あなたが私の提案を固辞したときね、信じてもらえないかもしれないけれど、私、そうよね、あなたはそういう子よねって、そう思ったのよ。あなたは、永遠の暗闇の続く宇宙で、どうして自分が生き残ってしまっているのかが分からないって顔をして生きていた女の子だったから。
人類の存続のため、あなたはだけど、私の研究の一端を手伝ってくれたわね。生存者の中では唯一、あなたは歴史学を専門に学んでいた。コロニーについて四十年毎、五つの時代設定を行うことを決断できたのは、あなたがいてくれたから。勿論、あなたに及ばずとも博学なエンジニア、三浦さんの協力もあってのことだったけれどね。
「でも本当のことを言うと、専門外なんですよ。私、古代史専門なんです」
あなたは年の割に童顔で、そうしていると、どこか幼い少女のようにも見えた。そんなあなたが弱音や文句を言うのは、私の前でだけで、私、ちょっぴり嬉しかったの。孫、ううん、本来ならひ孫どころか、玄孫くらいかしら、それくらいの年頃の女の子に甘えられるのって、どうしてもくすぐったくて。
「鞍部先生は怒らないから、好き」
私の傍で仕事をすることの多い理由を、あなたはそんな風に口にした。
資料を眺めながら、どこか疲れた顔で靴を脱ぐあなたはもしかしたら、井田さんあたりにいじめられちゃったのかもしれないわね。あの人は、他人に対して負の感情を表に出すことを躊躇わないから。あなたの履いていたブーツが片方、音を立てて転がった。あなたはそれを、目線一つ送ることなく、足で戻してみせた。
「……他の先生方、苦手なんですよ、ていうか、人間が苦手なんです」
特定の人物の名前を出さずにぼかして言う。そういうところは、私たち日本人の持つ特性を強く表していた。ええ、そうね。残したかったわ。遺伝子工学を専門とする鞍部玉緒、個人の意見としては。だってもうあなた以外、そんな風に言葉を選んで濁すような人はいなかったから。
歴史を学ぶあなたは、人間が愚かしいことを知っている。エンジニアである三浦さんと緻密な連携をしながら、時には失われた文献を諳誦しながら、彼に求められるがまま、本来なら専門外であるはずの第二次世界大戦中の日本に関する講義をしながら、あなたはそれでも人類のために懸命でいてくれた。優しい子なのだ、あなたは。「流されやすいだけです」なんて眉尻を下げるけれど。例えそうだったとしても、あなたがここに生き延びてくれたから、私は安らかでいられたの。
「あ、鞍部先生。私、これから三浦さんと約束があるので、席を外しますね」
「ええ、わかったわ」
ごゆっくり。部屋を出て通信室へと向かうその背に声をかけて、一つ、息を吐く。
これは内緒なんだけど、地球を出て以来、ずっと一緒に居たおかげで、私、あなたの気持ちにも気付いていたの。だって三浦さんとやりとりするあなたの声は、強張ったり、上擦ったり、私のときと全然違ったんですもの。彼との通信を切った後、あなたがデスクに突っ伏すのも、彼の口から恋人の名前が出た日は、物憂げにしていることも、知っていた。あなたは感情の波に溺れかけていた。茫漠たる寂しさを埋めてくれる三浦さんが、自分ではない他の女性を愛していることに、酷く苦しんでいた。
本当は、だから、「これから先」もあなたも一緒にいられたら、あなたがその選択をしてくれたら、って思わないではなかったのよ。
だけどこんなの、ただの年寄りの、お節介ね。
「箱船計画」に協力する一人でありながら、あなたは本当は、この計画を真には賛同していなかった。だから、「私は結構です」とあなたが緩く首を振ったとき、それ以上無理にお願いなんてできなかったわ。実際は「どうしても?」と一度だけ、確かめてしまったけれどね。
「ええ。私は、自分の遺伝子を残すことはしません」
こうなっては自然の摂理に任せるべき、そういうことに関しては、あなたは決して口にはしなかった。多数決で決まったことを、覆す気なんかなかったのよ。だけど、最後は自分の意思を貫いた。貫いた上で、私の心の内を見透かした。
もう、全部分かっていたのね、私の中に確かに存在していたエゴも。
「…………新しく生まれた私が三浦さんと一緒になれる可能性があったとして、それが今でないなら、一体何の意味があるんでしょうか」
まるで自問自答するような、乾いた声だった。
あなた以外の十五人のように遺伝子を残して、私たちは彼らクローンに人類の、地球の未来を託す。その先でなら、もしかしたら「あなた」は三浦さんを手に入れられるんじゃないかしら、そんなことを思っていたの、私は。そこまで気付かれていたなんて、あら、まあ、どうしましょう、年甲斐もなく、恥ずかしくなってきちゃったわ。
とびきりの現実主義で、ペシミスト、卑下するように自分をそう称しながら、あなたは目を細める。「水を差すような形になって、申し訳ないですが」そう呟くその声は、少しだけ掠れていた。
もしも私とあなたが同年代に生まれていたら、あなたを同じ目線で慰めるくらいはできたのかしら。そんなことが不意に頭を過ぎったけれど、全て飲み込んで、笑った。あなたはどこまでも、優しい女の子だった。