ポッキーたべよ!





「見て見てカトルくん!」

「…………なんですか、それ」



 その日の午後はカトルくんも私も予定がなかった。だから二人でのんびりお部屋で過ごそうという話は前々からしていたのだけれど、私のテンションを、手の中にあるものを、カトルくんは明らかに警戒している。



「またカリオストロさんからもらったんじゃないでしょうね。返してきてください」



 素気無く言われ、私は慌てて首を振った。午前中に買い出しに行った時に買ってきたのだ。今回ばかりはカリオストロちゃんは関わっていない。
 だけど、街中のお店でそれを見つけたときの私の感動と言ったら、同じ世界からやって来た人でもなければわからないんじゃないだろうか。「それ」はあまりにも完璧だった。棒状のビスケットを滑らかなチョコレートでコーティングしたその形状。日本人ならば誰でも一度は手にしたことのある有名なお菓子、あれを参考に作りましたと言わんばかりに一部分だけビスケットが剥き出しになったそこを持てば手がチョコレートで汚れることもない。天才のお菓子だ。
 しょっぱいお菓子も添えてお皿に並べてくれたのはローアインさんだ。こうすれば見栄え完璧っしょ。完璧ですローアインさん。私は昔、ポテチと一緒に食べるのが好きだったんです。甘い、しょっぱい、甘い、しょっぱいのエンドレス、油と脂の組み合わせは悪魔が考え付いたに違いないけれど、今日ばかりは魂を売らせてほしい。だってこれは。



「完ッ璧なポッキーです……!」



 感極まって涙ぐんでしまった私に、カトルくんはただただ眉を寄せるばかりだった。








「はあ、さんの元いた世界のお菓子ですか」

「そう、そうなの、すごいよ、完璧に再現してる……味も完璧……」

「……もう食べたんですか?」

「つまみ食いで数本……」


 
 あの誘惑に勝てる人間なんかいるわけがないのに、カトルくんの視線は物言いたげだ。 
 だけどチョコの風味もビスケットの食感も全てが完璧だった。あえて言うなら、ばら売りだった上にお値段が少しお高めだったこと。だけど感動には敵うまい。「カトルくんも食べて食べて」と手を出す様子のないカトルくんに身を乗り出して一本差し出したのは、私と目の前に居る彼との温度差が火を見るより明らかだったからだ。多分、放っといたらカトルくんは食べない。そもそも甘い物、あんまり好まないのだ、カトルくんは。分かっていたけれど食べてほしかった。故郷の味を知ってほしかった。
 カトルくんは差し出された棒状のチョコレートと私を見比べた。最終的に顔をじっと見つめられて、思わず首を傾げる。やっぱり、食べたくないだろうか。いくらなんでも無理強いがすぎたかな。本当に食べたくなかったのかも。……私だって、絶対無理、って食べ物を渡されたら困っちゃうし。伏せられた長い睫毛はぴくりとも揺れないから、私はポッキー(便宜上、ポッキーだ)をちょっとだけ引っ込めたのに、彼の視線は私の瞳から動かない。
 カトルくんの名前を呼びかけた瞬間だった。カトルくんはお菓子を手にしていた私の手首を掴んで固定すると、そのままあぐ、と口を開けて噛み砕いたのだ。驚いて手を離すのと、彼が最後の一口を口に入れてしまうのはほんの僅差だった。
 カトルくんは目を白黒させてる私に構わずに咀嚼する。飲み込んだ後は「甘」と一言添えて、それからあいている方の手でカップに入ったお茶を一口飲んだ。悠々としたその仕草に、私だけ一人で狼狽しているのがバカみたいだ。「お、お口にあいませんでしたでしょうか」と呟けば、彼は私の他に誰もいないと言うにも関わらず、余所行きの笑顔を貼りつけて「いいえ。食べやすくていいですね」とのたまうから閉口する。



「子どもたちでも食べるときに手を汚さずに済む、というのはいいと思います」



 手は離してくれる様子がないとはいえ、そう言う方向に興味を持ってもらえたのは嬉しい。思わず食い気味に反応してしまうのは、未だ興奮冷めやらぬ精神状態だったせいだ。いらないことまで喋ってしまったのだって、きっと。



「ローアインさんもね、そう言ってくれたんです。チョコの味とか食感とかを変えてみたりもできそうだし、可能性無限大っしょって。それでね、すごいんですよ、トモイさんとエルセムさんが、知らないのにポッキーゲームしだしちゃって、ローアインさんも私もめちゃくちゃ笑っちゃって」

「ゲーム?」



 握られたままの手首に僅かに力が込められる。拳一つ分あけて座っていたはずなのに、はからずも「あーん」の状態で食べさせてしまったせいだろう。いつの間にか太腿が密着していることに気が付いて、少しだけ離れたいのにカトルくんはそれを許してくれない。覗き込まれるように「なんですか? それ」と低く囁かれて、ぞわぞわと背筋が粟立つような感覚に襲われていることに、気づかれたくなかった。



「あ、い、いや、ゲーム、って言っても、その、子どもには向かないので、その」

「へえ? 大人向けなんですか?」

「え、う、そう、そう、です、あの~……なんていうか、関係ないかな……」

「関係ない?」

「ひうっ、あ、なくはない、かも、なんか恋人がやるやつなんで」



 ぐ、と力のこもった手のひらで腰を撫でられて思わず身体を逸らせた私を、カトルくんは息だけで笑う。一体どこで何のスイッチが入ってしまったのかは定かではないけれど、今までの経験上こういう時は無意識に私が何かしでかしてしまったときだ。
 カトルくんはお皿からポッキーもどきを一本手に取ると、それをじっと見つめた。背中を嫌な汗がだらだらと流れていくのが分かる。その形状を具に観察したカトルくんは、私が軽率に呟いた言葉の意味も計ったのだろう。「ああ、成程。わかりました」分からないでほしかったけれど、彼はそう言った。



「折角だからやってみましょうか」

「え、あの」

「逃げるんじゃねえぞ」



 手にしていたそれのビスケット部分を先に咥えてくれたのは、美味しいチョコレート部分を食べさせようと言う優しさなのだろうか。私はとうとう唇を開く。視界の真ん中で、カトルくんが満足げに目を細めたのが分かった。ようやく離してくれた手が、私の顎に添えられる。逃げられない。獰猛な肉食獣を前に身動きが取れなくなってしまって、私はぎゅうと目を閉じた。
 






(いつかのポッキーの日に書いたもの)
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