01 無職、定職に就く
こんな小さな村で、まさか二人が駆け落ちするとは思わなかった。
二人って言うのは、間もなく私との結婚を控えていた男性と、小さい頃から仲良く遊んでいた幼馴染みの女の子だ。私は彼らの関係の一切を察してもいなかったものだから、二人が置き手紙を残して村を去ったって知ったときは、何か悪い冗談だと思った。だって、近く結婚することになるという話をしたときも、幼馴染みはその目尻を下げて喜んでくれたから。そのうち「びっくりした? 冗談だよ」っていっぱいのお花でも抱えて帰ってくるんじゃないか、って、そんなことを考えている余裕くらい、私にもあったのだ。
でも、夜が明けても三日経っても節の終わりに差し掛かっても、二人は戻ってくるどころか行方知れずのままだった。これはいよいよ本当にそういうことらしいと、寝台の上で膝を抱えた私はようやく理解したわけだけど、でも、信頼しきっていた二人を失った傷心の娘に「街でも行ってさっさと仕事を見つけてきなさい」っていうのは、ちょっと酷な話だと思う。
両親からしてみたら、そりゃあ私みたいな女は厄介者だろう。このガラテアはどこも貧しく農地も不作続き、女は働きに出るか、村に残る男性と結婚するしか道はない。結婚がだめになってしまった以上、私は他の女性たちに倣って、自力で稼がなくてはならないのだ。
でも、どうやって?
そんな私に職の斡旋をしてくれたのは、母と昔から仲の良い、近所に住むキアラおばさんだった。彼女は私の身に起きた出来事を、まるで自分のことのように悲しんでくれた。なんでも、過去に似たような経験があるみたい。こっそり打ち明けてくれたおばさんの優しい赤褐色の瞳は、同じ女性から見ても魅力的だっていうのに。
「私の知り合いにね、ガルグ=マクの騎士の、奥様がいらっしゃるの。彼女の旦那さん……要するに、セイロス騎士団の騎士様ね、その方が、士官学校の食堂がいつも人手不足で困ってる、っていつも漏らしてるそうなの。ちゃんはお料理が上手でしょう? もしちゃんさえ良ければ……なんだけど、働けるよう、話を通してもらいましょうか」
誰か家族でも亡くなったのかと勘違いしてしまうかのような陰鬱な空気に包まれた我が家を訪れ、気遣うようにそう話してくれたおばさんの目元には、深い皺が刻まれている。
ガルグ=マク士官学校って言うと、セイロス聖教会のお膝元、王国からだけでなく、アドラステア帝国やレスター諸侯同盟の貴族子弟が武や戦術を学ぶ場だ。優秀であれば――或いはとんでもない額のお金を準備できれば――平民もその制服を着ることはできると言うけれど、実際は狭き門である。
良家のご令息ご令嬢が生活する士官学校の食堂。自分がそこで働く、というのは、何だか想像しにくかった。だって料理が得意って言っても、私の作るそれは貴族様方の食べ慣れているであろう料理とはかけ離れている。一応花嫁修業の一貫としても教わったけれど、なんていうか、大雑把なのだ。所謂庶民の味、ってやつ。貴族の皆様に喜ばれるような料理なんて、到底作れない。
だけど、じゃあ他に、私に一体何ができるって言うんだろう?
包丁や小刀以外の刃物なんか持ったことのない私が今更傭兵として働くなんて、天地がひっくりかえったって無理だし、この小さな村で結婚相手を探すなんてことだってできるはずがない。楽器ができるわけでも、歌が上手いわけでもなく、極寒の海に出て漁師になる体力もない。この辺りで漁をするとなると、北の、フラルダリウス方面に行くしかないからね。
おばさんの提案は、確かにこの現状を思えば、悪くはないのだ。というか、最適解なのかもしれない。だって色んな選択肢は、もう塗り潰されちゃってるんだもの。
「ありがとうございます、おばさん。ご迷惑でなければ、お願いしても良いですか?」
頭を下げてそう言った私の、テーブルの上にあった手を、キアラおばさんは優しく握りしめてくれた。水分の少ないかさついた指は、おばさんの苦労を物語っている気がした。
それから数節後の大樹の節。年が明けて学生が入れ替わるのと同じ時期、私はガルグ=マク士官学校の食堂で、正式に料理人として働くことが決まった。
あれから時間の経過と共に心の傷が癒えていたかっていうと、良く分からない。なんだか二人がいなくなってから、足元がふわふわしているような気がしてしまって。でも、職も決まったわけだし、いつまでもふわふわなんかしてられないよね。もう結婚も望めないなら、兎に角頑張って、自力で稼がなきゃ。
そんな風にしか考えてなかったから、この士官学校で恋をするなんて、夢にも思っていなかった。