夢を見る。
 真っ青な空が広がる、学校の屋上だった。飛び降り防止を兼ねた手すりにそっと触れて、栄えても田舎でもない地味な街を見下ろすそいつは、オレ様の次くらいに整った顔立ちで、くそつまらなそうに目を細めている。胸なんかぺったんこ、細すぎる体では抱き心地も悪いしケツも固いだろう、そういえば、誰か似たような体形の女を最近見たはずだが、わからない、そいつの名前が靄の中に手を突っ込んでいるかのように思い出せないのは、ここが夢の中だからだ。



「お前、まーたこんなところにいたのかよ?」

「美兎」



 薄暗い顔をした女だと思った。肉のあまりない頬は血色が悪く見える。なんとなく、一瞬だけオレ様の名前を呼ぶその口元が緩んだような気がしたけれど、オレ様が次の言葉を吐き出すや否やそれはあっさり奥に引っ込んでしまったから、気のせいだったのかもしれない。



「教室に居場所がねーって大変だなぁ? 同情するぜぇ、ひゃーっひゃっひゃっひゃっ!」

「それは美兎もじゃん。私はそっちのクラスに同情するけど」

「おいどういうことだよ」

「そのまんまの意味だよ。迷惑してると思うよクラスの皆。あんたの声でかいし、内容は品ないし」

「はぁ? オレ様の高尚な会話についてこれねー猿共がわりーんだよ!」



 手すりにおいた腕に顎を乗せ、そいつはオレ様から目を逸らすと再び街を見下ろす。良く似た形の住宅地、川のほうに見える工場の煙、申し訳ない程度に植えられた街路樹、真っ直ぐに伸びる道、都会のそれを真似ただけの、個性の死んだ洒落た店、何の面白味もないけれど、これがオレ様たちの育った街だ。眩しいほどの晴天だというのに、この街はどうしてかくすんで見える。



「はあ、つまんない」



 オレ様の隣に立つ女は、そうして目を細める。








 整った顔立ちをしているのに不細工な横顔だった。もっときちんと目を開けていたらいいのに。わらってりゃいいのに。そうしたら多分、こいつはもっとましな人生を送れるだろうに。にこにこしてりゃ男は寄ってくる。美人だから、余計にそうだろう。だけどこいつはいつもこうして目を細めて世の中を斜めに見ているから、だからきっと、こいつの目から見たこの屋上からの景色も、灰が降ったように見えているのだろう。オレ様はそう考えながら、「ほんっと不細工だなお前。」とぼやくように呟くけど、そいつは「いや、絶世の美少女だし。」と手を振る。乾いた笑いをあげながら、オレ様は、血色の悪い絶世の美少女のために、一生ピンクの頬でいられる化粧品でも開発してやろうかと考えている。








 目が覚めると、そこには既に見慣れた天井があった。
 かたいマットレスから体を起こすと、いまいち回転しない頭で、ああまた朝がきたと考える。死ななかった安堵とこれからも断続的に訪れる恐怖に、身がすくむ。
 ここから外の世界に出たければ殺しあえ。そういう状況下の元、もうこの場所で何人かが死んだ。突然始まったコロシアイ生活の中、日に日に精神がすり減っているのを感じる。感じながら、こんなのはオレ様じゃないと考える。必死で自分を演じれば演じるほど虚しさが募る。焦る。こんなときだから、きちんと人と話して上手く付き合って、どうにか自分が殺されないように立ち回らなきゃいけないのに、上手くいかない。
 普通に話しかけても眉を顰められ苦笑され、協力してほしいと頼まれてもこの性格が邪魔をして素直に受け入れられない、この前なんか二人の男女を土下座させてしまったし、おかげで新しい性癖の扉を開いてしまった。それもまた周囲の人間にひかれる原因であるとは分かっているけれど、オレ様はもうずっとこうして生きてきたから、今更どうこうできるとも思えない。
 テーブルの上に置かれたままのパッドを見る。あれを見たせいか、余計に焦りは加速する。








「美兎はいいな」

「おっ!? やっとオレ様の魅惑のボディが羨ましくなったか?」

「いや巨乳とか全然羨ましくないし。着る服なくない? 肩こりそうだしご愁傷様~って感じ」

「ひっひどい……どうしてそんなこというのぉ……」

「冗談だよごめんって」

「はぁ!? オレ様をからかいやがったな!?」

「だって、美兎がへこむの面白いし。可愛いし」

「えっ? 可愛い?」

「いやそこまでじゃないけど」

「褒めたりけなしたりするなよぉ……!」

「……いや、だからさ、そうやって、いろいろ作れて、うらやましいなって言ったんだよ」

「えっ!? そ、そう!?」



 オレ様が何かを開発している横で、そいつはいつも本を読んでいた。時折顔をあげて話しかけて、いつも開発の進捗を気にして、出来上がったときはあれこれ質問をする、声は平淡で素っ気ないのに、その目は隠しきれない好奇心でオレ様以上にきらきらしている、そういう女だった。



「寝ながら本が読める機械作ってよ」

「いやオレ様は寝ながら飯が食える機械が欲しいんだよ!」

「そんなのやだ。ご飯は味わって食べるからおいしいんでしょ?」

「ぼっち飯が偉そうに言ってんじゃねえ!」

「あっもしかして美兎、あれじゃない? ぼっちで食べるのが寂しいから寝ながら食べようと……」

「わ、悪いかよぉ!? お前もだろ!?」

「私は寂しくないけど仕方ないから今度一緒に食べてあげてもいいよ」

「はあ!? お前がオレ様と食いたいだけだろ? オレ様の最上級の体の上に刺身のっけたいってかひゃーっひゃっひゃっひゃっ!」

「うわ絶対まずいでしょ。生温かい刺身とかやばくない? 想像しただけでやばいわ見て鳥肌たった」



 夢の中のそいつは目を細める。オレ様といるときだけは、いつものようにではなく、穏やかに細める。白い腕に出来た鳥肌を見せつけるそいつはまるでその辺にいる女子高生で、孤独ではなくて、柔らかくて、生きていた、オレ様はその腕に触れた、あたたかかった。産毛がうっすら生えたそこはそいつが言うようにほんとうにぶつぶつしていた。だから声をあげて笑った。そいつも、きっと初めて声を出してわらった。油まみれの指の痕を拭うこともせず、そいつはオレ様のように地べたに座り込んで、下着が見えても構わないというように足を崩してわらっていた。








 オレ様はこんなんだから、生まれた時から天才だから、ずっと周りは馬鹿だと思ったし、親すらもオレ様を持て余した。だからこうして馬鹿なふりをして、馬鹿がとっつきやすいように、馬鹿な話を大声でしていた。ある馬鹿はオレ様を見て笑って、ある馬鹿はオレ様をさげすんで、ある馬鹿は目を合わせもしなかった。世の中のほとんどは馬鹿が占めている。馬鹿に独占されている。だから、天才は孤独だ。理解されないのだ。大天才のオレ様は、つまり、超絶孤独だ。オレ様の話には誰もついてこれない。オレ様の言葉の、きっと十分の一も理解してもらえない。オレ様は、それでも仲間に入れてほしかったのかもしれない。
 馬鹿になりたかった。馬鹿に生まれていたら、馬鹿なふりをしていれば、愛されるかもしれないと思った。化学の話でも機械の話でもない、万国共通の下世話な話をすれば、誰かがオレ様の言葉に笑ってくれるかもしれないと、オレ様はそう思っていただけだった。
 だから、いいんだ別に病気だって思われたって。馬鹿に馬鹿にされたって。大天才のオレ様は痛くもないし悲しくもないし怪我もしない。だけど、だけどさ、一人は、きついんだよ。こんなコロシアイの中、どうやってひとりで生きていけっていうんだよ。誰かに笑ってほしい。隣にいてほしい。一緒にスカートの中身が見えても気にせずに、ひっくり返って笑う誰かがほしい。そう思っていたのに、オレ様は、どうしてあいつのことを忘れていたんだろう。








 飯を食った。箸の持ち方がなってないと叱られて、子供の使う矯正箸を誕生日にプレゼントされた。むかついたからあいつの誕生日には補正下着を買ってやった。投げつけられたけれど楽しかった。テスト前は勉強に付き合ってやった。オレ様は大天才だけど、現代文だけは苦手だったから、あいつに解き方のコツだけを教えて貰った。あいつは理系の脳みそを持ってないから、テスト前だけは妙に大人しくしおらしく俺に勉強を教えてくれと頼んできたものだった。一緒に洋服を買いに行って、そこでも声がでかいと怒られて、趣味が合わな過ぎて最終的にはいったん解散してそれぞれ好きな店を見るとかいうわけのわからないこともした。一度だけ、あいつが好きな男の話も聞かされた。どうやらそいつは死んでるらしかった。オレ様は興味があったけれど、あいつは二度とその話をしなかった。いつか聞かせてくれるだろうか。あいつは今日も、オレ様の隣でだけ笑っている。








 動機として与えられたパッドの中身は、すり替えられていた連中が多かったと聞く。だけど、オレ様のものは、そうではなかった。超高校級の発明家入間美兎の動機ビデオと銘打って始まったそこに、あいつがいた。
 
 オレ様の人生で、唯一大天才の発明家である「オレ様」でない、入間美兎としてのアタシを見つけてくれた女。ほそっこくて、なんの凹凸も面白みもない体形で、ぶすっとして、笑わなくて、読書だけをし続けて、唯一アタシを「美兎」と呼んでくれた。一緒にいてくれた。どうして忘れていたんだろう。どうしてこんなことになったんだろう。あいつがいなければ、アタシはひとりになってしまうのに。
 アタシは誰もいない部屋で、何度もパッドの中で生きているを見ている。












 殺人を円滑に行うためにコンピュータのプログラムを改変しながら、口の端からは自然とあいつの名前が漏れていた。胸の中がどきどきとうるさいのは、緊張のせいか高揚感のせいか、分からない。けれどオレ様は帰る。ダサイ原たちとはおさらばだ。人を殺して、一人でここを出るのだ。そしてあいつを迎えに行く。工場の排気ガスでくすんだ、何の変哲もない街に、バカみたいな話をして笑ってくれるあいつの隣に、オレ様は帰るのだ。



「待ってろよ



 そしたら、どうか、アタシの、オイルといっしょに他人の血で汚れた手を取って、あのときみたいにわらって、「ばかだな」と、言ってくれ。
 アタシは馬鹿になりたかったけど、が大天才のままのアタシを愛してくれるなら、それで充分だった。