以前停泊した街で立ち寄った下着屋さんで、偶然メーテラさんと出くわしたときに勢い余って購入したものが下着ケースの奥から出てきた。黒いレースがふんだんにあしらわれて、サイド部分がリボンになっている、所謂紐パンってやつだ。今となっては信じられないことだけど、「ぜぇったい似合うってぇ!」とメーテラさんに勧められて、ついその気になってしまったのだった。だって、あの素敵なメーテラさんのお墨付きなんだもの。大人っぽい下着を着ても良いんだって背中を押してもらえたように思えて、嬉しかった。だけど部屋に戻ってふと鏡の中の子供っぽい自分を見た瞬間に冷静になって、急に自信がなくなって、そのままそれを目に入らないところに片付けた。それが今から随分前のことだ。それでこうして衣類の整理をし始めるまで、その存在をすっかり忘れていたのだった。
 膝の上に広げたそれをまじまじと見て、改めて「私には似合わなそう」と思う。私はメーテラさんと違って大人っぽくないし、彼女のような健康的な色っぽさからはかけ離れたところにいるから。もしももうちょっとスタイルが良くて、胸とかもきちんと谷間ができるくらいにはあって、脚もすらっと綺麗だったら、こういうデザインのものだって自信を持って身につけることができたんだろうけど。
 でも、じゃあ、捨てるかって言うと勿体ない気がする。コルワさんが言う「見ててドキドキする服っていうのはそれだけでハッピーよね。自分で着なくちゃ勿体ないわ」っていう言葉を下着にも当てはめるとするんだったら、私はこれを一回くらいは穿いてみてもいいんじゃないだろうか、だってやっぱりこれを手に取ると胸がドキドキしてしまうから。特別な日に、こっそり穿いてみたら良いかもしれない。オシャレは見えないところからとも言うし、折角メーテラさんが一緒に選んでくれたんだもの。
 それでカトルくんとお出かけする日にこっそり穿いてみたのに、こんな、あんまりだ。
 色んな不運が重なったんだと思う。今日着る予定だったパンツが洗濯中に風で飛ばされて空に消えてしまったことも、普段服装のアドバイスをくれるコルワさんが不在だったため、ギリギリまで悩み抜いた結果、軽い生地の、ふんわりしたスカートを選んでしまったことも、久しぶりのデートにドキドキして、その上普段とは違う下着の感覚に歩きにくさというか、心許なさを覚えて、カトルくんの隣をきちんと歩けなかったことも。そしてその結果道端の柵にスカートを引っかけてしまったのだ。
 柔らかい布地は呆気なく裂かれた。動揺して身動ぎをしなければ、少なくともその破れはもう少し細やかなものになったはずだったのに。
 膝丈のスカートが勢いよく裂かれた結果、太股が露わになってしまった。カトルくんが気がついたかどうかは分からない。だけど私はこの目で確かに見てしまったのだ。剥き出しになった自分の太股、その地肌、結ばれた紐を。



「わーっ!?」



 せめてもう少し可愛い悲鳴をあげるべきだったのに、スカートを押さえてしゃがみこんだ私は、もう全然、自分自身がそういうところからかけ離れた生物になってしまったように思えた。








「本当に怪我はしてないんですか?」

「してないです……」



 不幸中の幸いだったのが、騎空艇の傍だったことだろうか。
 破れてしまったスカートを隠しながらどうにか部屋に戻り、着替えを済ませて廊下に出てきた私は、カトルくんの静かな問いかけに緩く首を振った。
 コルワさんはこのところドレスの生地を買い付けに行っているため不在で、今も部屋にはいない。外は少し風も出始めていて、改めて外に出かける気にもなれなかったから、「あの……お部屋、入る?」とカトルくんに尋ねたけれど、彼は少し思案するように目線を外して、「……では、少しだけ」と答えた。答えるまでのその僅かな間すらも気になってしまう。だって、だってカトルくん、さっき、見た、よね? 確信は持てないけれど。
 普段二人で過ごすには窮屈な船室だ。特に、コルワさんはお仕事もあって荷物が多いから。カトルくんのお部屋みたいに、ソファがあるわけではないし。招き入れたは良いけれど座る場所はベッドしかなくて、二人で並んで腰を下ろしていると、何だか落ち着かない。履き替えたスカートの裾にあしらわれている、重ためのレースを視界の真ん中に据えながら、私の脳裏を延々と過ぎり続ける誤魔化しや言い訳の数々をああでもないこうでもないと取捨選択していくのに、困ったことに、全部が削ぎ落とされて最終的に何にも残らないのだ。
 だから、カトルくんに「着替えたんですか?」と聞かれたときは、一瞬理解ができなかった。



「え?」

「だから、着替えました?」



 改めて尋ねられて、首を傾げる。
 私が着替えたのは一目瞭然だ。だって今穿いているスカートはさっきのものよりも裾が長いし、生地も重たい。太股あたりにまで食い込んでいた破れだって勿論ないし、色だって白から濃いめのブルーになったんだから、さすがにカトルくんだってその違いに気がついていないわけはないと思う。
 裾を摘まんで、「うん、着替えたよ。ほら」と答えると、カトルくんはそっとその目を細めた。理解の遅い子供を非難するような目だった。



「……そうではなくて」

「?」



 そのとき、拳二つ分くらい空いていた私との距離を、カトルくんは徐ろに詰めた。びっくりして、思わず身構える。唇をぎゅ、と噛んで、上半身だけを逃げるみたいに反対側に動かしてしまったから、咄嗟にベッドに手をついた。だけどカトルくんはそんなの全然意に介さないみたいに、スカートの上から私の腿を撫でる。その手がそのままお尻の脇、腰の方にずれていって、息が止まった。くすぐったかったのもあったけれど、どんな反応をしたら良いのか全く思いつかなくて。



「こっち」



 そこにあるものが分かっているとでも言わんばかりになぞられる。今穿いている下着の、紐がある部分を。
 ぶわ、と一気に顔に熱が籠もった。「あ、あの」と声が漏れて、だけどそのまま否定も肯定もできない。やっぱりさっき、見られてたんだ。私の穿いてた紐パンを。薄く笑ったカトルくんは、紐の部分を確かめるみたいに指先でぐりぐり押し付けながら、私のことを見つめている。



「随分可愛いものを穿いていたみたいですけど」

「あ、あの、その……」

「折角ですし、着替えてないなら、ちゃんと見せてもらってもいいですか?」



 顔を近づけられて、耳打ちされて、ぞわぞわする。心臓を鷲づかみにされたような感覚に思わず縮こまりながらも、ゆるゆると首を振った。「や、だ、だめ……」何とか返したけれど、耳朶に歯を立てられて身を竦める。
 多分、このままなし崩し的に流されてしまうんだろう。だって私、カトルくんにお願いされてちゃんと断れるほどしっかりした意思なんか持ってないから。それが分かってるみたいに、カトルくんは喉の奥で小さく笑った。いつの間にか掴まれた手首は熱を持っていて、そこからじわじわと浸食する甘い毒のようなものに、私は知らないうちに蝕まれていく。