「何を見ているんですか?」



 私たちがこの訳の分からない地に閉じ込められてから既に四日が経っていた。
 出口を探せど見つからず、ここから出たいなら殺しあえという到底受け入れがたい脅迫じみた命令に誰も動こうとしないまま朝と夜を交互に迎え、とうとうモノクマによるタイムリミットが与えられてしまったのが今朝のことだ。このままだと私たちは明日の夜十時で死ぬらしい。
 実感があるかというとそうでもないような、いやそんなことがなくもないような。妙にふわふわとした心許なさを感じてはいるけれど、死ぬのが自分ひとりではないと思えば眼前の恐怖から誰かが目隠ししてくれるような気がした。とは言えそれも現実逃避に違いないのかもしれないけれど。
 各々に配られたパッドには、西暦は省略されているものの、現在の時刻の前に日付けが記されている。それを見て眉を寄せていたところを、偶々キーボが現れたのだ。誰も来ないと思って気を抜いていた、校舎の二階の奥の教室。「何か変わったことでも?」蔦で覆われた窓から光はほとんど漏れず、電気をつけていても薄暗い室内にぼんやりと浮かび上がる液晶を覗き込んだ彼に、私は呟く。



「今日、私の誕生日だった」



 ロボット差別と言われてしまうかもしれないけれど、私が誤魔化さずにそう呟いたのは相手がキーボだったからだと思う。



「お誕生日……ですか?」

「うん……っていうかキーボ、誕生日って知ってる?」

「失敬な! ロボット差別ですよ! 人間の製造記念日のことでしょう!? それくらい知っています!」

「製造記念日……」



 隣の席に座ったキーボに眉間を寄せながら呟くと、キーボはあからさまに狼狽して見せた。



「ボ、ボクにだってありますよ。大事なところに印字されているんです。飯田橋博士がボクを作ってくれた日で、その日は毎年最高級オイルでお祝いしてくれました」

「へえ、いいね」

「そうでしょう! 飯田橋博士はボクを大変大切に扱ってくれていたんですよ!」



 胸を張るキーボにうんうんと相槌を打つ。大変大切に扱ってくれている飯田橋博士も、けれどキーボを迎えにここまでやってくることは叶わないらしい。私の両親だってそうだ。私たちは助けてもらえない。このままここで、明日死ぬ。
 でも、キーボは恐怖をおくびにも出さない。恐ろしくはないのだろうか。それともロボットだから恐怖心がないのだろうか、はたまた死なないのだろうか。データさえ復元できれば体が壊れても問題ないのかもしれない。だったら羨ましい。
 そう思って彼を見つめていた私に、キーボは「あ」と何かに気が付いたように作られた眼球を動かした後、人差し指を立てて言った。ロボットなのに、本当に最新の技術が詰まっているらしい。彼はまるで人間のように表情を変えてみせる。もしかしたら、人間よりも人間らしいくらいに。



「今日がさんの誕生日なら、お祝いしなくちゃいけませんね!」

「えっ?」

「東条さんに話してきましょう! 今夜はお祝い会です!」

「いやいやいや、いや、ちょっと待って」



 立ちあがりかけたキーボの鋼鉄の腕を掴んで引き止める。座るようにお願いすると、不思議そうに首を傾げながらもきちんと言うとおりにしてくれた。彼の体に温度はない。ひんやりとしたそれに触れていると、自分が会話をしている相手が人間でないことを、実感する。



「言わなくていいよ、いや、えっと、むしろ言わないでほしい」



 ただでさえタイムリミットが迫っているのだ。こんなときにお誕生会なんてとてもじゃないけど無理だ。祝う方でも祝われる方でも遠慮したい。
 けれどキーボは全く理解できないと言う風に首を逆側に傾ける。



「どうしてですか? 折角のお誕生日なのに」

「時と場合ってのがあるでしょう、今は駄目だよ。私だってそんな気分じゃない」

「一年に一度しかないのに時も場合も関係ありません、それに、さんだって祝われたいからボクに誕生日だと教えてくれたのではないのですか?」

「いや、それは、なんていうか……」



 キーボに正論を言われて、つい言葉に詰まってしまった。いや、だけどそもそもこれは正論なのだろうか。あんまりにも真っ直ぐ、強い言葉で言われてしまうから、錯覚する。
 お誕生会、そりゃあ、こんなときで、こんな場所じゃなかったら嬉しい提案だった。赤松さんの言うとおり、ここを出てからまたみんなで改めて友達になって、そういうタイミングでだったら心から喜べたはずだ。でもここは外の世界じゃなくて、明日の夜には私たちは死んでいる。最後の晩餐、いや最後から数えて二度目の晩餐に、何が悲しくて誕生日を祝われなくてはならないのか。悲壮感たっぷりのお誕生会なんてごめんだ。想像しただけで寒気がする。



「いや、やっぱりいいよ。気持ちだけで充分だよ」

「……そういうものですか……」



 分かりやすく落ち込むキーボはアンテナをしょげらせて「ボクにはよく、わかりません」と呟いた。彼の腕に触れたままの手のひらを引こうと思ったのに、そんな風に落ち込まれてはそれすらもできない。無意識にその腕を撫でてやりながら、私は眉を寄せる。



「でも、嬉しかった、ありがと」

「……」



 強引にことを運ぼうとしたかと思えば、突然落ち込んで見せたり、こういうところは本当に人間と変わらない。「誰にも教えなければ、祝ってもいいんですか」ぼそぼそと喋られたので上手く聞き取れなかったが、キーボは私に腕を撫でられながら確かにそう言った。私が彼の言葉を理解してそれに返事をするよりも早く、しかしキーボはすっと顔をあげる。その目には先ほどの落胆の色はない。



「わかりました」



 私は何も返事をしてないのに、わかったもなにもないだろう。「何がわかったの」と咄嗟に口にするも、勢いよく立ちあがったキーボの腕を、私は今度は掴むことができない。駆けだしたキーボは、振り返りもせずに教室を飛び出していってしまった。
 一人取り残された私は、ひょっとしたら彼を怒らせてしまったのだろうか、と考える。折角の申し出を無下にしてしまったから。
 手持無沙汰になってしまった私はパッドをタッチして、数字の羅列を漫然と眺める。今日は私の製造記念日。そして明日が私の命日だ。一人になった途端、私は自分の手が震えていることを知る。実感があるかというと、そうでもないような、そうでなくもないような、そう思っていたけど、嘘だ。私は怖い。



「……あーあ」



 死にたくなかった。









 いつまでも日当たりの悪い教室にいると気分が益々滅入ってしまう。私はのろのろと扉を開けると、階段を降りた。このまま食堂に行けば東条さんあたりがいるのは分かっていたけれど、どうも誰かと喋る気にはなれない。気配を殺しながら寄宿舎までの道を行く。道中、赤松さんと最原くんが何か真剣に話をしている姿を見かけた。何か二人には考えがあるらしいけれど、あまり当てには出来ない。
 こんなに楽しくない誕生日は初めてだ。
 毎年両親と食事に行って、ケーキを買って帰る。いつの間にか蝋燭は省略されていて、火を吹き消す気恥ずかしさのないままに切り分けられたケーキを食べ、どうだっていい会話をして、プレゼントを貰う。なんてことない、普通の、ありきたりな誕生日だ。だけどその平凡さはここにはない。
 硬いベッドに転がって、天井の木目を眺める。無為だ。なのにきちんとお腹は空くし、ずっと同じ姿勢でいると体が痛くなる。



「お昼ご飯食べ損ねた」



 ぼやいた瞬間、部屋のチャイムが鳴り響いた。びくりと体を震わせ飛び起きる。一体誰だろうか。茶柱さんあたりか。何の躊躇もなく扉を開けると、しかしそこにいたのはキーボだったから、私は思わず「え?」と声をあげる。



「ああよかった、部屋にいたんですね。さっきの教室にいなかったので少し捜しました」

「え、あ、ごめん……」



 怒らせてしまったと思ったのは、私の勘違いだったのだろうか。キーボは先ほどのことなどなかったかのように、いや、それどころかどこか上機嫌に私の顔を見つめている。何かいいことでもあったのか。眉を寄せた私に、彼は得意気に小さな包みを差し出した。手のひらに収まるくらいのその包みの口を結ぶリボンはお世辞にもバランスがいいとは言えない。私は彼から渡されたこれを、一体何か分からないと首を傾げるほど鈍感ではなかった。



「ボクからの誕生日プレゼントです」



 だけど、声が出ない。お礼も言えなければ、理由も尋ねられない。ぼんやりと靄がかかったような脳に彼の言葉が染み込むのには、随分と時間がかかった。



「人間はケーキとかいうものを食べるでしょう? ですが時間がかかると聞いたので、東条さんがおやつに作っていたクッキーを分けてもらってきました」

「……うん」

「開けてみてください。紅茶の茶葉を使っているらしいですよ」

「これ、キーボが包んだの?」

「はい、その辺の袋とリボンを借りてきました。……あ、でもきれいなものだと思いますよ!」



 断定してくれないところがキーボらしい。私は胸の内側がふるふると震えているのを感じながら、誤魔化すようにぎこちなく結ばれたリボンを解いた。途端に紅茶の香りが漂って、形のいいクッキーが視界に入る。一つつまんで口に入れると、ほろりと崩れた。その私の様子を、キーボはただ見つめている。



「おいしい」

「それはよかったです」



 涙が零れ落ちそうなことに、不意に気が付く。キーボに気づかれないように俯いて、ただ残りのクッキーのうつくしい円を眺める。ありがとう、たったその一言が言えないのに、キーボはぽつりとつぶやいた、あんまりにも優しい声だったから、私は息が止まってしまう。



「誰にも祝われない誕生日なんて、ない方がいいですからね」



 他意なんか、あるわけがない。分かっていたのに、私は堪えきれなかった。喉の奥から嗚咽が漏れる。キーボが狼狽しているのを頭の先で感じながら、私はクッキーを抱きかかえて、声をあげて泣く。こわい。こわいよキーボ。だけどそんなこと言えるはずがない。手のひらの中で、数枚のクッキーが割れる感触がする。鋼鉄の腕が背中を撫でる。私はその硬さを、刻み付ける様に目を閉じる。