星屑の街のクリスマスパーティに招待したとき、さんはやけにびっくりした顔をしていた。丁度依頼が何もなく、ぼくの部屋で二人でのんびりしていた日のことだ。子供たちが作ってくれた招待状をまじまじと眺めて、「私に?」と心底不思議そうに尋ねるものだから、「他に一体誰が?」と半ば呆れた声音で尋ね直す羽目になったのだった。
 グランサイファーにはさんと仲の良い団員が大勢いる。彼女と同じ部屋で寝起きしているコルワさんや、最近よく一緒にいるアンスリアさんから女子会のようなものに誘われているかもしれないし、或いは厨房のメンバーで打ち上げを計画していてもおかしくない。だけど一応、ぼくと彼女は恋人同士なわけだし、まさかぼくを差し置いて予定を入れていることはないだろう。他の人だって遠慮するだろうし。
 そう高をくくっていたのに、さんはぼくと招待状とを交互に見比べて、困惑した顔をしている。いくら抜けたところのある人だからって、まさか本当にぼく以外の人との予定を入れたんじゃないだろうなと目を細めたその瞬間、さんは「誘われると思ってなかったから」と呟いた。「は?」思わず短く返してしまったぼくに、さんはびくりと肩を震わせる。



「や、だってカトルくん、クリスマスはいつも子供たちと過ごすって言ってたでしょう?」

「ええ、過ごします」

「サンタさんもやるって言ってたから」

「だからと言って、恋人と過ごさないとも言ってませんよ」

「こっ……いびと……」



 いちいち赤くなるさんは、一体どこまで初心でいるつもりなのだろう。染まった頬を隠すように招待状で鼻から下を覆って、さんはぼくのことをじっと見つめていた。ひとしきり照れて気が済んだのか、「じゃ、じゃあ……」と目線を彷徨わせたのち、さんはもう一度招待状に目を落とす。ツリーとサンタの絵が描かれたそれを、大切そうに指でなぞりながら。



「出席で、よ、よろしくおねがいします……」



 恋人と過ごすクリスマスなんて初めてだったのだと後に彼女は言ったけれど、そんなのぼくだってそうだとは、ついぞ口にはしなかった。そもそも星屑の街のパーティである以上、恋人と過ごす、というような甘ったるい空気になり得ないことは明白だったから。
 勿論その旨は先に伝えておいた。当日は恐らく互いに子供たちに囲まれるだろうから、そこで二人の時間を取るのは難しいだろうということ。パーティが終わって子供たちが寝静まった後も、ぼくはサンタとして姉さんと二人で街中をまわってプレゼントを配りに行くことになっていた。だからグランサイファーに戻ってくるのは夜半になるだろうということも。
 だけどさんはけろっとした顔で、「勿論わかってますよ。お手伝いできることがあったら言ってくださいね、何でもするから」と頷いたのだった。








 数日前から、さんには星屑の街の子供たちのためにクリスマスパーティの準備を手伝ってもらっていた。ツリーの飾り付けや、プレゼントの準備、ローアインさんに習ってきたとかで、ケーキを作ったのも彼女だ。スポンジは上手に焼けていたけれど、クリームやフルーツの配置に苦戦して、納得いく出来ではなかったらしい。本人曰くの話で、子供たちは喜んでいたし、味だって普通に美味しかったのだけれど。
 さんは子供たちに混ざっていても違和感がないくらい、良く食べ、良く笑い、良く遊んだ。一緒に歌を歌い、食事を楽しみ、子供たちとのカードゲームで負け越して(ルールが分かっていなかったようだったので、途中で手助けしたけれど、それでも負けた。彼女は駆け引きに弱い)子供たちの「お姉ちゃんの作ったケーキ、すっごく美味しい!」の言葉に破顔した。姉さんが「が来てくれて良かった。みんなすごく楽しそう」と言いたくなる気持ちも分かる。彼女は子供たちの友人のようで、姉のようでもあった。途中疲れて眠ってしまった子に膝を貸してやりながら、背を撫でてやるその横顔は柔らかかった。彼女のような女の子がぼくの傍を選んでくれたことを改めて見つめ直す。胸がむず痒くなって、ぼくはどんな顔をしたら良いのかもよく分からなくなる。








 夜が更けて子供たちが全員自分のねぐらに帰って、パーティの後片付けも済んだ頃、ぼくと姉さんはサンタの衣装に着替える。こんなもの無くても、とは思うのだけど、たまに目を覚ます子供がいるのだ。夢を壊すわけにはいかないからと準備した。そんなぼくと姉さんに、さんは目をきらきらさせていた。



「カトルくんもエッセルさんも素敵。とっても似合ってます」

「ん……ありがとう、



 さんはこの後グランサイファーに一人で戻るつもりだったらしいけれど、泊まっていけばいいという姉さんの言葉に少し逡巡していた。優等生のさんは、グランさんに外泊届を出していないことが気に掛かるらしい。ぼくとしては一人で夜道を歩かれるよりは、多少のルール違反なんかしても構わないと思うのだけど。



「だったら、後でぼくと一緒に帰りましょう。終わるまでここで待っていられればの話ですが」



 ぼくの提案に、さんはぱっと目を見開く。「良いの? 嬉しい」と素直に思ったことを口にするさんは、相変わらず純粋で、濁り気のない表情をするけれど、ぼくは単純に、クリスマスの夜にあなたともう少し一緒にいたかったのだ。








 結局サンタの姿を一目見ようと起きているような子供は一人もいなかった。みんな、昼間あれだけはしゃいでいたのだから当たり前かもしれない。さんのおかげで、子供たちも随分楽しそうだったし。けれど「みんなが寝ているんだったら、ぼくたちがどうしてこんな浮かれた格好をしたのかわからないね」とぼやいたぼくに、姉さんは「でも、中には寝たふりをしていた子だっていたかもしれないでしょう? 全く意味がないってことは、ないと思うけど」と真面目な顔つきで答えたから閉口する。さんに見られるには少し恥ずかしい衣装だったと改めて思ったからこそ口をついて出た言葉だったのだけど、姉さんに真意は伝わるまい。
 時折思い出したように吹きすさぶみぞれ混じりの雪に苦戦したが、プレゼントを配り終えた頃には憎らしいくらいに美しい星空が広がっていて、これまでの疲労は満足感に変わってしまった。しかし思ったよりも時間がかかった。水分の多い雪は土の上では跳ねるし、石畳の上では滑るからどうしても歩くのに慎重にならざるを得なかったのだ。プレゼントを汚すわけにもいかなかったし。



「…………、起きてるかな?」



 姉さんの神妙な言葉に頷く。ぼくも、そう思っていたところだった。それも、ほとんど強い確信をもって。
 子供たちが疲れて眠っているのなら、きっとさんもそうだろうな、と。








「……やっぱり」



 果たしてさんはぼくたちの家の一階で眠りこけていた。薪のくべてある、暖かな暖炉の前だからまだ良かったけれど、これが隙間風の入りやすい窓の傍だったら風邪をひいていたのは確実だ。待っている間、本でも読んでいたのだろう。本棚にあった姉さんの本を膝に乗せたまま、彼女は随分と気持ちの良さそうな寝息を立てていたのだった。
 姉さんが着替えのために先に二階に向かったのは、ぼくに気を遣ったからなのかもしれない。「待っていると言っておきながら、あなたって人は……」ぼくはサンタ姿のままさんの座るロッキングチェアの前に立って、無防備に眠る彼女の頬を軽く叩こうとして、しかし寸前で躊躇う。



「……んん、ふふ」



 寝言を漏らしながら幸せそうな顔で眠る恋人を前にたたき起こすなんて所業を出来る人がいるんだったら、よっぽどの人でなしだ。
 だけど留守番中に寝てしまうほど気を抜くなんて、子供ですか、あなたは。言いたい言葉をぐっと堪えて、そのまま床にしゃがみこんでしまった。さんの膝の上にあった本を取って、テーブルに置く。栞紐の位置は序盤も序盤で、ぼくはちょっと笑ってしまった。よっぽど早く寝たんだな、この人。
 今無理に彼女を起こしたとして、グランサイファーまで歩いて戻るのかと思うとちょっとうんざりしてしまう。こうなったさんはきっとすぐには覚醒しないだろうし、そんな彼女をこの雪道の中連れて歩くのは至難の業だ。せめて雪がなければ、おぶってでも引きずってでも連れて帰れたけれど、あの道では二人で滑って転ぶのが目に見えている。
 このまま家で寝かせて、明日の朝一緒に帰るのが合理的か。そう判断したとき、着替えを済ませた姉さんが階段を下りてきた。
 さんの背中と膝の裏にそれぞれ手を回して、抱きかかえる。眠っている女性って重いものだ。あまり衝撃がいかないようにしたけれど「ん~……」と動きながらぼくの胸の辺りに顔を埋めるさんは、起きる気配もなかった。



「上で寝かせる?」

「そうするよ。客室って、ベッドのシーツは洗ってあったっけ」

「うん、問題ないよ」
 
「良かった。じゃあ貸してもらう」



 階段の壁にその足がぶつからないように身を捩りながら上る。「…………カトルくん」不意に名前を呼ばれて心臓が止まったような心地になったけれど、何てことはない、ただの寝言だった。一体どんな夢を見ているだろう。ここまで気の抜けた顔をしているのだ。幸せな夢であることには間違いないけれど、少し気になる。
 しかし、折角クリスマスのプレゼントを準備したのに、渡す機会を逸してしまったな。客室の扉を身体で押し開けながら、そんなことを考えた。ひっそりと冷たい客室は、クリスマスの夜というには随分寒々しく、一人で寝かせるのはちょっと可哀想だな、とちらりと思ってしまった。








 目が覚めたとき、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
 カーテンの向こうがやけに眩しくて、妙に寒い。この体感温度からいっても、多分、外では雪が積もっているのだ。雪はそんなに、好きじゃない。寒いし冷たいし、滑って転ぶし、雪だるまではしゃげる年齢でもなくなってしまったから。でも、昨日一緒に遊んだあの子たちだったらきっと大喜びするんだろうな。色んな形の雪だるまをたくさん作って、星屑の街の家の前に並べる。個性溢れる雪だるまが勢揃いする様は、きっと壮観だ。そこまで夢現で考えて、ようやくはっと目を覚ます。
 そういえば、私はグランサイファーに帰った記憶がない、と。
 カトルくんとエッセルさんがサンタさんの格好をしてプレゼントを配りに家を出て、その後一人暖炉の前でぬくぬくと温まっていたところまでは覚えている。本棚から簡単そうな本を借りて、数ページだけ読んでみたことも。だけど読み進めていくうちにゆるゆると瞼が落ちてきたのだった。そう、思い出した。あのまま寝ちゃったんだ。
 ああ、どうしよう、どうしよう。ここ、エッセルさんとカトルくんのおうちだ。以前ルリアちゃんと一緒にお泊まりしたことのある、二階の客室で間違いない。見覚えのある室内の様子に狼狽する。待ってるっていったのに、寝ちゃったんだ。なんでだろう。クリスマスの夜、二人でゆっくりできなくても、一緒に過ごす時間がちょっとでも作れるんだ、なんて浮かれてたくせに、うきうきした心地のまますっかり眠りこけていたなんて。
 慌てて起き上がったそのとき、枕元に覚えのない包みがあることに気がつく。赤い、手の平で抱えるには少し大きなプレゼント袋だった。
 目の前でぱちぱちと光が弾けたような感覚になる。プレゼント袋、なんで、とぐるぐると考え始めてから脳内でかちりとピースがはまるまで結構な時間を要したのは、寝起きだからだ、言うまでもなく。



「わ、わ、わー……」



 思わずそれを手に取ってまじまじと眺めてしまう。だけどまさか、背中の方から「サンタクロースからのプレゼントですか?」と声をかけられるなんて思ってもみなかった。



「ひっ!」



 びっくりしすぎて膝の上にプレゼントを落としてしまった。
 このお部屋にはベッドが二つあることを失念していたわけではない。だけどまさか、そこに誰かがいるなんて思わなかった。勿論状況や声から振り向かなくてもそれが誰か分かったけれど、恐る恐る確認してしまう。私の恋人は、まるでもうずっと前から起きていたと言わんばかりに目をぱっちり開けて、ベッドから身を起こしていたのだった。



「か、カトルくん……」

「おはようございます」

「お、おはようございま……ええ、ここで寝てたんですか……?」

「ええ。約束を忘れて眠っていた恋人を起こすのは気が引けたので」

「んっ……それは申し訳なかったです……」



 こちらの質問の意図するところを理解しておきながら、上手く話を逸らされた気がしてならない。まあ、勿論ここはエッセルさんとカトルくんのおうちであるわけだから、カトルくんがどのお部屋で寝ようが自由ではあるのだろうけれど。でも、きっと無防備に口を開けて寝てたんだろうなあと思うと消えてしまいたくなった。カトルくん側のベッドに背を向けた形で目を覚ましたことが、不幸中の幸いであるようにも思えたけれど。
 小さくなる私をカトルくんは全く気にする気配もなく「開けないんですか? 」と首を傾げた。彼曰く「サンタクロースから」のプレゼントだ。膝の上からプレゼント袋ごと持ち上げて、今は部屋着を着たサンタさんの顔をじっと見つめてしまう。



「良いんですか……?」

「良くなかったらそんなとこに置きませんよ」

「わ、私も実はプレゼント、準備してるんです。グランサイファーに」

「ああ、そうなんですか? ありがとうございます。それは後でいただきます」



 見つめ返されてどきどきしてしまう。でも、この視線はどちらかというと「さっさと開けろ」という無言の圧だ。私とカトルくんは互いにベッドに座り合っていて、ちょっと動いたら膝同士がぶつかってしまいそうな距離にいる。それがどうしてか今更、無性に緊張感を煽る。



「で、ではこちら、開けさせていただきます……」



 背筋を伸ばしてラッピング袋のリボンを解く。たったそれだけなのに手が震えるのだ。もう恥ずかしいから、私の一挙手一投足をそんな風にまじまじと見るのはやめてほしいのに。
 小さな包みだったから中身は全然想像ができなかったのだけど、開けてみたとき、思わず「わ」と声が漏れる。薄い色のついたリップバームだった。ころんと丸みを帯びた形のそれを両手で掬うように持ち上げてしまう。しかも、この世界で有名な化粧品ブランドのやつだ。コルワさんが読んでいた雑誌に載っていたのを見た事がある。唇が乾燥しやすいの、バレてたのか、という恥ずかしさもあったけれど、単純に嬉しくて、カトルくんとリップバームとを何度も何度も見比べてしまった。



「めちゃくちゃ可愛い! とてもいいやつだ!」

「とてもいいやつかどうかは分かりませんが、気に入っていただけたなら良かったです」

「これ、ちょっと気になってたんです。嬉しい、ありがとう!」



 カトルくんが少し安堵したように眉尻を下げたのを見て、私もなんだか嬉しくなってしまった。
 やっぱりカトルくんでも、プレゼントとかって頭を悩ませるものなんだなあ、なんて考えたらすっかり気が緩んでしまって。それでうっかり、本心を口にしてしまったのだ。



「えへへ、でも勿体なくて使えないですね。飾っておこう……」



 それがカトルくんの不興を買うとも知らずに。



「飾る?」



 カトルくんの笑顔が一瞬、ほんの一瞬だけ僅かに引き攣ったのを見た。見間違いかどうか微妙なラインだったから、私は「それ、貸してください」と手を差し出されたのに対して、何の疑いもなくプレゼントのリップバームを手渡してしまう。
 カトルくんはそれを受け取ると、何の躊躇もなくラッピングを取って蓋を開けた。「あっ?」思わず口から漏れた言葉は、どうしようもなく間抜けに響いてしまう。ぐり、とその指先がクリームを掬う。そのままもう片方の手で腕を掴まれ、そこそこの力で引かれた。「わ?」そのまま何の抵抗もできずにカトルくんの傍まで引き寄せられる。カトルくんの顔がすぐ傍にある。真剣な瞳が、私の目ではなく唇に向けられている、それだけでどうしようもなく、眩暈がするほどどきどきした。そのまま食べられちゃいそうで。
 クリームの乗った指先が私の唇を容赦なくなぞっていく。端から端まで、容赦なく、丁寧に。柑橘系の香りがふわりと届く。取り過ぎたのか、余ったクリームを彼は自分の下唇に乗せるから、私はその間、ずっと目を見開いてしまっている。



「こういうのは、使ってもらった方が嬉しいんですけど」



 目を細められ言われてしまえば、「は、はい……」と口にする他ない。
 窓の外では、街の子供たちが起き始めたのか、積もった雪に歓声をあげているのが聞こえる。昨日外泊届を出せなかったけれど、こうなってはいつ帰っても一緒だ。今日はみんなと一緒に雪だるまでも作って、このどきどきを誤魔化そう。熱くなった顔を両手で押さえる。カトルくんがどんな顔をしているのかは、恥ずかしくてもう見ることができなかった。