐちゃぐちゃになってしまう。



「避けててごめんなさい……」

「はあ?」



 口にする気なんかなかった言葉がうっかり外に出たものだから、息が止まる。思わず顔を上げたとき、玲王くんは眉をめちゃくちゃに寄せて、私のことを、意味がわからないものを見るような目で見ていた。








 思い返したら、高校に入ってからとまともに話したのは、今日が初めてだった気がする。
 これまでも一年に一度は必ず会っていたとは言え、それだけじゃ分からないことは少なくない。互いの両親の目がないところで話すのが、そもそもうん何年ぶりだったってのもあるんだろうけどさ。がこれまで部活をしてこなかったこととか、自転車で通学してるってことも今日初めて知ったし、何なら、そう、俺がに避けられていたってことも初耳だった。



「……く」



 懺悔のようなの独り言と、その後の表情を思い出して、思わず後部座席で笑う。バックミラー越しに運転席のばぁやがこっちを見たけれど、咳払いで誤魔化した。白宝の制服を着たはまだ俺の記憶にある彼女と完全には一致しないけれど、それでも、案外悪くない気がした。


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