カトルがお世話になっている騎空艇が星屑の街付近で停泊しているらしいことは、シエテから聞いていた。これまでの経験から、数日以内にカトルが街に顔を出すだろうとは察していたけれど、シエテの勧めもあったし、どのみち先に私が会いに行くつもりでいたのだ。いきなり行っても迷惑じゃないかな、と口にした私に、シエテが笑いながら「そ~んなわけないじゃん!」と言ってくれたのも、後押しになって。
よろず屋さんに準備してもらっていた食糧を星屑の街まで運んでしまえば、その日の予定はなかった。午後からお邪魔してもいいだろうか。手土産でも持って、弟が世話になっていることのお礼を言って。そんな風に考えていたから、不意をつかれたのだ。まさか予定よりも早く、偶然彼らに会うことになるとは思っていなかった。
その日私がよろず屋さんと街の食糧庫を往復していたのは、前述の通りだ。今回は非常用の食糧がメインだったけれど、毎回これだけの人数分の食糧を確保してくれるよろず屋さんには頭が上がらない。
よろず屋さんが、運びやすいようにとお店の通路側に食糧を並べておいてくれたためか、それは他のお客さんの目についたらしい。何度目かの行き来のさなか、私とそう年が変わらないように思える二人の少女が荷物を前に感嘆の声をあげていることに気が付いた。
「ふわあ~、これ、全部食糧ですよね?」
「そうみたいだね。すごい、たくさんだね」
青い髪の少女と、帽子を被った黒髪の少女らは、後ろ姿からして酷く頼りなかった。この街に住む子らなのだろうか。そう考えたけれど、そもそもこんなよろず屋にいる時点でその線は消える。恐らくこの二人は、どこかの騎空団に所属しているのだろう。そんな風にはとても見えないけれど。
「……ゴメン、邪魔だった?」
考えるよりも先に、声が出た。
黒い髪の少女が振り向く。後ろ姿からも分かる通り、線の細い女の子だった。大きな瞳を縁取る睫毛が揺れる。薄らと花のような香りがした。それはまさしく「女の子」だったのだ。
きれいに梳かれた髪、麦わら帽子の下の、血色のいい桃色の頬、その髪が揺れた瞬間、耳に花の形をしたイヤリングが見えた。もう一人の青い髪をした少女が、あどけない声で「この荷物、お姉さんのですか?」と私に微笑むから、我に返って頷いた。独特の雰囲気を持った二人だった。
だから、私は二人がよろず屋さんと話していた男の子から「ルリア。。お待たせ」と名前を呼ばれたとき、ああ、そうかと思ったのだ。
「はーい!」
返事をしたのは、青い髪をした少女の方だった。ルリア。。そう呼ばれた二人を凝視する。どちらが「そう」なんだろう。青い髪の少女が彼女を「さん」と呼んだ瞬間、無意識に喉が鳴った。
この子が。
私の呼吸が止まったのを、彼女は気が付いていたのだろうか。
会釈をして立ち去る二人を見送って、私は長く、息を吐く。
「ゴメン、よろず屋さん。全部を運ぶの、もう少しかかりそうだ」
「構いませんよ~私がお手伝いできたら良かったのですが、この後また別件で仕事がありまして~」
「ありがとう。気持ちだけもらっておく」
言いながら、残りの食糧を持てるだけ抱えた。あと何往復する必要があるか目算する。そうしながらも、網膜に彼女の着ていたブラウスの白が、痛いほどに焼き付いている。あのときカトルが言っていた「変わった子」という言葉の意味を、私は今になって飲み込める。
。あの子がか。穏やかで、優しそうな子だった。あの細い手足は、きっと誰かを傷つけたこともない。カトルは、あの子のことをきっと、私たちとは住む世界が違う女の子だと判断していたのだろう。分からないでもない。そう言う意味で、確かにあの子は「変わって」いるだろうことは一目見ただけで分かったから。
星屑の街へ向かうまでの道中に、最近並木道が整備された。その木々が作り出す木陰を歩きながら、私は自分の心臓の音が、やけに大きく聴こえていることに気が付く。木漏れ日が作る日の光に、私の脚はまるで穴を穿たれたようにすら見えた。或いは、鱗模様。そうして散らかった思考を整理することもできぬまま、私はあの少女に囚われる。
この先にある門をくぐれば、星屑の街はすぐ目の前だ。人の多く集まる街の中心部からマフィアの治める地を介さずに私たちの住む星屑の街へ行けるようになったのはごく最近のことで、勿論それでマフィアの連中の勢力が落ちたわけではないけれど、すぐに何かが起きるような逼迫した状況にあるわけではない。カトルは力技でマフィアを潰そうと考えているようだけど、私はどうにか、少しずつ状況が良い方に変わればいいと思っている。最近できたこの小路は、その一歩だとも。
そのとき、門の前で、見知った人影があることに気が付いた。
「久しぶりだね。姉さん」
腕を組んで壁に背を預けた私の双子の弟は、表情を緩めて、私の腕から荷物のほとんどを持ってくれた。どうやら街の子どもたちから私がよろず屋に行っていることを聞いたらしい。入れ違いにならないように、ここで待っていたということだろう。
「……カトル」
だけど、また予定が狂ってしまった。カトルがこんなに早くやってくるなんて。そういうことを呟けば、「依頼がなくなったんだよ。午後からの分もまとめてね」と返される。
「……午後から、カトルのお世話になっている騎空団に挨拶に行こうと思っていたんだ」
「はあ? 挨拶?」
「あなたの恋人にも会いたくて」
二人並んで歩いていたから、私はそのときカトルがどんな顔をしていたのかは分からない。だけど、彼が言葉に詰まったのだけは確かだった。少しだけ間があいて、カトルは「会いたくて、って」と、長い息を吐く。
「……だから、言っただろ。変わった子だよ」
「うん。……他には?」
「他?」
「カトルはその子の、どんなところが好きなのかなって」
そう言いながらカトルの方を見れば、彼はしっかり眉根を寄せていた。
価値観も、生まれも育ちも種族だって、何もかもが違うのだとカトルはかつてそう言った。確かにそうなのだろう。あの子はまさしく少女だ。少女そのものだ。染みのない白い麻の布のような。
「どんなって……」
言いながら、カトルが目を伏せる。その視線の先には、恐らく彼女がいる。
「…………放っておけないところかな」
今カトルにとってあの子は、なくてはならない存在になっているのだ。
胸の内側が、じわじわと熱を持っていくように思えた。その熱は私の内臓や骨や血液を伝播して、真皮から表皮までに染み渡る。この日は気温が高かった。だけど、そのせいだけではなかった。
ふ、と息を漏らした私に目線を向けたのは、今度はカトルの方だった。
「…………ん。可愛い子だもんね」
「は?」
私の一言で察したカトルは、やっぱり聡い子だ。「何、会ったの? どこで、いつ?」問い詰める様にまくしたてるカトルに微笑だけを返す。
カトルが手伝ってくれるなら、よろず屋へはあと一回の往復で済みそうだ。皆でお昼ご飯を食べて、午後からカトルに騎空艇まで案内してもらおう。この子がどんなふうにあの子と接するのかを見せてもらったって、きっと罰は当たらない。
そう提案した私に、カトルが煩わしそうにため息を吐いたのを、私はそのまま、聞かなかったことにしてしまう。

クレークル / 「木漏れ日」「帽子」「喉」