ラキオと閉じ込められる
「前から尋ねたかったんだけど、君は汎しか愛せないっていう性癖でもあるわけ?」
からかうようにと言うよりはよっぽど真面目な声音で尋ねられて、私は一瞬言葉に詰まってしまった。性癖。性癖って、性癖? 恋愛対象に見ているって、そういうこと? なんで今、ここで聞くんだろう。ようやく闇に慣れてきたこの目は、だけどラキオの内心まで探れるほど優秀ではなかった。
私たちは今、格納庫に閉じ込められてしまっている。私は頼まれていた不要品の整理のため格納庫に籠もっていて、ラキオが私を呼び戻しに来た。そういうタイミングで船内に停電が起きてしまったものだから、二人で身動きが取れなくなってしまったのだ。多分、他の皆も似たようなものだとは思う。D.Q.Oの扉は他の船と同じようにほとんどがセンサーで開閉されるものだから。
なかなか復旧しないおかげで、私たちはすっかり手持ち無沙汰になってしまった。だから、ラキオはこんな質問を私に投げかけたのだと思う。だけどあまりにも直球すぎやしないだろうか。汎しか愛せない性癖なのかどうかなんて。
手術を受けることで身体から性別を取り除いた人が汎であって、例えばこの船にはセツやチハルがそれに当たる。あと、直接私にこの質問を投げかけたラキオ自身もそう。つまりラキオが問いたいのは、私の恋愛対象が男でも女でもなく汎のみなのかっていうことなんだと思う。さっきからうんともすんとも言わない格納庫の扉を背に膝を抱えた私は、「ええ……?」とラキオの疑問を咀嚼しつつ思案する。いや、思案なんかしなくたって答えは「そんなことはない」なんだけど。
「……そんなことはないよ?」
だって私、ルゥアンでちゃんと好きな人がいたもの。もう卒業しちゃった先輩だったけれど、あの人は汎ではなかった。
座ったままの私に対して、ラキオは腕を組んだまま決して腰を下ろそうとはしなかった。緊急事態であっても、床に座るってことが考えられないんだと思う。私を見下ろすラキオの目は、不愉快そうに細められているに違いない。しかし停電してしまっている今、非常灯の灯りにぼんやり照らされた足元だけが何とか見える程度で、ラキオの表情を確かめる術はなかった。
「ふぅん……?」
「……なに、そのふぅんって……」
「いいや? じゃあ君がセツやチハル贔屓なのは汎だから、ってわけじゃあないのかな、と思っただけさ」
「別にそんな、贔屓なんかしてないよ」
「ハハッ、無自覚なんだ? じゃあ今日からセツやチハルに話しかける前に客観的な視点を持つことをお勧めするよ。君にそれが持てるなら、の話だけどね」
「だから、贔屓してないってば!」
そう、していない。贔屓なんか。
セツは確かに信頼しているけれど、それはルゥアンで私たちを導いてくれたからだし、チハルだって言ってしまえばこんなのただの信奉だ。分かりやすく表現するなら私は二人のファンみたいなもので……あれ、でも、だけど、それが贔屓ってやつ、なのかな? 何だか自分でも良く分からなくなってしまって、思わず口元を隠して目線を彷徨わせてしまった。私の方が非常灯に近いせいなのか、その表情はラキオに読み取られてしまったみたいで、鼻で笑われてしまったけれど。
世の中には汎の愛人をたくさん作って、所謂「囲う」お金持ちの人がいるらしい。誰に教えてもらったんだったっけ。SQだったかな。そういう人と一緒にされてるんだとしたら、たまったもんじゃない。私は綺麗な人が好きだけど、そして確かにこのD.Q.O内において私が美しいと思う人は確かにセツでありチハルでありラキオであるけれど、それは皆が汎だからっていうことに端を発するわけじゃないのだ。……多分。
ラキオは今も私を見下ろしている。華美な装飾を揺らして、そうっとその瞳を細めて。そういう表情を見ていると私はドキドキするし、この感情こそが「恋」と呼ぶものに相応しいんだということくらい分かっている。それはセツやチハルには持ち得ないものだ。けれどもしそれを伝えたところで、ラキオはそれを「自分が汎だからだろう」と考えるに違いない。どれだけ否定したって、頑なに信じてくれないに違いない。
電気系統がダウンして、格納庫にラキオと二人閉じ込められてしまったときは内心少し喜んでしまったことは否めないけれど、二人きりになったって結局上手くいかない。ラキオにとって私は恋愛対象外であることは間違いないんだもの。そう思ったら心が萎びてしまった。
「……別に、信じてもらえないならいいもん」
こっそり俯いて唇を尖らせる私のことを、ラキオがどんな目でみていたのかを、私はずっと知らないままだ。
ルゥアンにおいて僕らの命を救ったセツは兎も角として、僕はがチハルを構う理由が分からない。
探ろうとしても、はその件に関してのみ言及に慎重だ。元々知り合いだったのか? 抜けているところばかりのくせに、まるで何か誓いでもしているみたいにそれを両手で覆っている。
単に汎が好きって理由だけだったら、まあ、分からないでもなかったんだけど。完全に否定されてしまったし、嘘を吐いているわけでもなさそうだったから、その線は薄いんだろう。
停電した格納庫内は薄暗く、僕達の他に人の気配はなかった。こんなことは滅多にないから、もう少し探れるかと思ったけれど、恐らくそろそろ復旧して、この扉も開くだろう。そうしたら彼女はここを出て、チハルやセツのところへ真っ先に向かう。僕はその背を見ている。想像だけでそれが面白くないことだと思うのに、その理由が僕にはずっと分からない。