ふわふわの尻尾って見てるだけでも幸せになれる。比較的小さな動物のものですらそうなのに、こんな大きな尻尾が視界に入ったら、そりゃあ目で追ってしまうのだって仕方ない。
金色の、わたあめみたいにボリュームのある大きな尻尾。お日様の光を受けてきらきら輝いて、たまに吹く風に長い毛先が靡いていて、すごく柔らかそうに見えて。
さわりたい。
「……どうかしましたか」
「えっ……いや……べ、べつに……!」
多分、私の視線が煩わしかったんだろう。その身体に似合わない大きな尻尾を揺らしながら、コウくんは困ったように眉を八の字にして私を振り返った。本当はコウくんの目を見て話すべきなのに、私って本当に失礼な人間で、それまで視界の真ん中に置いていた尻尾をそのまま目で追ってしまうのだ。
昼下がりの甲板は良いお天気で、次の目的地に向かうまでの間、洗ったシーツを干そうと階段を上って来たところにコウくんを見かけた。何か目的があってそこにいるようには思えなかったから、単に日向ぼっこでもしていたのかもしれない。無意識にか、ぱたぱたと左右に揺れていた尻尾に意識を持って行かれたのは想定外だったけれど。
私の背の方ではためくシーツに視線をやるコウくんは、大層大人だった。だって私の失礼な行いに気付かないふりをしてくれているんだから。
「さんは、お洗濯ですか」
「あ、うん。シーツを干してたの。コウくんは……」
「景色を眺めて暇を潰していました。さんも見て下さい。ここから見えるあの崖、狼が口を開けているように見えませんか?」
「…………」
「……さん?」
「あっ! うん、そうだね! 狼のしっぽみたいだねえ!」
「…………」
コウくんが私から視線を外す度に、つい尻尾を見てしまうのをどうにかした方がいい。分かっているのにそれがどうにも難しい。
しかしどうしてエルーン族って尻尾がある人とない人とがいるんだろう。カトルくんもアンスリアさんも尻尾はないのに、コウくんにはこんなに立派な尻尾がある。尻尾だけじゃなくて耳の形だって人それぞれだ。比較的小さめの人もいれば、顔くらいの大きさの人もいる。やっぱり遺伝とかなのかな。とっても不思議だ。
「触りますか?」
「うーん…………えっ!?」
考え込んでいたせいか、コウくんが私にそう尋ねた瞬間、反応が遅れてしまった。
「尻尾。随分気にされているようだったので」
本当は遠慮すべきだったんだろう。だって、特別親しくさせてもらっていたわけでもない男の子なんだから。この世界にやって来て数年、流石の私もエルーンの耳や尻尾がパーソナルな部分だってことくらい理解している。普通だったら、騎空団の仲間でしかない男の子の尻尾なんて、触っちゃだめなのだ。
だけど私は弱かった。
「い、いいんですか……?」
こんな魅力的な尻尾を前に、我慢なんてできるわけがなかったのだ。
「それで他人の尻尾を触っていたと?」
「ごごごご、ごめんなさい」
「…………」
騎空艇内の倉庫の奥に連れて行かれた私は、壁に追い詰められた状態でカトルくんに見下ろされている。
コウくんの許可を得て尻尾をもふもふと触っていたところを、私を捜しに来たカトルくんにばっちり見られて、それであっという間にこんな状況になってしまったわけだけど、コウくんには悪いことをしてしまった。カトルくんはコウくんにあからさまな敵意を向けたりはしなかったけれど、彼はカトルくんに手を引かれる私をすごく心配してくれていたみたいだったから。後で謝っておかなくちゃ、と心の隅っこで思った私を咎めるみたいに、カトルくんは掴んでいた私の手首に力を込める。
「他の男の尻尾を触るなんて、随分浮気性な人なんですね?」
「う、浮気では……ないもん……」
だって、だってふわふわのもふもふだったの。どうしても気になって、触って良いって言われたら抗えなくて。お日様のにおいがして。きもちよくて。
色々な言葉がぐるぐると脳内を駆け巡ったけれど、そのどれもが口にしてはいけないものであることは分かっていた。言い訳でしかないのだ、こんなの。実際、だけどあれは浮気ではない。だってコウくんはまだ子供だし。そういうんじゃない。断じてない、けど。
でも夢中になってコウくんの尻尾を愛でていた私の名前を呼んだカトルくんの顔は、とっても恐ろしかった。彼は怒っているのだ。そして彼を怒らせたのが他でもない私自身であることは、間違いない。
倉庫の片隅は暗く、じめじめとした湿気が広がっている。外の廊下を誰かが走っていく音がして、私はそれにびくりと肩を震わせるのに、カトルくんの方は意にも介していないみたいだった。
「浮気ではない、ですが、もうさわりません……」
「へえ」
痛くない程度に力を込められた手首も、私を覗き込む、短い前髪の下の真っ直ぐな瞳も、素っ気ない風に思える短い言葉も、私は彼が今私に向けている全部に、カトルくんの思いとか、そういうものを感じている。そのとき突然、花開くように芽生えた多幸感といったら! それは本来なら、正式な感情の受け取り方ではなかったのかもしれない。変化球っていうか、なんていうか。こんな風に、コウくんみたいな第三者を通じて得るものではない、わかっているけど、私は今、カトルくんが私に向けてくれるありとあらゆる感情の塊を受け止めて、感動してしまっている。すきだ、と思っている。
「カトルくん、嫉妬してくれてるの?」
「はぁ?」
思わず口にした言葉に、カトルくんがちょっとだけ目を丸くした。低い声音に、いつもの私だったら少しは怯えたんだろうけれど、何だか今はそれすらも嬉しい。おかしいかな。
カトルくんが何かを言う前に、思いきってカトルくんの身体に抱きついた。「っちょ」て、びっくりしたようなカトルくんの短い呼吸音が頭に降ってくるのを感じながら、にやけてしまった顔を見られないように、背中に回した腕に力を込める。
「なんなんですか、あなたは……!」
「へへへ」
嫉妬されて嬉しいの、なんて答えたら、気持ち悪がられるかな。
どれくらいそうしていたか、やがてカトルくんは諦めたようなため息を吐くと「次はないですからね」って念を押すから、「肝に銘じます」と素直に頷いた。