皿洗い当番なのだと言う彼女の手伝いをしながら、星屑の街の子供たちに向けてハロウィンパーティを考えているのだと漏らしたら、さんは「私もお手伝いしたい! 」とぱっと顔を輝かせた。急にこっちを向いた彼女は勢い余って手の中にあったお皿を滑らせたので、思わず手を出してその落下を防ぐ。さんは「おわ……」と目を瞬かせると、照れくさそうに「ありがとう」とその眦を下げるから、ぼくは緩く首を振った。今のは彼女の集中を途切れさせたぼくが悪いけれど、本当に目を離してはいけない人だな、と思う。
泡を切りながら、彼女は浮ついた様子を隠しきれずに続ける。声や、目線、そういったものから滲み出る感情を抑えられない人だから、今さんがどういった気持ちでいるのかは手に取るように分かる。
「ハロウィン、私の元いた世界にもありました。仮装して、トリックオアトリート、って言ってお菓子をもらうんですよね」
「そうですね」
クリスマスやバレンタインなどもそうだが、異世界と言っても何かとイベントに関しては近いものがあるらしい。彼女は記憶を探るように、その目線を天井に向ける。
何かさんの郷愁を呼び起こすものがあったとして、しかし彼女はそれを懐かしむ以上のことはしなかった。少しずつ根を張るように、さんはこの世界にその存在を染みこませている。濡れた袖をそのままに、ありとあらゆるものを受け入れるように。ぼくはその姿に、安堵に似た感情を抱いているのだ。
「ここ最近は商店街でイベントもしてたみたいだけど、私が小さい頃はそういうのなかったから、ちょっと憧れてたんです」
「へぇ。お菓子を配る方に?」
「ううん、もらう方。仮装したかったの。…………あ、でも、子供達のために開くハロウィンのお手伝いをするんだったら、配る方か。私、子供じゃないもんね」
「だとしても、仮装しちゃ駄目なんてことはないでしょう」
流しの頭上にある灯り以外は既に落とされていて、天井の隅は仄かに薄暗い。さんはそこに置いていた目線を僕に戻すと、一呼吸置いてから「じゃあカトルくんも仮装するの?」と、予想から少し外れた返答をしてみせるから、ちょっと驚いた。
「カトルくんの仮装、見たい! どんなのだろう? 吸血鬼? 狼男? それともミイラかな」
「……ぼくですか?」
「うん! 絶対何でも似合うから!」
もしもその両手が濡れていなければ、さんはぼくに飛びついていたんだろう。期待に満ちた笑みがあまりにも真っ直ぐで、ぼくは正直に言うと少し戸惑っていたけれど、彼女をがっかりさせるわけにはいかないとも思ってしまった。結局の所、ぼくはこの女の子にとても弱いのだ。
どちらかと言えば、仮装をした姿が見たいと思っているのは僕の方であるはずだ。そもそもパーティのことを黙って星屑の街に戻ったって彼女はきっと気付かなかっただろうに、それでもわざわざ口にしたのだって、下心がなかったとは言い切れないのだから。「行きたい」と言わせるため、誘導したのだと知られたら、さんはぼくを軽蔑するかな。……しないか。
「……考えておきます」
それでも黒とも白とも言えない言葉で濁したのは、ぼくの返答で一喜一憂する彼女を見たかったからだ。想像通り、さんはその眉根を僅かに寄せて、「ええ~」と不満げに目線を落とす。
「当日のお楽しみ、ということで」
さんがぼくのその一言で何を思ったのかは想像に難くない。花が綻ぶように微笑んださんは、「やった」と零すから、その厳禁さに呆れて、小さく笑ってしまった。つられてしまったのだ。
さんはそんなぼくの顔を、じっと見つめている。ぼくが笑っているのが嬉しいとでも言わんばかりに。こういう風に他人から何らかの感情を伴った目で見られることを、昔のぼくは嫌っていたはずだけれど、不思議なものだ。さんといる間だけ、ぼくは「十天衆のカトル」ではなくなるように思えている。角が取れて、強張っていた表皮が剥がれて、ぼくはぼくの知らないぼくを直視させられている。最近のぼくは、それに嫌悪を覚えることもない。
もしもここがグランサイファーの厨房でなければ、その肩を引き寄せて唇に触れるくらいはしたのかもしれない。人の気配はなかったけれど、それでもそうすることをしなかったのは、こういう穏やかな、生ぬるい温度を壊したくなかったからだ。
「私も何の仮装するか考えておこうっと」
そんな僕の思いなど知る由もない彼女の、半ば独りごちるようだった呟きに、ぼくは曖昧に頷く。
パーティ当日、星屑の街に付いてきてくれた彼女は「カトルくんみたいになりたかったの」と、エルーンに似た大きな耳をつけてぼくの前に現われ、ぼくを大いに動揺させるのだけど、そんなこと、このときのぼくは知る由もない。