28 ガスパールへ
ガスパール城の城主が聖教会に対し兵を挙げたことを受けて、セイロス騎士団は西方へ先遣隊を派遣した。とは聞いてはいたけれど、その後詰めとしてクロードくんたちも従軍するということを、私は出立の直前まで知らなかった。何でも、それが今節の金鹿の学級に与えられた課題になるらしい。
聖騎士と呼ばれる、セイロス騎士団に所属するカトリーヌさんも一緒に向かうとは言うけれど、前節は盗賊の討伐、今節はファーガスにまで出向いて叛乱の事後処理を手伝うだなんて、何だか課題の名目で、彼ら金鹿の学級の生徒たちが大変なことをさせられているような気がしてならない。だって、黒鷲の学級も青獅子の学級も、彼らと比べればよっぽど平和で安全な課題を与えられているらしいのだ。勿論、この前のカスパルくんみたいに、そうやって武器を持ち戦うような課題をさせられている金鹿の学級を羨ましく思う生徒さんもいるみたいだけれど。
でも、何もかも「レア様が決められたこと」だそうだから、私も彼らも、異議を申し立てることなんてできるはずがないのだ。というか、そもそも私は士官学校の方針に口を出す権利がない、全くの部外者だしね。
それでも持ち前の心配性のせいでもやもやはする。食事をしている金鹿の学級の生徒たちを見やったところで、この焦燥感とも不安とも言えない感情はどうにもならないと知っているのに、つい視線を送ってしまった。今日はクロードくんと、ラファエルくん、イグナーツくん、それからヒルダさんの四人が向かい合って昼食を摂っていたのだ。
「いやいや、だからそれはさ……」
ざわつく食堂の中で、クロードくんの楽しげな声はいっとう良く響いた。これから武器を持つ人間には、到底思えなかった。「ええ〜? そうかなあ。イグナーツくんはどう思う?」ヒルダさんがその美しい眉を顰め小さく首を傾げるのを、私はこっそり見つめている。ヒルダさんに答えるイグナーツくんの横で、ラファエルくんは一人、美味しそうにお肉に齧りついている。
外から見たときの印象でしかないんだけれど、金鹿の学級って、なんて言うか雰囲気が明るい。一人一人が気さくって言うのかな。平民が多い分、彼らの間にある身分の差は顕著だろうに、それで学級内が貴族と平民とで分断されている様子もない。中心になっているクロードくんが、普段からあちこちに目や気を配っているからかもしれない。勿論、元々の彼らの人となりによるもの、っていうのもあるんだろうけれど。でも、それでもすごいなあ、と思う。彼の周囲にはいつも輪がある。クロードくんを見ていると、自分が雪目になっちゃったみたいに、目がちかちかする。
クロードくんの横顔からそろりと目を落とす。頑固な食器の汚れを前に途方に暮れるときのような感覚を覚えていることに気がついて、どうしたらいいか分からず、ちょっとだけ笑った。
今回も、彼らが無事に帰ってきますように、って、そういうことを祈るしかないのだ、私は。
彼らの出立は、その日の夕方だった。ザナドに行くときと距離が違うわけだから、そんなの考えてみれば当たり前なんだけど、だったらお昼ご飯の食器を下げに来たクロードくんたちに、いってらっしゃい、気を付けて、って、言っておけば良かったな。
「あれー? クロードくん、何してるのー?」
「ん、ちょっとな」
間延びした声の持ち主が誰かなんて、いちいち振り向かなくても分かる。折り重なる葉を踏みながら、そこに落ちた赤い実を、俺はせっせと集めていた。その姿をみとめたのか、ヒルダは「ええ〜?」と分かりやすく声に感情を乗せる。
「ちょっとー、山に落ちている変なものを食べてお腹壊したりしないでよねー? 茸とかだって、酷いのがあるんだからー」
「いやいや、ちょっと興味があってな。後で調べようと思って集めてるんだ。ここじゃあ食べないさ」
「ええー……? 後でも絶対に食べない方がいいと思うけどー……」
ガスパール城に行くのにマグドレド街道を使うのは良いが、途中までは山道だ。如何せん、ガルグ=マクが山頂にあるせいでね。日が暮れる前にガルグ=マクを発った後、山道を黙々と進んだ俺達は野営地で天幕を張り、後は各々明朝まで休憩を取るように、とのお達しを受けたため、こうして目に付いた植物を採取していたところだった。採っておけば、何かには使えるだろうと思ったのだ。それこそ薬か、或いはもっと別のさ。
忠告はしたからねー、と念を押すヒルダに軽く手を振り、改めて雨で湿った土を踏む。見たことのない野草に、食って良いのかどうかもわからない木の実、味の想像なんかつくわけがない。ガルグ=マクの書庫で調べれば分かるんだろうが、今それは叶わないしな。かと言って今自分の身で実験する気には、当たり前だけどならなかった。せめて、これを食べてみるなら帰り道……いや、翌日動けなくても障りない日が良いか。まあその前に、普通に調べるけどな。実験は最終手段だ。
これから叛乱の鎮圧、その後詰めに行くってのに、気楽なもんだよな、我ながら。
「どうか、よろしくお願いします、クロード」
出立の直前、俺を呼び止め深々と頭を下げたアッシュの声を、こんなときに思い出す。ガスパール城の城主ってのは、アッシュの養父だ。その心情は、察するに余りある。
アッシュの手は震えていたが、けれどその声色は、悲嘆に暮れていた頃のものよりも、ずっとしっかりしていた。アッシュは何をとは言わなかったし、俺も尋ねなかった。顔を上げたアッシュの双眸は、とうに覚悟を決めた人間のそれだったから。
手の中で弄んでいた木の実を持ち上げて、まじまじと眺めた。どことなく、さんの瞳に似ているように思えたのは、アッシュのことを思い出したせいだろう。
先生の優れた采配に、カトリーヌさんの存在もあってか、叛乱は呆気なく鎮圧された。霧の中、突然現われた民兵に戸惑いはしたが、それでも止めなければ無関係の民すら犠牲になることもあり得たのだから、打ちひしがれる必要なんかない。そう言い聞かせでもしなきゃ、やってられないよな。
処断されたロナート卿の所持品に、レアさんの暗殺を仄めかす主旨の密書がなければ、そこにきな臭さなんか覚えなかっただろうことだけは、間違いないが。